藤井誠二

1965年生まれ。愛知淑徳大学非常勤講師。『少年に奪われた人生犯罪被害者遺族の闘い』(朝日新聞出版)、『殺された側の論理犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社)、『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』(潮出版社)ほか著書など多数。

河合香織

1974年生まれ。主な著書に『セックスボランティア』(新潮社)、『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』(小学館)など。『選べなかった命出生前診断の誤診で生まれた子』(文藝春秋)で第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第18回新潮ドキュメント賞を受賞。

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河合 : 『沖縄アンダーグラウンド』 を読んで、 「生きるために売春して何が悪いのか──」 という問いが繰り返し投げかけられていたことが印象的でした。藤井さんは本書をどのようなスタンスで取材されたのですか?

藤井 : 最初にこの取材を始めたときに、売春の是非の結論は出さないようにしようと決めていたんです。というか、出せなくなっていった。当時の時代背景や社会構造から必然的に出てきたものだし、今現在も売買春の是非についてはさまざまな立場があります。その世界でしか生きられなかった人たちがたくさんいる。ただ取材中に、セックスワーカーを人間としてダメだみたいなことを平気に口にする人にだけは、結構ムキになって怒っちゃいましたね。

『沖縄アンダーグラウンド』(2018) 「浄化作戦」によって壊滅させられた沖縄の売春街に生きた人々に取材し、沖縄の戦後史を描き出した。沖縄書店大賞受賞。

書き手は立場を決めて取材するべきなのか?

『選べなかった命』(2018) 出生前診断の伝達ミスによりダウン症児を産んだ母親が医師を提訴した事件を契機に、命を選ぶことに直面する家族を取材した。

河合 : 安易に是非を判断できる問題ではありませんよね。

藤井 : 河合さんの『選べなかった命』のテーマである出生前診断に関しても、当事者や医師や弁護士のなかにもさまざまな立場の人がいましたよね。その葛藤の渦中に河合さんが潜り込んでいって翻弄されるという部分は、僕の立場と似てるなと思ったし、そこがすごくいいなぁと思いました。

河合 : ありがとうございます。一方、書き手の立場をはっきりと決めたほうがいいという意見もありますよね。そういう考えについてどう思われますか?

藤井 : 取材の方法として、相手と向き合うときに立場を鮮明にしすぎることで障害になることもあるんじゃないかというのがまずひとつあります。「これはこうだ」というふうに書き手が最初から決めてかかると、何かを批判するために取材対象をその材料にしている気がして、僕はあんまり好きではないんです。でもそのほうが被取材者が安心できることもあって、ケースバイケースだと思います。

河合 : なるほど。一方、取材の過程を経て、結論が導き出される本もありますよね。たとえば後藤正治さんの『甦る鼓動』では、脳死が人の死であるかどうか定まっていない時代に100人以上の人に取材をし、最後には本人が自分で選ぶことの重要性を問いかけています。テーマによる部分もあるのでしょうか。

藤井 : 「これはこうだ」 という無謬(むびゅう)を出すために取材の旅をしていくパターンもあれば、そうじゃなくて「こういう考え方もありますよ」と示して、インタビュアーがそのなかで揺れ動くパターンもある。僕は後者のほうが今の社会に合っているような気がするんです。

『甦る鼓動』後藤正治 著/岩波現代文庫/2000年 「移植手術に立ちあったり、臓器を運ぶプロペラ機に一緒に乗ったりと、とにかく取材が深い。執筆に対する真摯な姿勢も尊敬しています」(河合さん)

──それは今の社会のニーズと逆だからということですか? 企画でも記事でも、結論がまず先に求められることのほうが多いと思うのですが。

藤井 : 見出しと結論の一致が欲しい世の中なんだと思う。フェイクニュースが流行るのも、結論を急いで欲しがっていたり、物語を求めすぎているからなのかもしれない。

河合 : 社会はわかりやすさを追求する傾向がありますが、要約できない問題を扱っているところがノンフィクションの面白さのひとつです。最終的に結論を述べている本でも、最初から立場が定まっているわけではなく、いろいろ迷った末に結果が導き出されている。何十年も読み続けられている本には、普遍の人間の真理が描かれていると思います。

狙ってタブーに挑戦しているわけではない

『セックスボランティア』(2004) 障害者の性と愛をテーマにした。Kindle版も。

──河合さんはデビュー作『セックスボランティア』を書かれて以降、障害者の尊厳や生き方にずっと興味を持たれているのでしょうか。

河合 : 私は障害を持っていることはひとつの姿であって、人として当たり前のことを描きたいと思いました。『セックスボランティア』は、タブーに挑戦したなどと言われたこともありましたが、私自身はタブーであるとは思っていません。性は誰の人生でも当たり前に直面することでしょう。

