中秋・晩秋・最終の名月に共通するもの

三度の飯より闇夜が好きだが、月夜もいい。空気の澄む秋はお月見の季節だ。お月見といえば旧暦8月15日の十五夜(中秋の名月、芋名月)だが、その翌月、旧暦9月13日の十三夜(栗名月、豆名月)のお月見もまあまあ知られていて、私はこれを「晩秋の名月」と呼んでいる。今年(2026年)の十五夜と十三夜はもう終わったので、月見団子の皆さんも「いやー今年もピラミッドにされたりしてたいへんだったねえ」「また来年な!」とすっかり油断していると思う。

ある年の中秋の名月。この夜は中国と比べて日本では晴れにくい。最終の名月は晴れやすい。
ある年の中秋の名月。この夜は中国と比べて日本では晴れにくい。最終の名月は晴れやすい。

だが、あまり知られていないものの、十三夜のさらに翌月、旧暦10月10日のトーカンヤ(十日夜)もお月見の夜としてきた地域がある。稲の収穫祭の夜なので、稲の名月と呼ぶ。そして、十五夜、十三夜とトーカンヤを合わせて三月見といい、3回ともお月見をすると縁起がいいとされた。それゆえ私はトーカンヤの月を「最終の名月」と呼んで愛でている。今年のトーカンヤは新暦11月18日水曜だ。

十五夜はほぼ満月で十三夜の月は少し欠けているが、トーカンヤの月は欠けすぎて小太りの半月という感じ。形がまちまちなのにどうしてみんな名月なのだろう。3つの名月に共通するのは、日の入りのときにはすでに月が出ていて、月が南中するとき高すぎず低すぎないほどほどの高さになるということだ。日の出の時刻と南中高度は1日や2日違っても大差ないが、月の出の時刻や南中高度は1日でだいぶ変わるから、この2つは案外共通しにくい。

強すぎず弱すぎない「いい月加減」が月夜を絶景にする

そして、十五夜より十三夜、十三夜よりトーカンヤのほうが月が欠けているので暗いが、そのぶん、秋が深まって空気の乾燥が進み月がクリアに見えることなどから、3つの名月の光の強さは、だいたい同じくらいに感じられる。季節がさらに進むと月光はより強まる(加えて雪国では、月光が雪に反射して昼のように明るくなる)が、昔の人は冬の強すぎる月の光を凄まじいと感じ、あまり好まなかった。電灯だらけの今の都市生活ではもうわからなくなったが、月光が強すぎて夜が明るいと興醒めなのだ。

だから「日暮れにはすでに見えていて、適度に澄んだ夜空にほどほどの高度でほどほどに明るく輝く月」というのが名月の条件なのだ。それはつまり、月光が照明装置としていいあんばいの夜ということだ。名月の夜には、土地によって綱引きや相撲をやったり、子供たちが月見団子を盗んで回るなど、夜の屋外でいろいろやるため月という天然照明が必要だったのだが、それだけではない。

月見の真髄は月自体を見ることでなく、月に照らされた夜の幻想的な景色を愛でることにあると思う。月そのものなんてちょっと見ていればすぐ飽きるが、月に照らされた夜の景色はいくら眺めてもなかなか飽きることがない。そのとき、月光が弱すぎると景色がよく見えないし、強すぎると興醒めする。いい月加減であることが、月夜の景色を最高に幻想的にする。重要なのは月光の強さであって、月そのものの形ではない。

秋のいい月加減の箱根。九頭龍さまが守るという芦ノ湖を、森の闇から望む。
秋のいい月加減の箱根。九頭龍さまが守るという芦ノ湖を、森の闇から望む。

怯むな、トーカンヤはお月見でいいのだ

月夜の房州・鋸山。「月に磨く」という言葉があるが、月夜はまさに絶景が磨かれる。
月夜の房州・鋸山。「月に磨く」という言葉があるが、月夜はまさに絶景が磨かれる。

とはいえ実は、トーカンヤはあまりお月見の夜だとは見なされていない。トーカンヤはふつう、山に帰る田の神に餅やぼた餅をお供えし、埼玉や群馬では子供たちが「トーカンヤ、トーカンヤ……」と唱えながら固い藁束で地面を叩いて回り、長野の一部では田の神の依り代である案山子(かかし)を田んぼから引き抜いて庭先などに祀る行事として知られる。トーカンヤの行事が伝わるのは東日本の一部で、それを月見行事としているのはそのまた一部でしかない(だから新暦の今は、中秋・晩秋の名月と違って、月齢を無視して月遅れの11月10日にトーカンヤの行事をしたりする)。

だが、だからどうしたと言いたい。節分の夜に恵方巻きを食べるのは今や豆撒きよりもポピュラーになったが、かつては関西ローカルの風習だった。クリスマスやハロウィンだって、世界の一部の地域で行われていた日本にない行事だったのに、今は日本中で大騒ぎだ。そもそも中秋の名月すら中国から伝来したもので、日本のどこにもなかった行事だ。

だから、世界のどこかに伝わっていた行事を気に入ったなら、そんな行事がなかった地域でもどんどんやればいいのだ。ましてやそれが日本のどこかに伝わってきたものなら、日本の気候に合っているわけだからもうやるしかない。

「トーカンヤの川崎多摩丘陵ムーンライトウォーク」参加者募集!

秋の月夜の多摩丘陵。すぐそこに明るい街があっても、電灯が目に入らなければ、月が支配する世界になる。
秋の月夜の多摩丘陵。すぐそこに明るい街があっても、電灯が目に入らなければ、月が支配する世界になる。

今年のトーカンヤはぜひ、忘れられた「いい月加減の月夜」を体験しよう。頭上を天の川が流れる昔ながらの闇夜を楽しむには、東京などの都会からそうとう離れなくてはならないが、昔ながらの青い月夜を楽しむには近場で全然オーケー。山奥に行かなくても、たとえば多摩丘陵などの里山で十分だ。周囲をぐるりと見渡して、街灯など人工の光が目に入らない場所であれば、昔と同じと言って差し支えない幻想的な月夜の景色を堪能できる。

最終の名月の夜、いい月加減の青い月夜にたっぷり身を浸して、自分も月夜の一部になろう。いい月加減とはどんな感じのものなのか、この際ぜひ体験してみよう。月見団子ももちろんいただこう。団子でなくても大福でもなんでもいい。トーカンヤの月は半月に近いので、まんまるな月見団子や大福をキュッと片手で変形させて、半月に近い形にしていただくのがよいとされている。よいとしたのは私だが。

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というわけで、『散歩の達人』編集部と共同で、闇歩き月遊びツアー「トーカンヤの川崎多摩丘陵ムーンライトウォーク」を企画してみた。2026年11月18日水曜18時半に小田急電鉄小田原線向ヶ丘遊園駅南口改札前付近集合、同駅で21時半ごろ解散予定。歩きやすい格好で、持ち物はおやつまたは行動食と飲み物。懐中電灯は不要。定員15名くらい。参加費は税込み3300円。小雨決行、荒天中止。

ではまた。闇の中で逢いましょう。

文・写真=中野純

シーズン2 第一夜闇を歩く男、中野純さんの連載「闇で逢いましょう」が帰ってきました。シーズン2の記念すべき第一夜のテーマは「東京スカイツリー」。やはり普通のタワーさんぽじゃありません。
シーズン2 第二夜闇を歩く男、中野純さんの連載「闇で逢いましょう」が帰ってきました。シーズン2の第二夜のテーマは「スズムシとクツワムシの声」。東京駅から普通列車で1時間少々の場所で、涼やかな鳴き声を浴びる闇歩きです。