江戸時代のガイドブックにその名が残る『亀屋大和』
JR馬喰町駅4番出口から地上に出て2分ほど歩くと、和菓子店『亀屋大和』がある。
住所は馬喰町ではなく東神田。JR浅草橋駅や地下鉄新宿線馬喰横山駅からも徒歩5分程度とアクセスしやすい立地だ。
江戸時代に創業したという『亀屋大和』。お話を伺った9代目古島満さん、ひとみさんご夫婦によると、江戸時代の火事や東京大空襲により、店の歴史を伝える資料は焼失してしまったそうだ。物証は、「初代の墓石に没年が文化4年(1807)とあることくらい」とひとみさん。
江戸時代のガイドブックのような『江戸買物独案内(えどかいものひとりあんない)』(文政7年(1824)刊)には、それぞれ現墨田区・台東区の本所緑街1丁目と元鳥越三筋町通に店を構える京御菓子所『亀屋大和掾(じょう)』として載っている。現在の場所に移ってきたのは5代目か6代目の頃だろうとのこと。
8代目まではお茶席用のねりきりなどの上生菓子も作っていたそうだが、現在通年で作っているのは焼団子と草団子、どらやき、梅どら、万年最中、赤飯の6種類。これに加えて春の桜餅、夏のくずざくらなどの季節の生菓子、期間限定の新作なども並ぶ。
一番人気はしっかりついた焼団子
お話を伺っている途中、3代に渡って『亀屋大和』のファンというお客さんがやってきた。「何を食べてもすごく美味しい。特に焼団子が大好き」と教えてくれたように、一番人気は焼団子。団子の作り方は「上新粉をこねて蒸かしてついて焼く」。最近ではつく代わりに機械でぐるぐると練る団子が増えてきたそうだが、同店の機械は石臼の上から杵をドスンと落とすだけ。あとは餅つきの要領で手で返す。手間はかかるが、柔らかすぎず適度なコシのある団子ができるそうだ。
香ばしく焼いた団子に醤油と砂糖、みりん、片栗粉でつくるタレを絡める。「団子に砂糖を入れる店もあるけれど、うちは何も入れていない」。米の味だけだから、甘辛いタレの味も焼き目の香ばしさも引き立つ。
今しか食べられない。とろけるような、みそ餡の柏餅。
柏餅はみそ餡派という人は、ぜひこどもの日の前後に『亀屋大和』を訪ねてほしい。同店のみそ餡は、形を保った餡とは違う。タレのようにとろりとしている。「固い餡より包みにくいけれど、この方がおいしいから」と、餅から流れ出るか出ないかという柔らかさに仕上げる。
使うのは京都の石野味噌のお菓子専用の白味噌。風味が飛ばないよう、白餡がねり上がる直前に味噌を加える。濃厚な味噌の風味を弾力のある生地が受け止め、柏の葉の爽やかな香りが全体を包み込む。この時期しか食べられない特別な味だ。
少数精鋭。ハズレなし。
『亀屋大和』で作られている和菓子は、どれもとてもシンプルで、どれを食べてもおいしい。ハズレがない。
今回、今まで見逃していた最中を食べてみた。手に取り半分に割る。まず艶やかな自家製餡にうっとりし、口に入れると感動が広がった。香ばしい最中種にしっかりねられた濃厚な粒餡がこれ以上ないくらい合う。
『亀屋大和』では、どのお菓子もとても丁寧に作られている上、バランスが絶妙だ。同店のお菓子は、どらやきと最中をのぞき、基本的に朝作りその日に食べきるからそう呼ばれる朝生菓子だ。朝生菓子は作り置きができないし、その日に売り切らないといけないから作り手からすると楽ではない。だからだろうか、最近は朝生菓子の店が減ってきた。一方で、「だからこそ、できたてを楽しんでいただきたい。」と、奥の工房から様子を見ながら追加を作り、できるだけ作りたてを店に出す。
愛される老舗和菓子店
地元での信頼も厚く、小学校や中学校からの紅白まんじゅうの注文や保育園での餅つきの依頼、近隣の神社や町会からの注文などもあり忙しい。店主の満さんは、「(依頼の大半を占める)餅をつける店がないからでしょう」と謙遜するが、それだけではないだろう。何代にも渡り受け継がれてきた丁寧な仕事と温かな対応があってこそだ。
帰り際、この街の気軽に入れる店を地元の有志が地図にしたという“URACHIYO MAP”をいただいた。昔ながらの問屋街である一方で、カフェやインテリアショップ、ギャラリーなどが次々とオープンしている東神田・岩本町・馬喰町・小伝馬町を中心とした地図だ。
新しい店が名前を連ねる中、数百年の歴史を持つ『亀屋大和』も載っている。「街を盛り上げてくれてうれしい」とひとみさん。老舗だからといって構えず親しみやすいから、街の人に愛される。店が何代も続くにはきちんと理由があるのだろう。
取材・文・撮影=原亜樹子(菓子文化研究家)