肩ひじ張らずに食べられる、気取らない店内の雰囲気
地下鉄銀座駅から徒歩3分。ガス灯通りの一等地に堂々たる店舗を構えるのが、明治28年(1895)創業の『煉瓦亭』だ。店内は地下1階から3階までの4フロアあるが、ランチタイムには行列もできる人気洋食店だ。(2021年3月現在、地下階客席は使用していない)
銀座で洋食というと、おしゃれをしてうやうやしくいただくイメージがあるかもしれないが、『煉瓦亭』では肩ひじを張る必要はない。
落ち着いた照明の店内にビニールが敷かれたテーブル。非日常な銀座の雰囲気とは正反対の「日常感」が、ホッとくつろげる空間を生み出している。
3階には風情ある座敷席も。ここで料理を頂けば、かつて初めて洋食を口にした日本人の感動がありありと思い浮かぶ。
4代目店主の木田浩一朗さんと、従業員とのあうんの呼吸も心地よい。この店で長く働く人が多いと聞いて納得。老舗ならではの居心地の良さだ。
冷たいジュレでいただく、優しくて滋味深いコンソメスープ。
『煉瓦亭』は、サラダやスープなどのサイドメニューも種類が多く、人気が高い。今回はその中から、常連さんがよく頼むというコンソメスープ900円をいただくことに。温かいスープと冷たいジュレの2種類が選べるが、今回はちょっと変わったジュレをチョイス。四季を通して提供しているが、これからの温かい時期にとくにおすすめだ。
玉ねぎや人参、にんにく、セロリ、牛すじのブイヨンなどを、創業時からほとんど変わっていないという絶妙なバランスで煮込んでいる。一口食べてみると、トロっと柔らかいジュレの食感と、塩分控えめで素材の出汁を活かした味わいが、なんとも優しく口の中に広がる。
後味にほのかに香る黒胡椒がすっきりと味を引き締めて、不思議とスプーンが止まらなくなる。
濃厚な味付けのスープが出てくるお店も多いなか、このスープは、メインディッシュの前にたっぷり食べられる、老若男女に優しいメニューだ。
シンプルにして究極の一品。『煉瓦亭』に来たら絶対頼みたい、元祖ポークカツレツ
オムライスやハヤシライスなど、『煉瓦亭』が発祥とされる洋食メニューは多数あるが、店主の木田さんのイチオシは、元祖ポークカツレツ2000円。
ポークカツレツとは、西洋料理の「仔牛肉のコートレット」を元に、創業者の木田元次郎さんが生み出した料理だ。当時は仔牛肉が手に入りにくかったため、豚肉を使うことに。バターなどを使ってフライパンで揚げ焼きにするコートレットは、西洋料理を食べ慣れない日本人にはこってりしすぎて食べづらかったため、生パン粉を使用して油切れを良くし、てんぷら鍋を使って全体をカラッと揚げる、今のフライ料理のスタイルを作り上げたのだという。
一口食べれば、これが西洋の「コートレット」とも、現代の「トンカツ」とも違う、『煉瓦亭』のポークカツレツなのだと心底納得する。
しっかりと下味がついた豚肉にはコートレットの雰囲気が残っていて、洋食屋さんのポークカツらしさを感じる。ぜひ最初はソース無しで味わっていただきたい。
衣は驚くほど歯触りがよく、まったくしつこさがない。どうやったらこんな風に揚がるのか聞いてみたが、生パン粉のほかに揚げ油にも工夫があるようだ。3種類の油を配合しているが、詳細は秘密だという。お腹いっぱい食べても不思議と胃もたれしないので、トンカツが苦手な人にも一度試してみてほしい。
ちなみに、ポークカツに千切りキャベツを合わせたのも、パン皿にご飯を盛り付けて提供したのも『煉瓦亭』が元祖だ。キャベツは、日露戦争でコックの多くが徴兵された折に、温野菜の代わりに出したところ、さっぱりと食べられて好評だったことから定着したのだという。
元祖オムライスの影に隠れた、明治誕生オムライスの実力
『煉瓦亭』といえばオムライス発祥の地としても有名で、多くのお客さんが元祖オムライスを食べに来るが、実は店主のおすすめは2種類あるオムライスのうち、明治誕生オムライス2100円の方だという。
そもそもこの2つのオムライスは、どちらも明治33年頃に生まれたものだ。元祖オムライスは、オムレツ練習用のまかない飯として生まれたもので、現在定着しているオムライスとは一味違う。
炒めご飯を卵で包んだ明治誕生オムライスは、銀座界隈の西洋料理店との交流の中で完成度を高め、1年後くらいに生まれたメニューだという。オーソドックスなタイプがお好みなら、ぜひこの明治誕生オムライスを一度食べてみてほしい。
スプーンですくうと、オムレツの外側はしっかりと張りのある仕上がりだ。しかし口に入れてみれば、内側はふんわりトロリと半熟の部分が炒めご飯と絡んで、食感がすばらしい。具は合挽肉とマッシュ―ルームで、ほのかな砂糖醤油の風味が食欲をそそる。昔食べた美味しいオムライスの記憶を具現化したような、懐かしくて幸せな味だ。
バター控えめで、ケチャップをかけたシンプルな味付けだけに、いくら食べても飽きの来ない一皿だ。
通いたくなる銀座の名店。「洋食屋」と呼ばれた『煉瓦亭』の魅力
木田さんの曾祖父である木田元次郎さんが『煉瓦亭』を創業したのは明治28年。まだ西洋料理がホテルや宮中でのコース料理でしか食べられない時代だ。一般の人にも、もっと気軽に西洋料理を食べてほしいという一念で、一品ごとに料理を注文できる西洋料理店を開店し、日本人に合わせたオリジナルメニューを次々に開発。いつしか、お客さんから親しみを込めて「洋食屋」と呼ばれるほどに、『煉瓦亭』は銀座に根ざし、洋食は日本人の生活に定着していった。
時は流れ、建物や人が変わっても、気取らない「洋食屋」の精神は変わらず受け継がれている。今回食べ損ねた美味しそうなメニューがまだたくさんあるので、これから銀座に行くたびに『煉瓦亭』に通ってしまいそうだ。
『煉瓦亭』店舗詳細
取材・文=岡村朱万里 撮影=岡村武夫