お店はまさしく、階段の上に
吉祥寺駅から歩いて1分。公園口からすぐの通りにあるビルの2階に『階段ノ上ノ食堂』はある。タバコ屋の横のひっそりとした階段を登っていく。
窓から陽が差し込む店内は、やわらかくあたたかな雰囲気。手渡されたメニューにはどんぶり、肉、魚などの定食が4種類バランスよく揃う。
なぜ寿司職人から定食屋へ?
店主の浜名晃さんは元々高級寿司店の職人として働いた経歴をもつ生粋の料理人。和食店、鉄板料理店などでも腕を磨き、多様な料理を学んだことから肉も魚もお手のものだ。
「実は吉祥寺で祖父の代から寿司屋をやっていました。自分も継ぐつもりで職人修行をしたのですが、知り合いの農家を訪ねたり、全国で地のものを食べてまわるうちに、旬の食材や現地でしか食べられないような食材を使って、料理を作りたくなったんです。定食ならジャンルを超えて幅広い料理にチャレンジできると思い、食堂をオープンさせました」と浜名さん。メニューが4種類のみの日替わりなのも、「旬のものが一番美味しい」との考えから。多くの野菜は農家から直送で仕入れ、肉魚もその日のベストを尽くすため、あえて定番メニューを用意しない。
前菜の登場
定食を注文して最初に出てくるのは、サラダ。ドレッシングは旬のフルーツを使用した自家製だ。胃を整えるような気持ちでいただき、食べ終わったところで副菜の盛り合わせが運ばれてくる。自家製豆腐は埼玉県行田市の在来の大豆からできた豆乳を仕入れ、ほぼ毎日仕込む。フルフルとろり、濃厚な大豆の味を残しながら、すうっと口の中で溶けていく。副菜を少しずつつまんで、メインがくる前から満足度はほぼ100%だ。
副菜を堪能している間にカウンター奥の厨房では、メインのタンとハツがジリジリと音を立てている。注文のあと腹ペコで待たなくていいというのももちろん嬉しいが、こうして食べながらメインを待つ時間は格別だ。どんな料理が来るかはわかっているのに、期待がふくらんで最高の調味料になる。
「メインも揃えてお出しすることもできますが、順番にお出しするほうが熱々の状態で食べらてもらえます。お待たせする時間も少なくて、お店側としてもいいんです」と浜名さん。お店側の都合もあって…という言葉が謙遜に聞こえるのは、どの料理もジャストタイミングでお客の元へやってくるからだ。
タンとハツは付け合わせに椎茸、ソースがわりにふき味噌が添えられてやってきた。ふき味噌は春間近の取材時期にぴったり。肉の少しの野性味に爽やかな香りとコクがバッチリあって、白ご飯が進む。
ご飯は静岡の農家から取り寄せたこだわりの米を使用。「人気の米農家さんのお米です。毎年頑張って増産しているのに、次の田植えまで新米が売り切れてしまいます」と聞けば、一層大切に米を噛みしめてしまう。
毎年、冬が待ち遠しくなるカキフライ
今回は肉料理を注文したが、さすがは元寿司職人の店。魚介を使った料理も絶品なのだ。特に毎年冬の定番であるカキフライは見逃せない。えぐみがなく、ぎゅっと旨味が詰まっていて、今までのカキフライが塗り替えられる味わい。
たまにメニューにラインナップされる海鮮丼定食も、よくあるネタから一歩飛び出たどんぶりに仕上がっている。日によっては、カキフライや刺身が他の定食にオプションで追加できるのもうれしい。
『階段ノ上ノ食堂』に来ると「定食って、自由形だったのだ」と思い至る。いつもの定食ではなかなか味わえないうれしい裏切りがあり、食べる楽しさを存分に表現されているのだ。
『階段ノ上ノ食堂』店舗詳細
取材・撮影・文=福井 晶