【コースガイド】

小湊鐵道、久留里線ともに運行は1時間に1本程度。チバニアンは足元が悪く、水に強い靴が安心。増水時は見学不可の場合も。県道を久留里城址へ向かう途中、川谷集落付近を南にそれたところにも素掘りトンネルあり。

アクセス

〔行き〕JR・地下鉄東京駅から総武線快速で約1時間の五井駅にて乗り換え。京葉線を利用し、蘇我駅で内房線に乗り継いでもほぼ同じ時間。
〔帰り〕JR木更津駅から内房線で約1時間20分で東京駅。

どこか懐かしさをまとった小湊鐵道が、春の気配のなかをやってきた。
どこか懐かしさをまとった小湊鐵道が、春の気配のなかをやってきた。

房総半島というと海辺をイメージしがちだが、実は内陸部にも興味深いスポットが点在する。養老渓谷の景観、ローカル鉄道、そして天然記念物チバニアン。ここではそんな気になり物件を、ぐるりと巡ってみよう。

起点となるのは小湊鐵道の上総大久保駅。チバニアンまでの最短距離なら、ひとつ手前の月崎駅のほうが近いのだが、それだとチバニアンまでを往復で歩くことになり、コース設定上ちょっとさえない。歩く旅はなるべく一筆書き状に歩きたいのだ。

上総大久保駅は無人駅。手書き文字の駅名表示板がなんだかうれしい。
上総大久保駅は無人駅。手書き文字の駅名表示板がなんだかうれしい。

歩き始めるとすぐに橋を渡る。眼下には深く侵食した養老川が流れ、この川を下るように歩いていけばやがてチバニアンが現れる。チバニアンというのは新たに命名された地質年代区分のひとつ。そもそも地質年代区分ってなんだっけと記憶をたどれば、恐竜の姿とともにジュラ紀や白亜紀といった名前が思い浮かぶ。

それらにくらべるとチバニアンの時代はずいぶんと新しく、おおよそ 77万年前くらい。そしてその時代、地球で地磁気の逆転という大変動が起こったことの証しとして、この地層は大きな意味を持つそうだ。

チバニアンから月崎駅へ向かう手前に現れたのは、小さな素掘りトンネル。これは永昌寺トンネルと呼ばれ、いかにも人力で掘られた風情が趣き深い。この界隈はこうした素掘りのトンネルが数多く残っていて、それらを巡るのも今回の目的だ。

畦(あぜ)道を渡り、崖を抜けると、幻想的な二連トンネルが

月崎駅の先から農道に入ると、一度車道を横断する以外はちょっとワイルドな道が続く。
月崎駅の先から農道に入ると、一度車道を横断する以外はちょっとワイルドな道が続く。

月崎駅からは農道を歩き、ひときわ高い崖下をすり抜けると、不思議な二連の素掘りトンネルが現れる。連なるトンネル間の頭上にはポッカリと大穴が開いていて、差しこむ光が幻想的な空間を演出している。

畑の真ん中に、真っ赤にさびた五右衛門風呂の釜が放置されていた。
畑の真ん中に、真っ赤にさびた五右衛門風呂の釜が放置されていた。

そこからさらにトンネルを越えると、登山道が市原市民の森へと延びるので、これを経由して林道へ抜ける。途中、尾根から望む房総丘陵が美しい。林道はやがて県道と合流。西へ向かえば久留里城址へ至る。

久留里城は山城だっただけあって登りが続くが、そのぶん天守跡からは周囲の絶景を見渡せる。

久留里城址までくれば、久留里の町までは少しの距離。久留里は駅をはじめあちこちに自噴井戸が湧いている名水の町で、一般に開放されているものも多い。空になった水筒を満たすのもよいし、酒蔵も多く、こちらをおみやげにするのもおすすめだ。

1 やり田

駅構内の手作りお弁当屋さん

JR内房線五井駅と小湊鐵道をつなぐ連絡通路上で営業するお弁当屋さん。ハンバーグ弁当といった定番から、あさり弁当のようなご当地色豊かなものまでメニューは幅広い。週末は養老渓谷へのハイカーが多いが、平日は通勤通学客に人気の地元密着型お店。

●8:00~12:30ごろ(売り切れ次第終了)、第3日休。☎0436-24-0715

お昼ご飯は木更津名産のあさり弁当500円。
お昼ご飯は木更津名産のあさり弁当500円。

2 地磁気逆転地層(チバニアン)

地球の壮大な歴史の片鱗を垣間見る

一見なんということのない崖だが、上部に走る線が地磁気逆転があった時代を示す。
一見なんということのない崖だが、上部に走る線が地磁気逆転があった時代を示す。

養老川の浸食でできた崖に確認できる、地球の地磁気逆転が起こった時代を表す地層。地磁気の逆転現象自体は過去360万年の間に十数回発生しているが、ここで観測できるのはこれまでで最後に起こったもの。観察できるのは世界でイタリア南部とここだけという貴重なものだ。2020年に国際地質科学連合によって認定された。見学自由。

近くには素掘りのトンネル用水路も。
近くには素掘りのトンネル用水路も。
周辺の岩盤は軟らかく甌穴(おうけつ)ができやすい。
周辺の岩盤は軟らかく甌穴(おうけつ)ができやすい。

