岩手県盛岡市生まれ。公私ともに17年以上、日本酒を呑みつづけ、全国の酒蔵や酒場を取材し、数々の週刊誌や月刊誌「dancyu」「散歩の達人」などで執筆。日本酒セミナーの講師としても活動中。著書に『蔵を継ぐ』(双葉社)、『いつも、日本酒のことばかり。』(イースト・プレス)
日本酒を飲む若い世代を取り巻く環境
20代前半から日本酒を飲み続けて、現在、40歳の私。ここ数年、20代〜30代の男女で、日本酒が好きだという年下の人たちに出会う機会が増えました。かつての自分を見ている気がして、つい取材のように日本酒との馴れ初めなどを聞いてしまうのですが、驚くことがあります。
それが、「同世代で日本酒を一緒に飲んでくれる人がいない」と、みなさん悩ましく言っていることです。振り返ると、20代前半〜30代前半までの私もまったく同じ状況でした。
つまり、約17年前から現在まで、日本酒を進んで飲む若い男女を取り巻く環境は、そんなに変わってない可能性が高いということになりますよね。そのことに、驚きつつ落胆すらしてしまうのです。
私が若手だった頃に比べて日本酒の世界では、確実に興味を持つ若い男女は増えています。しかし、よく考えると、それは飲食店や酒販店で働くプロの人たちや、なにかしら仕事で日本酒に携わっている人が多い気がしています。一般的に若い世代で日本酒を飲んでいるのは、まだまだ一部なんだなあと感じています。
今はおいしい酒が世の中にたくさんありますし、私もいろいろ飲むのが好きなので、日本酒だけを飲んでほしいとは思わないのですが、日本酒を飲んだときの気持ちよさは、若い世代の人たちにも伝えていきたい。特に、宅飲みしたときのゆる〜い気持ちよさを実感してほしいですね。
ゆる〜くなれる燗酒に合うつまみをつくる
冷酒もいいのですが、自宅で超ゆるゆるになるためには、温めた日本酒がおすすめです。今回ご紹介する、燗酒でおいしい「玉櫻」は、私が番茶をすするように飲んでいる、ゆる〜くなれる日本酒です。今回は、ラベルが可愛いワンカップを選びました。というわけで、この酒に合うつまみをつくっていきましょう。
鶏もも肉1/2枚、レンコン約150g、好みのスパイス(今回はいろんなスパイスが入ったカレー粉2種を使用)、黒胡椒、塩を適宜、片栗粉、サラダ油。
一口大に切った鶏もも肉をボウルに入れ、スパイスと黒胡椒をそれぞれ多めに振って揉み込むようによく混ぜ合わせ、5、6分くらい漬けておきます。
その間に燗をつけましょう(コンロが一つの方は外と中の蓋を外してレンチンしてもOK。この酒はレンジ対応のワンカップです)。鍋に水を張ったら、蓋を取ってドボン。弱火よりやや強めの火でじっくり温めていきます。熱めがおすすめですが好みの温度でどうぞ。ちびちび味見して、自分がおいしいと思う適温を探りましょう。
ちなみに、この酒は茶色いですが、決して着色しているわけではありません。日本酒の性質(冷酒or燗酒)によって色の濃淡は異なりますが、特に常温で熟成すると、自然に色がこのようになる性格を持っています(そのため活性炭という炭を使って無色透明にしている日本酒もあります)。
さて、漬け置きしていた鶏もも肉のボウルに、片栗粉をバサっと入れて衣を作ります。洗って水気を拭いたレンコンは、皮付きのまま半月切りにし、鶏もも肉を入れていたボウルに残った片栗粉を全体にまぶします。片栗粉が足りなければ追加してください。
フライパンに多めにサラダ油を入れて火にかけ、鶏肉とレンコンを並べて、両面を揚げ焼きにしていきます。時折、鶏肉から出てくる脂をレンコンにまとわせるように、フライパンを回しながらじっくり火を入れましょう。
う〜んいい匂い。焼いているとだんだんおいしい匂いがしてきますよ。いい色に焼けてきました。鶏肉とレンコンの両面に焼き色がついたら、順次、焼けたものから取り出し、キッチンペーパーに乗せて余分な油を取ります。皿に盛り付けたら、まんべんなく塩を多めに振ってください。お好みで黒胡椒も振ったら完成です。冷めないうちにいただきましょう。
まずは、「玉櫻」をひとくち飲み、思わず、小さいため息をついてしまった私。ひなびた香りとまろ〜んとした旨味に、体がゆるゆるほどけていきます。スパイシーでジューシーな鶏もも肉の脂と辛みも包み込み、互いが口の中で溶けています。特に、レンコンとの相性が我ながらすばらしい。レンコンのほのかな土の香りと、酒のひなびた香りがぴたりと同調し、体に気持ちよく浸透していきます。
この組み合わせは、体がどんどん気持ちよくなるので、ワンカップ一本じゃ足りません。それを予想してさらに一本用意していたのですが、もうちょっと買い置きすればよかったと、早くも後悔しています。
ひとりで日本酒を飲む若い女性は心配?
冒頭の話に戻すと、特に、若い女性は日本酒をひとりで飲むと言うと、よくも悪くも変わった目で見られるのは、私が20代だった頃とそんなに変わっていないのかもしれません。
先日、行きつけの酒場で私の近くに座った30歳の女性(OL)が、自粛生活がきっかけで日本酒を買って自宅で飲むようになり、銘柄のラベルをInstagramにアップしはじめたところ、同い年の友人(女性)たちから「大丈夫? 何かあったの?」と心配するLINEがよく送られてくるのだと言います。
女がひとりで日本酒を積極的に飲むなんて、悲しいことや嫌なことがあったに違いない、と思われてしまったという彼女は、ちょっとさびしそうな表情を浮かべました。ううむ、と反射的に眉をしかめる私。約17年前の私も似たようなことがあったので、いまだに日本酒好きが集う世界の外側では、彼女と同じ人たちが多いのかもしれないと、なんともやりきれない気持ちにもなりました。
でも、「いくら友達に心配されても、仕事が終わったら日本酒を飲むのが好きなんです」と、なにかを吹っ切ったようにきっぱり言った後、猪口の日本酒を飲み干した彼女は、ちょっとかっこよくて、私はうれしくなったのです。
彼女のように、仕事をがんばっている自立したかっこいい女性にこそ、日常的に日本酒を飲んでほしいとつくづく思いました。
本コラムで以前にも書きましたが、日本酒は、酔いが下に降りてきて肩の力が抜けるところが魅力です。
日本酒を飲めばきっと、仕事で気が張って疲れた体をすっかりゆるませてくれるはずです。
そう考えると日本酒は、男女関係なく、自立したあるいは自立しようと仕事や家事や子育てなど、なにかに励んでいる人たちが手を伸ばすのは必然で、もしかしたら、無意識のうちに日本酒のゆるませ力を求めているのかもしれません。まず私が、いつも日本酒のゆるませ力を求めているからです。
写真・文=山内聖子