今尾恵介
1959年横浜市生まれ。地図研究家、フリーライター。『ふしぎ地名巡り』(ちくま文庫)、『地図帳の深読み』(帝国書院)、『カラー版 東京凸凹地形散歩』(平凡社新書)など、地図、地名、鉄道に関する著書を多数執筆。

地名に惑わされちゃダメ? 土地を買うなら見るべきは……

吉玉 : 地名から土地の安全性ってわかりますか? たとえば、この文字がついている地名は危険とか……。

今尾 : いえ、地名で安全性を判断することはできません。たまに「サンズイのついている地名は浸水しやすい」とか言われますけど、そんなことないですよ。たとえば池袋。池にサンズイがついてるけど、ほとんど台地の上で、9割以上は浸水の心配がない土地です。

吉玉 : 地名からわかることもあるけど、惑わされちゃいけないんですね。

今尾 : そう。サンズイの中でも「沼がつく地名は危ない」なんて説もありますけど、昔そこが沼だったとしても、沼に人が住んでたわけじゃない。カッパじゃないんだから。沼を見下ろす小高い場所に集落があって、その地名に沼がつくことも多いんです。

吉玉 : では、家を建てるときどうやって土地を選べばいいんでしょう? 建てる予定はないですが。

今尾 : たとえばこれ、国土地理院地図(https://maps.gsi.go.jp/で、土地条件図が簡単に見られますよ。

そう言ってスマホを取り出し、国土地理院地図を表示する今尾さん。

吉玉 : アプリですか?

今尾 : いえ、サイトです。インストールしなくても、誰でもすぐ見られます。このサイト、「土地の成り立ち」や「土地利用」「地形分類」ってカテゴリがあって、ふつうの地図だけじゃなくいろいろ見られるんですよ。

神保町周辺の土地条件図。(国土地理院ウェブサイトより)

今尾 : これ、地図に土地条件図を重ねたんですけど、色がついて標高がわかりますね。オレンジ色のところは台地で浸水しないし、黄色いところは自然堤防で少し高いんですよ。昔から続いている川沿いの集落では、そこだけ土砂が堆積して少し地面が高くなっていて、それを自然堤防と呼ぶんです。

吉玉 : 標高が高いところは災害リスクが低いですか?

今尾 : 浸水リスクは低いけれど、場所によっては崖崩れなどがありますね。あと、気をつけたいのは丘陵地。丘を造成したところは、山を削って谷を埋めてるので、削られた場所はいいけど、埋めたところの地盤が緩むんです。

JR武蔵小杉駅周辺の土地条件図。(国土地理院ウェブサイトより)

今尾 : これは「地形分類」モードで見た武蔵小杉付近なんですけど、今高層マンションがある場所は、青い帯で示された旧河道がかかっているんですよね。

吉玉 : 2019年の台風19号で浸水したところですね。

今尾 : ここはね、多摩川が氾濫して浸水したわけじゃないんですよ。ここは内水氾濫したんです。通常は雨や下水って、ポンプで河川に流しますよね。だけど、ポンプの能力以上に水が集まると、マンホールから水が噴き上げてしまう。水があふれる場所を知っていると、土地選びも違ってきます。

吉玉 : まったく考えたことありませんでした。

今尾 : まぁ、ほとんどの人はその土地が川だったかどうかなんて調べませんよね。でも、なるべくなら昔から人が住んでいた場所に家を建てた方がいい。そういう土地は価格が高いんですけどね。

吉玉 : 次引っ越すとき参考にします!

海外の地名も面白い! 日本との違いとは

吉玉 : 地図好きの方って、おうちで地図を眺めて空想散歩したりするんですか?

今尾 : 子供の頃からやってますよ。僕が中学生のときに沖縄が復帰したんですが、そのあとは沖縄の地形図が一気に発売されてね。今みたいにネットがないので、本や地図から想像を巡らせていました。

吉玉 : 今はストリートビューも見られちゃうし、想像する楽しみはないかもしれないですね。

今尾 : ストリートビューは、旅行に行くときは見ない方がいいんじゃないですかね。特に海外とかは。事前に見ると楽しみが減っちゃう。

吉玉 : 今尾さんは海外にもよく行かれますか?

今尾 : はい、よく行きます。

吉玉 : 海外でも、地名は気にされますか?