藤井 : わりとノンフィクションって、“タブーに挑戦”みたいな言われ方をよくされるけれど、なんか違うなぁと思うんですよね。たとえば僕は犯罪被害者や犯罪被害者遺族の人を長年取材していますけど、最初は被害者遺族の方って笑わないとか思ってたんです。腫(は)れ物に触るようなところが僕含めメディア全体にあったんだけど、だんだん交流を深めていくと、普通に笑うし、酒飲むし、カラオケで大騒ぎするし、いつも戦っているわけでも怒っているわけでもない。

河合 : 障害者もかつては無垢な存在として描かれることもありました。ですが、それも決めつけです。清らかな人もいれば、二股もかける人もいる。それが人間です。

『黙秘の壁』(2018) 出版後に黙秘のあり方をめぐる議論を巻き起こした。

──そういったリアルな人間と向き合っていくなかで、取材される側には書かれたくないこともあると思いますが、どうやって折り合いをつけていますか。

河合 : 重要なことは、書かれる人の人生は続いていくということです。相手の人生を配慮して、その人に伝えたいものと、自分が伝えたいことの摺(す)り合わせをしていきたいと思っています。

藤井 : 僕もそうですね。犯罪被害者遺族の取材については、僕としては寄り添って支援するつもりで書いているんだけど、同時に細部まできちっと書きたいという気持ちがあるので、ゲラまで見てもらって、最後の最後まで一文字までこだわってやりましたね。やはり「書かれすぎ」と感じられる方もいるので。

「要約できないところがノンフィクションの面白さ」河合香織

河合 : 細部まできちっと書きたいとおっしゃいましたが、『沖縄アンダーグラウンド』では、ここは要約できるかもしれないというところを、あえて残しているところが魅力だと思うんですよ。

藤井 : 343ページありますが、これでも切られた結果なんですよ(笑)。最初は(400字詰め原稿用紙)800枚書いたんですけど。史料をたくさん使いたいと思うたちで、ノンフィクション作品としてはあまりよくないとよく言われます。

河合 : そんな分量を書かれるとは、パッションですね。去年小脳出血で倒れられたと聞いて驚いたのですが、それも原因のひとつだったという可能性は……。

藤井 : ありますね (苦笑) 。

パッションがあるところにノンフィクションが生まれる

『聖なるズー』濱野ちひろ 著/集英社/2019年 「著者は動物性愛者団体の方に話を聞くためにドイツに旅立ち、性の祭典にまで 参加します。この本にはパッションを感じます」(河合さん)

河合 : きれいにまとまった本もよいのですが、私はパッションを感じるノンフィクションに魅力を感じます。今日持ってきた『聖なるズー』 もそういう一冊です。この本は、動物性愛者をテーマにしたノンフィクションです。本書の書き出しは 「私には愛がわからない」 という一文です。動物と人間との関係には、愛があるのか。あるいは、支配関係なのか。修士論文をもとにしてはいますが、論文には収まらないパッションをノンフィクションで表現したのではないかと思います。本書は著者が愛を探すロードムービーとしても読むことができます。

藤井 : そういう意味では、打越正行さんの 『ヤンキーと地元』 もそうですね。彼は社会学者ですが、30歳で沖縄の暴走族の中学生に弟子入りするんです。「コンビニでおにぎり買ってこい」ってパシリにされて、「なんでツナマヨじゃねえんだ」って言われて、ときにはグーパンチされて、それでも取り入って、彼らの生活の中に入り込んでいく。社会学の参与観察という手法なのだけど、誰もそこまでやらないですよね。それこそパッションがないと。彼らと一緒に働いたり、騒いだりしたりするうちに、だんだんコミュニケーションがとれるようになって、なんで彼らが派手な格好して暴れたりして荒れるのか、その社会構造に迫っていくんですよ。そういう意味では異色というか、突き抜けているなぁと。

『ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』 打越正行 著/筑摩書房/2019年 「最終的には沖縄の不良少年たちから恋愛相談を受ける仲に。彼らをめぐる社会構造を知りたいという思いが一貫してブレないところがいい」(藤井さん)

いいノンフィクションとどこで出会えるのか?

