今尾恵介さん
今尾恵介
1959年横浜市生まれ。地図研究家、フリーライター。『ふしぎ地名巡り』(ちくま文庫)、『地図帳の深読み』(帝国書院)、『カラー版 東京凸凹地形散歩』(平凡社新書)など、地図、地名、鉄道に関する著書を多数執筆。

地名に興味を持ったきっかけは……

吉玉 : 今尾さんは、どういうきっかけで地名に興味を持ったのでしょうか?

今尾 : 中1の社会科の授業で地形図を見て、それからですね。もう毎週のように地形図を買っては家で眺めて、あちこちに珍しい地名があることを知って。たとえば沖縄だと、城って書いてグスクと読む地名が多いとか。北海道も、関東でも見たことがないような珍しい地名がたくさんある。地方色豊かな地名が目につきました。

吉玉 : 私は北海道出身なんですが、たしかにアイヌ語の変わった地名が多いです。

今尾 : 札幌のあたりは、アイヌ語から漢字の読み方に変更された地名も多いですね。たとえば月寒(つきさむ)などは、以前はツキサップって読み方でしたよね。それが、当て字の漢字に引きずられて月寒になった。あと、美深(びふか)町も、昔はピウカだったんですよ。

吉玉 : 初めて知りました。昔って、どのくらい昔ですか?

今尾 : だいたい戦前ですね。ピウカはアイヌ語で「小石の河原」って意味なんですよ。それに美深という漢字を当てていたので、それにつられて「びふか」という読みになったんです。

吉玉 : そういう変遷はどうやって調べるんですか?

今尾 : この話は30年くらい前、美深町役場に電話して聞いたんだったかな。

吉玉 : 地名について調べに、現地に行かれたりも?

今尾 : そうですね。もうずっと、仕事で地図や地名について調べてますから。僕が最初の本を出したのが1994年なんですけど……あ、吉玉さんが生まれた頃ですかね?

吉玉 : あ、そんなことないです……(1983年生まれです)

今尾 : 本を出すとまた次の仕事が来るので、そのテーマについて調べるんです。地元の図書館に行ったり、教育委員会に質問したり。当時は役場に問い合わせると、地名に詳しい地元の人の電話番号を教えてくれたりして。今ではありえないですよね(笑)

地名にまつわる伝説は後付け? 当て字は○○な字を選ぶ?

吉玉 : 地名ってどういう由来でつけられるのでしょう? 個人的に、民話や伝承が由来だとかっこいいなと思うのですが……。

今尾 : そういうのは後付けのことが多いんですよ。地名が最初にあって、その地名に合わせた物語があとからできるパターン。

吉玉 : そうなんですね!

今尾 : たとえば兵庫県の六甲山地には「六つの兜を埋めた伝説」がありますが、これは地名が先なんですよ。ほとんどそうなんです。物語が先の地名は例外的だと思いますね。

吉玉 : 伝説由来ってかっこいいのに……。

今尾 : 地名は諸説あるんですよ。たとえば渋谷なら、渋谷さんって豪族がいた説、「しぼんだ(狭い)谷」の地形を表してる説、「渋い水(鉄分を含んだ水)」説と、いろいろあります。地名って名付けた人に聞かないと本当のことは分からないんです。

吉玉 : じゃあ、どうやって由来を調べるんですか?

今尾 : 地名学は、サンプルをいっぱい集めて共通性を探るのが基本です。たとえば「落合」って地名は全国に何十箇所もあるんですが、一つひとつの落合の地形を見てみると、だいたい川が合流してるんですよ。 だから「川が落ち合う=落合」って推測が成り立つ。

吉玉 : 最初に気づいた人、名探偵みたいですね。

今尾 : 由来といえば、日本の地名は当て字が多いんですね。だから、地名の由来と漢字の意味が一致している地名もあるけど、そうじゃないものも多いですよ。たとえば羽田とか赤羽とか、羽がつく地名はいっぱいありますけど、鳥の羽を由来としたものはほぼないと思います。

吉玉 : では、羽田や赤羽の由来は?

今尾 : あれは粘土なんですよ。埴(ハニ)というのが粘土質の土のこと。粘土質の土地だったから、その名前がついたんでしょうね。

吉玉 : なぜ「埴」ではなく「羽」の字にしたんでしょう?

今尾 : そのほうがかっこいいからです。

吉玉 : えー! そんな理由なんですか?

今尾 : 日本って古来は文字がなかったわけじゃないですか。それが、中国から漢字が入ってきて、大和朝廷でも社会制度が整うにつれて文書を書き残すようになった。そうすると、今まで音だけだった村の名前に漢字を当てはめる必要があります。そのとき、なるべく良い漢字を当てるルールができたんです。

吉玉 : 自分が住むなら、なるべくかっこいい漢字のほうがいいですもんね。

今尾 : そのうち好字二字といって、「国や郡の名前は2文字でなるべく良い字を使う」って命令が出たんですね。だから、相模や武蔵など、昔の国の名前は2文字なんですよ。それまで3文字や1文字で記していた国も、無理やり2文字に変更しました。たとえば大阪の南、和泉国ってありますよね。和泉(いずみ)と書きますが、和は読まない。黙字です。これは好字二字に合わせるため、泉に和を足したんです。

吉玉 : 読まない字を足すって解決法、トリッキーですね……。

地名は漢字のほうがいいと思う理由

吉玉 : 今尾さんは、最近のひらがな地名ってどう思われますか?