3 永昌寺トンネル

奥から小さく入る日差しが印象的

月崎駅からほど近い県道脇にポッカリと口を開ける素掘りのトンネル。明治31年(1898)に掘られ、幅は3.1mほどだが長さは142mもある。坑口の上部先端が尖っているのは、観音掘りと呼ばれる日本の伝統工法の特徴。

4 月崎トンネル

トンネルと緑と光が織りなす異空間

歩いてきた農道が再び市原市民の森への車道へ合流する前の分岐を左へ。細く、うねるように続く道をたどるとやがて現れる大きなトンネル。二連のトンネル間上部にある大きな開口部は、どうやら過去の崩落でできたらしい。
歩いてきた農道が再び市原市民の森への車道へ合流する前の分岐を左へ。細く、うねるように続く道をたどるとやがて現れる大きなトンネル。二連のトンネル間上部にある大きな開口部は、どうやら過去の崩落でできたらしい。
月崎トンネルを抜けると、その先には針葉樹の森が現れた。
月崎トンネルを抜けると、その先には針葉樹の森が現れた。

5 久留里城址

雨城とも呼ばれた、山城の夢の跡

戦国時代、久留里城は真里谷氏、里見氏の城となり、やがて徳川氏の支配下となって明治維新まで存続していた。1977年に行われた発掘調査では天守跡から数々の礎石が見つかり、当時の城の様子が明らかになった。現在の天守は昭和に建造されたもの。

●天守閣内は9:00~16:30、月・祝の翌日休。☎0439-27-3478

6 自噴井戸群

「名水の町」と呼ばれる所以となった井戸たち

久留里駅に隣接する水くみ広場では水筒に水を詰めておみやげに。
久留里駅に隣接する水くみ広場では水筒に水を詰めておみやげに。

久留里の町には自噴井戸、つまり釣瓶でくみ上げるのではなく、噴出する井戸が数多くある。もともとは上総掘りと呼ばれる千葉伝統の井戸工法によって作られたもの。地元の人はそれぞれにお気に入りの井戸があり、尋ねると「あそこの水が一番おいしい」と教えてくれる。千葉県で唯一『平成の名水百選』にも選ばれた。

町のいたるところに自噴井戸が。
町のいたるところに自噴井戸が。
一般公開されている新町の井戸。
一般公開されている新町の井戸。

7 藤平酒造店

蔵元の三兄弟が醸す銘酒たち

「地元の水と米で造った『福祝』、ご堪能ください!」とほほえむ蔵元の藤平淳三さん。
「地元の水と米で造った『福祝』、ご堪能ください!」とほほえむ蔵元の藤平淳三さん。

享保元年(1716)創業の歴史ある酒蔵。こちらが造るお酒は、ほのかな香りと膨らむ味わいが特徴で、房総らしくお刺し身やお寿司との相性が抜群とのこと。三兄弟が力を合わせて酒蔵を守り、自前の井戸からくんだ水を使ってお酒を仕込んでいる。駅からもほど近く、立ち寄りにも便利。

●9:00~18:00、水休。☎0439-27-2043

軒下に杉玉が下げられた立派な店構え。
軒下に杉玉が下げられた立派な店構え。

8 Bookcafe & Kitchen TIDE LAND BOOKS(タイドランドブックス)

丁寧に淹れたコーヒーでくつろぎの時間を

東ノハテノ国ブレンド500円とクレーム・ブリュレ500円。
東ノハテノ国ブレンド500円とクレーム・ブリュレ500円。

穏やかな時間と空間が流れるブックカフェ。清冽(せいれつ)な水や無農薬のおいしい野菜を作るこの地にひかれて2020年に店を出した。オリジナルコーヒー「東ノハテノ国ブレンド」は、隣接する大多喜町の名店『珈琲 抱/HUG』によるもの。『東ノハテノ国 くるり食堂』の名前でも食事を提供している。

●11:30~18:00、水・日休。☎非公開

コーヒーが淹れられ、芳醇な香りが漂う。
コーヒーが淹れられ、芳醇な香りが漂う。

9 めし処酒処 朝日屋

アサリの串フライ630円、アサリの玉子とじ580円、八幡様の焼きそば450円。
アサリの串フライ630円、アサリの玉子とじ580円、八幡様の焼きそば450円。

店内に掲げられた黒板には、酒の肴から各種定食までズラリと並ぶ。大正14年(1925)年に駅前で創業したが、再開発を経て10年ほど前に現在地に移転。「八幡様のやきそば」という風変わりなメニューは、かつてこの地の八剱(やつるぎ)八幡神社参道で売られていた焼きそばにあやかったもの。

●11:30~14:00・17:00~23:00。不定休。☎0438-23-0001

「木更津名産のアサリを使った料理をどうぞ!」お店を切り盛りする平方さんご夫婦。
「木更津名産のアサリを使った料理をどうぞ!」お店を切り盛りする平方さんご夫婦。
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のどかな里山風景のなか、久留里線が走っていく。さんぽの終わり。
のどかな里山風景のなか、久留里線が走っていく。さんぽの終わり。
久留里駅が旅のゴール。駅には帰宅途中の高校生たちが集っていた。
久留里駅が旅のゴール。駅には帰宅途中の高校生たちが集っていた。

取材・文=佐藤徹也 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2021年4月号より