今尾 : しますね。海外の地名も面白いんですよ。スイス語圏とフランス語圏の境目は、お互いの言語が混ざり合った方言のような地名があったり。ドイツでも、ハンブルクなど北部の街は、スペルが北欧風だったりして。

吉玉 : ヨーロッパは地続きだから言語が混ざりますよね。

今尾 : たとえば、フランス語はKで始まる言葉がほとんどないんですね。だけど、フランスのブルターニュ半島には、Kで始まる地名が多いんです。ケルト語の名残なんですよ。

吉玉 : そうなんですね!

今尾 : 欧米は、通りの名称に人名を使うことが多いんですが、政治とともに扱いが変わるんです。わかりやすいのは、かつてたくさんあった「ヒットラー通り」。ドイツの敗戦により、旧東ドイツはヒットラー通りから、マルクス通りやエンゲルス通りに名称を変更しました。そして、90年にドイツが統一したら、今度は17~18世紀頃の名称に戻した。地名って政治に翻弄されるんです。

吉玉 : 日本だと、政治家の名前の地名って聞かないですよね。

今尾 : 日本はあまり人名をつけないんですよね。例外的なのは、埋立地の鶴見から川崎にかけて。戦前から京浜工業地帯だったところに、埋立事業者の名前がついています。

浅野駅、安善駅、武蔵白石駅周辺の地図。(国土地理院ウェブサイトより)

今尾 : 浅野駅は、浅野財閥の浅野総一郎。安善駅は、安田財閥の安田善次郎の短縮形。武蔵白石駅は、日本鋼管の初代社長・白石元治郎からですね。

吉玉 : 昔の大金持ちですね。日本で人名がついてる地名はここくらいですか?

今尾 : あとは「○○新田(しんでん)」って地名ですね。江戸時代、享保の改革で新田開発を奨励したんです。それまで沼地や台地上はなかなか田んぼにできなかったんですが、その頃から用水路などを作る土木技術が発達して、新田開発が進んだ。

吉玉 : あっ、大昔に習った記憶が……。

今尾 : そういう場所はことごとく○○新田って地名でした。たとえば東京都小平市に多かったのは鈴木新田小川新田など、開拓者の名前がついたもの。野中新田は、野中さんという商人の名前。例は全国にありますが、出資するかわりに作物の何割かをもらうといった取り決めで、商人や豪商が新田に投資したんですよ。また、日野市の石田新田は人名ではなく、開墾した村の名前ですね。「新田」がつく地名はだいぶ減っていますけど。

吉玉 : (鈴木、小川、石田、野中。どれもモーニング娘。歴代メンバーの苗字だ……!)

今尾 : 日本で人名がつくのはこういう例ですね。欧米ほどはありません。

吉玉 : 日本は出資者や開拓者の名前で、政治家の名前はつけないんですね。

今尾 : さすがにヨーロッパでも、現役の政治家の名前はつけませんけどね。地名になるのは、もう亡くなった偉人です。シャルル・ド・ゴール通りだとか。

吉玉 : シャルル・ド・ゴール、人だったんですね。空港の名前だと思ってました……。そういえば、北アメリカ大陸の最高峰・マッキンリーが、デナリに名前を戻しましたよね。

今尾 : そう。マッキンリーは大統領の名前をつけたものですが、それを2015年に先住民の呼び名であるデナリに変更したんです。世界的に、先住民の言葉に戻す流れは増えてます。ニュージーランド最高峰のマウント・クックも、今は「アオラキ/マウント・クック」が正式名称になりました。「アオラキ」は、先住民族マオリ族の言語で「雲の峰」という意味です。

方向音痴は克服しなくていい。迷子のススメ

吉玉 : 「地名に興味を持つことで方向音痴を克服する」というアプローチは可能だと思いますか?

今尾 : どうでしょうねぇ(笑)

吉玉 : 今尾さんは迷われます?

今尾 : 僕、方向音痴ですよ。

吉玉 : そうなんですか!?

今尾 : ぐるっと回っちゃうと方角さっぱりですね。太陽が出ていれば、ざっくり分かるんですけど。

吉玉 : じゃあどうやって目的地までたどり着くんですか?

今尾 : 地図を見ます。

吉玉 : 地図を見れば迷わないですか?

