彼女はミサンガを編んだ

女子とのコミュニケーション能力も大して改善しなかったが、高3になって数箇月後、サックス担当の1年生と付き合うことになった。容姿に目ざとい友達から「1年全体の中で5番目以内には可愛い」と評されるモテそうな子で、私の何を気に入ってくれたのかは不明だったが、いわゆる先輩マジックで頼もしく見えたのだろう。

最後の夏の大会。私も年功序列制によりメンバーの一人に選出された。順調に県大会を突破し、四国大会に進出。ここで2位以内に入れば悲願の全国大会。「普門館」という吹奏楽の甲子園的な聖地を目指し、みんな必死に練習した。

全国出場を祈願し、彼女がミサンガを編んでくれた。気持ちはありがたかったが、私は日々ストイックになっていく部内の雰囲気が嫌だったため素直に喜べなかった。

その年の四国大会の開催地は高知市。前日から前乗りして、会場でリハーサルを行う。青春の数年間を賭して取り組んだ成果が試される時が近づいている。部員たちの顔に緊張の色が浮かんでいた。

リハーサルを終え、一同は市内のホテルに宿泊した。私にはそこでどうしても叶えたい夢があった。修学旅行の時できなかった、遠征先で彼女とイチャイチャするというやつをやってみたかったのだ。

夕食が終わった後の自由時間、しばらく男子部員と過ごした後、満を持して彼女をホテル前の駐車場に呼び出した。はにかみながら、「どうしたん?」と向かってくる彼女を見てやっぱり好きだと思った。

はよ負けて部活やめたい

最初は「遂に明日が本番か。ミサンガも編んでもらったしほんま頑張らんといかんな」と殊勝なことを言っていた私だが、テンションが上がったせいか、話しているうちポロポロと本音が漏れてきた。

「あんまり他の人には言ったことないんやけど……ほんまははよ負けて部活やめたい」。本番前日の思わぬ告白に苦笑いする彼女。その顔を見て、何かを言わないとやばいと思った。しかし私の言葉は、さらに彼女の顔を曇らせた。「コントラバス音ちっちゃいからどうせ聴こえんやん?」「こっから一カ月とか練習するんはさすがにキツいで」「正直まだ弾けてないとこあるけど、そこはできるだけ小さい音で弾こうと思っとる」。

笑ってくれるかと思ったが、場に漂った気まずい空気は濃くなっていくばかり。このままだと2人の間に埋めようのない溝ができてしまう。そう直感した私は、ロマンチックな雰囲気でごまかそうと、彼女の頭を抱え込むようにしてキスをした。頭が逃げようとするのを何度も引き寄せ、舌をねじ込もうと苦心するが、うまくいかない。

彼女が何を思っているのか測りかねていたが、数分後、意志を感じる力で私の腕をほどき、はっきりした口調で言った。「そろそろ部屋に戻った方がええんちゃう」。

それ以上そこにとどまる言いわけも思いつかなかった。「まあ、明日頑張るわ」と口元を拭いながらすごすごと男子部屋に戻った。

翌日。我が校は四国大会で3位に終わり、全国にはあとほんの少しのところで手が届かなかった。結果発表の瞬間、部員たちは泣き崩れ、帰りのバスではすすり泣きの声が止まなかった。私が口にしてしまった言霊が結果に影響したのではと密かに罪悪感を抱いた。

それ以降彼女からメールがあまり返ってこなくなり、数週間後「好きな人ができました」と振られた。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2020年9月号より

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