綾瀬川のほとりに設立して半世紀以上の染工場
うららかな秋の日、つくばエクスプレス六町駅から綾瀬川に沿ってしばらく歩くと、青空にはためく反物の生地が目に飛び込んできた。
「今日は天気がいいから、よく乾きますよ」
そう話すのは、「旭染工」専務の阿部晴徳さん。社長・阿部晴吉さんの息子さんで、親子そろって東京都伝統工芸士に認定されている。
「旭染工」は昭和30年(1955)設立、建物も一部は改築したものの、築50年ほどだという。工場のすぐ裏手は綾瀬川だ。
「染工場はたくさん水を使うので、川のそばにあることが多いんです。現在は井戸水を使っていますが、昔の綾瀬川はウナギがいるほどきれいだったそうですから」
「最初の工程は巻き取りです」といって案内されたのは、生地の巻き取りを行う場所。浸透剤に漬け込んで天日干しにした生地を、しわを伸ばしながら、織りムラがないかどうかもチェックしつつ、生地の目に沿ってずれないように巻き上げる。
ほれぼれする糊付けの作業
きれいにしわが伸びた生地が次に向かうのは、糊付けの工程だ。木枠に貼った型紙を生地の上に置き、泥のような色の糊を刷毛で塗っていく。
生地に顔料を乗せるプリントではなく繊維そのものを染める“本染め”にはいくつかの種類あるが、ここ「旭染工」で用いられているのは「注染(ちゅうせん)」と呼ばれる技法。30~40枚重ねた生地に文字通り染料を“注ぐ”方法で、その際、白地になる部分が染まらないようにするのが、この糊の役目だ。
糊には粘土と海藻が入っていて、滑らかな泥のような見た目。この糊の質も手ぬぐいの仕上がりを左右し、糊が悪いと染みてしまうこともあるという。
手ぬぐいのサイズに生地を折り、型紙を置き、適量の糊をすくい、厚さが均一になるように塗る。型紙を外すと、パキッと柄が現れる。寸分の狂いもなく繰り返されるその作業は傍から見ているとほれぼれするが、できるようになるまでに5~10年はかかるそうだ。
いよいよ、湯気の立つ染料を“注ぐ”
糊付けを終えた反物には、糊が流れないよう両面におがくずを振り、いよいよ染めの工程へ。
染料を生地に注ぐと、かすかに湯気が広がる。生地の耳(端)の部分は固く織られていて染まりづらいため、より念入りに。
全体に染み込んだタイミングで作業台の足元のペダルを踏み込むと、すうっと染料が引いていく。作業台の下は真空装置になっていて、染料が下に引き抜かれる仕組みになっているのだ。そうすることで染料が両面にムラなく浸透し美しく染まる。これこそ、注染の最大の特徴だ。
今回の「さんたつ」オリジナル手ぬぐいは1色のデザインだが、2色以上の商品ももちろんある。その場合は、糊を絞り出して堤防を作り、それぞれの色の場所に染料がはみ出ないよう注いでいくという作業になる。この日は紅白梅の柄のものを色付けしていたので、その様子も見せてもらった。
ふたつの薬缶と足元のペダルを絶妙なタイミングで操って、注いでは吸い、注いでは吸い、だんだんと絵ができあがってくる。
染めの職人は4人。染める職人、吸わせるタイミング、温度、ロットによっても少しずつ仕上がりが変わるそうだ。
糊を洗い落として、再び空へ
染めた生地は、色を定着させるために5分ほど置いてから「水場」と呼ばれる水洗機へ。細長いプールに振り子のような機械が設置されていて、ここで糊と余分な染料を落とすのだ。
これから干し場へ連れていかれるのを待っている「さんたつ」手ぬぐいをしげしげと眺めてみた。生まれたての柄は、細かい部分も鮮明に染まっていて美しい。
夏の間や風のある日なら10~15分ですっかり乾いてしまうそう。吊るすことでしわも取れ、糸くずも飛ばせる。
「乾きがよすぎると、かえってしわになりやすいんです。雨の日のために乾燥機もありますが、引っ張られるのでどうしても歪んでしまう。やはり手ぬぐいは天日干しが一番です」
乾いたら再び巻き取り機できれいに巻いた後、点検しながら手ぬぐいサイズにじゃばら折りにする。『戸田屋商店』へ納品された後、90cmにカットして、私たちの手元へ届くというわけだ。
ひと通り工程を見た後に改めて手に取る手ぬぐいは、これまでと全く違って見える。本染めの手ぬぐいは魂を込めた「手しごと」であり「作品」なのだと実感するひと時だった。色の境目の優しさ、手触りの柔らかさは、どことなく人懐っこくて温かい。きっと私はこの手ぬぐいを使うたびに、綾瀬川のほとりで垣間見た職人の技に思いを馳せるだろう。
*このさんたつオリジナル手ぬぐいは、「“よき文字” Twitterフォトコンテスト」(2020年10月末募集終了)の賞品になるほか、今後開催を計画中のイベント等でプレゼントする機会をつくる予定です。
取材・文・撮影=中村こより(編集部)