今尾 : 僕はそうですね。地図見ても迷うって人もいますけど、店名が書いてあるぐらい大きな縮尺の地図にすれば、ほとんどの人は大丈夫だと思いますよ。

吉玉 : 私はそれでも危ういときがありまして。この連載を始めて、最近はだいぶ地図に慣れてきましたが……。

今尾 : でも、方向音痴って克服しなくてもいいと思いますよ。迷うって楽しいことでもあるので。僕もね、地図を持たずに初めての街を歩くんですよ。

吉玉 : えっ、元の場所に戻れますか?

今尾 : 戻ってこられないこともあります(笑)それが楽しいじゃないですか。意外なところにたどり着いたり、あとで地図を見て「こういうところだったのか!」って復習するのも楽しい。

吉玉 : たしかに。原稿書くとき、ロケで歩いたところを復習すると楽しいです。

今尾 : あとはね、迷ったら人に聞くといいですよ。拒否されることもありますけど、そういうときは別の人に声をかければいいので。道は、犬の散歩してる人に尋ねるといいですよ。だいたい地元の人だから。

吉玉 : 私、家の近所で迷子になったとき、犬の散歩してるおばあさんに知ってる通りまで連れていってもらいました。

今尾 : いいですね。今の若い人は、子供の頃に「知らない人と話しちゃいけません」って教育されてるでしょう。でもね、怪しい人って会ってみなきゃわかんないんですよ。見た目は怪しげだけどマトモとか、マトモに見えるのに微妙に危ないとか、いろいろな人がいる。それを学ぶためにも、子供のうちから知らない人と話したほうがいいと思うんです。

吉玉 : 人を見る目とコミュ力が養われそうです。

今尾 : 僕は地方に行くと、観光地でもなんでもないところを歩くので、よく怪しまれるんですよ。そんなときは挨拶をします。地名の取材のときは「こんにちは。ここの地名って面白いですね」とか。由来を尋ねたら教えてくれたり、地名に詳しい人を紹介してくれたりしますよ。

吉玉 : 田舎に行くテレビ番組みたい……!

今尾 : ずっと前にJTBの「旅」という雑誌で地名の連載をしたとき、山形県の無音(よばらず)ってところに行ったんです。田んぼで地元の人に地名の由来を尋ねたら、「あそこの人が詳しい」と教えてくれて、その人の家を訪ねたら、こたつに入れてくれてお茶も出してくれて。そこで、地名の由来となった伝説を教わりました。昔、沼の主を怒らせないよう音を立てずに歩いたから無音って地名だそうです。もしかしたら後付けの伝説かもしれないけれど、語り継がれてること自体が貴重なんですよ。

吉玉 : そういう取材、憧れます!

今尾 : 旅の出会いもいいものですよ。ネットで下調べをしていくと、ネットの範囲内しかわからない。あえて予習しないほうがいいかも。

吉玉 : 方向音痴の大先輩のお話を聞けて、とても心強いです。

今尾 : いいんですよ、方向音痴で。たまに「地図を回すのはダメ」って言う人いるけれど、それぞれやりやすいようにやればいいと思います。地図はそのための道具なのだから。

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「社会科で習ったけど思い出せない言葉」をスラスラと口にする今尾さん。「享保の改革」とか、聞いただけで脳がビリビリしました。テスト前に覚えた気がする……。私も今尾さんのような、インテリジェンスあふれる大人になりたいものです。

また、この連載ではじめて自分以外の方向音痴さんと出会えたのもうれしかったです。方向音痴さんに「迷子になるのも楽しい」と言っていただけると、説得力がありますね。たしかに、仕事のとき迷子になるのは困るけれど、時間がたっぷりあれば迷子も楽しめるかも。オフの日、迷子前提でお散歩してみようかな。

 

さて、次回は方向音痴にいいと評判のアプリを試してみます! 吉玉は渋谷のダンジョンから抜け出せるのでしょうか?

取材・文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

 

 

この連載が、本になりました。

大幅な加筆修正と書き下ろしエッセイを加えて単行本化!
ライター・吉玉サキが方向音痴克服を目指す体当たり連載「グーグルマップを使っても迷子になってしまうあなたへ」が、大幅な加筆修正と書き下ろしエッセイを加え、単行本として発売されることになった。発売予定日は5月21日(金)。発売を記念して、5月10日(月)からTwitterキャンペーンも実施される。