藤井 : 打越さんのように、最近は学者が書いた本がノンフィクションとして読まれているし、ノンフィクションの定義って曖昧(あいまい)ですよね。本屋さんのどこにあるかもまちまちで。ジャーナリストの森健さんの『小倉昌男祈りと経営 ヤマト「宅急便の父」が闘っていたもの』がビジネス書の棚に置かれていたり、河合さんの本が福祉の棚で、僕の本は「都市伝説」の棚にあったという話を聞きました (笑) 。

河合 : そうなんですね。『選べなかった命』は医療の棚で売れたみたいですが、確かに置いていただけるのはノンフィクションの棚とは限らないですよね。

藤井 : そのあたり、『Title』の辻山さんはどういう風に分けられているんですか?

辻山 : それぞれの著者に紐づけたり、近しいテーマのところに置いていますね。たとえば藤井さんの本なら沖縄の本に近いところとか。ノンフィクション専門の棚を作っている本屋さんは少ないと思います。それこそ定義が難しいので。でも、然(しか)るべき場所にあれば、本の力が強ければ手にとりますから。

藤井 : 専門の棚が少ないのは、あらゆる棚にノンフィクションが潜んでいるからなんですね。

河合 : それぞれの興味にあったノンフィクションと出会えるといいですね。

藤井誠二さんが読む、ノンフィクション

『団地と移民 課題最先端「空間」の闘い』安田浩一 著/KADOKAWA/2019年
「高度成長期の夢だった団地に今は移民が住むようになり、ヘイト事件も起きている。都市の現実として知っておかねばいけないことだと思う」

『ヴィータ 遺棄された者たちの生』ジョアオ・ビール 著 トルベン・エスケロゥ 写真 桑島薫・水野友美子 訳/みすず書房/2019年
「社会的に遺棄され死を待つだけの人々を収容する施設の存在に驚愕する。収容者の尊厳がどのように保たれるのかを徹底して聞いている」

『ルポ 川崎』磯部 涼 著/サイゾー /2017年
「川崎のミュージシャンたちが、自分たちの街を忌み嫌う部分もありながらも、誇りに思いながら生きている感じがとてもよく出ていた」

『ミズーラ 名門大学を揺るがしたレイプ事件と司法制度』ジョン・クラカワー 著 菅野楽章 著/亜紀書房/2016年
「名門アメフト部が起こしたレイプ事件の被害者をはじめ、膨大な関係者を取材。街ぐるみで加害を隠蔽しようとする構造を明らかにした」

『予告された殺人の記録』ガブリエル・ガルシア=マルケス 著 野谷文昭 訳/新潮文庫/1997年
「もともとノンフィクションで出す予定だった本で、実際の事件をもとに書かれている。事件の切り取り方や時空の描写の仕方を学びました」

河合香織さんが読む、ノンフィクション

『パトリックと本を読む 絶望から立ち上がるための読書会』ミシェル・クオ 著 神田由布子 訳/白水社/2020年
「殺人を犯したかつての教え子と共に拘置所で本を読むという内容。読むことと書くことが人に及ぼす影響の大きさに心を動かされました」

『アナザー 1964 パラリンピック序章』稲泉 連 著/小学館/2020年
「障害を負った人々が、どうやって尊厳を取り戻していくのか。パラリンピックの原点を振り返ることで、自立とは何かを考えさせられます」

『戦争は女の顔をしていない 1』 小梅けいと 著 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 原作 速水螺旋人 監修/KADOKAWA/2020年
『戦争は女の顔をしていない』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ 著 三浦みどり 訳/岩波現代文庫/2016年
「コミック版には最初抵抗がありましたが、読んでみたら泣いてしまうほど感動しました。ここから入って原作を読むのもいいと思います」

『井田真木子著作撰集 第2集』井田真木子 著/里山社/2015年
「取材した相手の人生を引き受け、自分の存在を賭けて書かれたような井田さんの著作がなければ、私はライターになっていませんでした」

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未知の本との出会いに心が動く

幅広いジャンルを揃える新刊書店。店主の辻山良雄さんのブックセレクトは多くの本好きから支持を得ている。現在はコロナ禍により休止しているが、著者によるトークイベントも魅力。1F奥はカフェスペース、2Fはギャラリーになっている。

『Title』で注目のノンフィクション

『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』ステファニー・ランド 著 村井理子 訳/ 双葉社/2020年
「個人の性や貧困など、自分ではどうにもならないものを書いたヒリヒリするような作品が読まれています」(辻山さん)

『Title』店舗詳細

住所:東京都杉並区桃井1-5-2/営業時間:12:00~21:00(カフェは~20:00LO)/定休日:水・第3火/アクセス:JR中央線・地下鉄丸ノ内線荻窪駅から徒歩10分

取材・構成=鈴木紗耶香 撮影=三浦孝明
『散歩の達人』2020年11月号より