今尾 : あまりよくないと思っています。なぜかと言うと、日本語って英語みたいにスペースがないじゃないですか。だから、ひらがなだと助詞などと紛らわしい。

吉玉 : たしかに、読みづらいですね。

今尾 : それに、漢字の訴求力ってすごく大きなものがあるのに、ひらがなにすると印象が薄くなりますよね。歴史的な地名の継承という意味でも、できるだけ昔からある漢字表記にすべきだと思っています。

吉玉 : ひらがな地名って、なんでひらがなにするんでしょう?

今尾 : 多いのは、市町村合併したパターンですね。たとえば、かすみがうら市。霞ヶ浦町と千代田町が合併するとき、霞ヶ浦町のほうが有名なので読みを「かすみがうら市」にすることは決まったんですけど、そのまま漢字の霞ヶ浦にしちゃうと、千代田町が吸収合併された感じになっちゃう。だから、ひらがなにしたんです。そういう地名が平成の大合併で激増し、地名の風景が妙な感じになってきたんですよね。

吉玉 : 穏便に済ませるためのひらがなだったんですね。

今尾 : 日本的な決着の仕方ですね。ありえない話ですが、もしも横浜と川崎が合併したら、横浜も川崎も絶対にお互い譲らないですよね? そうすると、「じゃあ平等に、県の名前をひらがなにしてかながわ市はどうでしょう?」ってなると思いますよ。

吉玉 : 痛み分けって感じですね。
あと、合併後に位置の名前で呼ぶパターンもありますよね。西東京市とか。あれ、場所のイメージは湧くけど、街のイメージは湧きづらいですよね。

今尾 : 「東京の西にある」以外、なにも言ってないですからね。しかも、西東京市って東京都全体から見るとだいぶ東なんですよ。そりゃあ23区から見たら西だけど。

吉玉 : たしかに、私が住んでる町田市も西東京市よりよっぽど西です(笑)
ひらがな地名は多いですが、カタカナや外来語の地名はどうでしょう?

今尾 : いっぱいありますよ。北海道の江別市に豊幌ってありますよね。そこに「豊幌はみんぐ町」ってあるんですよ。

吉玉 : えっ! 江別の隣の札幌出身なのに知りませんでした。

今尾 : 世代によっては、はみんぐ町ってネーミングを素敵だと感じるんでしょうね。僕なら「はみんぐ町在住です」ってちょっと言いたくないけど。

地名や駅名で集客力が変わる!?

吉玉 : ずばり、今尾さんの好きな地名を教えて下さい。

今尾 : 好きなのは古い地名ですね。今はなくなってしまった、地名としての原宿とか。

吉玉 : えっ、今はないんですか?

今尾 : 原宿って地名、今はないんですよ。昔は渋谷区の正式な町名だったんですけど、「神宮前」という住居表示に変わったので。だけど原宿の場合は、山手線の駅名として現役なので、むしろ神宮前よりも全国的な知名度は高いでしょう?

吉玉 : たしか、御茶ノ水も地名じゃないんですよね。

今尾 : 御茶ノ水は正式な町名だったことがなくて、昔から通称地名ですね。将軍のお茶を淹れる綺麗な湧水があったことから、江戸時代にそう呼ばれはじめました。御茶ノ水駅は、今はJRの駅ですが、もともとは甲武鉄道という私鉄だったんです。イメージのいい駅名にして少しでも乗客を増やしたいということで、御茶ノ水駅にしたんでしょうね。

吉玉 : 駅名として有名だけど地名じゃないパターン、たとえば「多摩センター」もそうですよね?

今尾 : そうですね、あれも駅名であって、地名ではありません。あの辺は、落合とか、わりと昔ながらの地名で。多摩ニュータウンは意外に新しい地名が少ないんですよ。

吉玉 : それこそカタカナ地名つけそうなのに、意外です。

今尾 : 当時は、どんな不便な場所にある団地だって、建物さえ作れば何倍って倍率で人が入る時代だったんですよ。だから、そんなに集客の努力をする必要がなかったんですね。住宅供給公社や今のURが中心となって開発してることも、関係してるかもしれません。

吉玉 : オシャレな地名で人を集める必要がなかったんですね。

今尾 : そう。一方で、民間の不動産会社や電鉄会社の不動産部門は、「こんなに素敵な住宅地ですよ~」ってアピールするための名前をつけます。台地でもないのに「○○台」ってつけたりとか。

吉玉 : 「○○台」って地名はかならず高台なんだと思ってました。

今尾 : 地名と土地条件って、かならずしも関連してるわけじゃないんです。地名に「台」がついてると地盤が堅そうな印象ですが、実際は田んぼを埋め立ててるから非常にやわらかい……なんて場合もありますよ。

吉玉 : 家を買う方は知ってたほうがよさそうですね……!

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歴史の継承を大切にする今尾さん。淡々としつつもときに鋭い語り口から、地名へのリスペクトを感じました。

地名って、たとえば「田んぼがあったから田の字がつく」ようなもっと単純なものかと思っていたのですが、合併による自治体同士の力関係が影響していたり、開発後に集客のためかっこいい地名をつけたりと、意外と人間の感情が絡んでいるんですね。奥が深いです……!

後編は、住む場所を決めるとき地名に惑わされない方法や、海外の地名、そしていよいよ方向音痴のお話。

なんと今尾さんも方向音痴だそう。この連載で初めて、吉玉以外の方向音痴が登場します。次回、乞うご期待!

取材・文=吉玉サキ(@saki_yoshidama

 

 

この連載が、本になりました。

大幅な加筆修正と書き下ろしエッセイを加えて単行本化!
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ライター・吉玉サキが方向音痴克服を目指す体当たり連載「グーグルマップを使っても迷子になってしまうあなたへ」が、大幅な加筆修正と書き下ろしエッセイを加え、単行本として発売されることになった。発売予定日は5月21日(金)。発売を記念して、5月10日(月)からTwitterキャンペーンも実施される。