「動かない電車」の魅力と、そこに住む夢
線路上を走っている電車は、もはや街の風景の一部である。ところが「動かない電車」は、街中にあると途端に異質な空気を醸し出す。本来走っているのが当たり前なものが、走らずにそこにあるのだ。その違和感がたまらない。
今後、電車の道路陸送を見学できる機会があれば是非とも見てみたいし、もし可能ならば電車に住んでみたいとも思っている。「電車を居住空間として利用できる」ということを私が初めて知ったのは、小学生の時に読んだ黒柳徹子の『窓ぎわのトットちゃん』であった。トットちゃんの通うトモエ学園の教室が、電車を再利用して作られているという記述に、トットちゃん同様ワクワクしたものだ(長野県松川村の安曇野ちひろ公園には、この教室を再現した電車が設置されているとのことで、こちらもぜひ行ってみたい)。
「電車に住む」ことについては、第二次世界大戦後、戦災で家を失った人に向けて払い下げられた客車を改造して住居とする「転用住宅」が日本各地に存在していたそうであるが(参考文献:渡辺裕之『汽車住宅物語』)、現在ではほとんど見ることができない。日本各地には引退した車両を購入して住宅に改造している人もいるが、設置する土地、改造費用、維持費等々を考えると、一体どれぐらいの額が必要なのか想像もつかない。今後私が大金持ちになるあてもないので「電車に住む」夢はおそらく叶わないであろうが、街中で「動かない電車」の見学をすることぐらいならばできる。今回はこうした車両を見ていきたい。
都内で出合える車両たち
まず都内で多く目撃できるのは「SL」(汽車だけど)と「都電」の引退車両である。こうした車両の多くは、子供たちに交通ルールを学んでもらう目的で1970年代に各地に造られた交通公園に設置されている。府中郷土の森公園内にある交通遊園には、D51型蒸気機関車、EB101電気機関車、都電6000型車両がある。都電は現在修復作業中とのことで車内に入ることができず、子供たちの人気は運転席に座れるバスの方が高かったものの、敷地内にひっそりと安置されている都電の姿形には味わい深いものがある。
大山にある板橋交通公園にも、都バスとともに都電7508号が設置されている。こちらも新型コロナウイルス感染症拡大の影響で現在内部を見学することはできないのだが、「懐かしい都電」の姿に出合うことができる。
都電以外ではどうか。東急世田谷線・宮の坂駅に隣接する宮坂区民センター入り口には、旧玉電・江ノ電車両が設置され、内部を見学することもできる。
「日本で初めて路面電車が走った地」として知られる京都でも、鉄道博物館のある梅小路公園内の各所に市電の車両が設置され、カフェやグッズショップとして利用されていた。
住宅街に突如現れる車両や、“顔”のみを設置する工夫も
こうしてみると、再利用される引退車両は路面電車などの車体サイズが小さい車両が多いように思う。大きな車両は設置場所の確保が難しいのだろうと推察するが、それでも突如としてドーンと大きな車両が住宅街に登場することがある。西落合にある鉄道模型販売の『ホビーセンターカトー』入り口には、京急で走っていたデハ268号が設置されている。近辺は普通の住宅街で、細い道を進んでいると突如として真っ赤な車体が目に飛び込んでくるため、何も知らずに通りがかった人はさぞかし驚くのではないだろうか。
フルサイズの車両を設置するのは無理としても、電車の“顔”である運転台部分のみを用いている場合もある。『丸善池袋店』の1階には、西武新2000系、京急800形、東急7700系の顔部分が設置され、思わず二度見してしまう。まさに「こんなところに電車」という印象である。
これからも街中で突然「動かない電車」に遭遇したいし、あわよくば「電車に住む」夢を実現するべく、とりあえず宝くじを買うところから始めたいと思う。
絵・撮影・文=オギリマサホ