近藤やよい

1959年、足立区生まれ。警視庁警察官、 税理士、都議会議員を経て、2007年に足立区長就任。現在5期目。「わたしの原風景は、荒川の河川敷です。足立区の貴重な財産だと思います」。

子どもの健康を支えるために大切だったこと

—— 「おいしい給食」の取り組みを始めたきっかけはなんだったのでしょうか。

近藤 2007年に区長選に立候補するときに、マニフェストに「おいしい給食を目指します」と入れたのがきっかけでした。当時、学校の先生から「不登校気味の子は給食だけでも食べに来たら?って言うと、食べに来る。それでもいいと思ってます」という話をうかがったんです。経済的に厳しいご家庭もあって、保護者の方が栄養バランスまで気を配って食事を提供できないようなお宅もあります。給食は、子どもにとっては日に一度の食事ではありますが、大人が考えている以上に重要な一食、健康を支える柱なんだということを実感しました。

—— 「おいしい」を形にするために、具体的には何から始めたのでしょう。

近藤 給食の残菜に着目し、毎日記録してもらいました。これはかなり抵抗感がありましたよ。足立区は各校に1名栄養士さんがいて献立を考え、自校で調理します。残菜を毎日明らかにすることは、栄養士さん自身の評価が数字に出てしまう。実際、残菜量は学校によってかなりばらつきがありました。抵抗感が強い気持ちはよく理解できます。

—— でも残菜を記録するのが大事なんですね。

近藤 対策の効果を測る意味から重要です。「おいしい給食」とは味、だから残菜の差は味に違いがあるんだろうと思っていました。でも、子どもたちに食べてもらおうとするアプローチが大切だということが分かってきたんです。学年やクラスによっても食の進みに差がある。担任の先生や栄養士さんが教室を回り、声かけなどきめ細やかに対応して、給食の時間を明るく和やかにしていくことが、残菜量にいちばん影響することが明らかになってきました。

—— 大人も、和やかな雰囲気のほうが食が進む気がします。

近藤 残さないで食べろという教育ではないんです。嫌いなものも、がんばってちょっと食べてみよう、と。無理して食べさせると、食べることが苦痛になってしまいますからね。食べる意欲を育てる、そういう雰囲気づくりが重要なんです。

「おいしい」を追究して生きる力を育てる

—— うま味調味料を使わず、各校で出汁を取っていると伺いました。

近藤 コンビニや外食の味付けはとても濃いので、天然の出汁を使ったものを初めて食べたときは、味がうすくて不味(まず)いって感じるんです。でも舌が慣れてくるとおいしく感じるようになる。小学3年生くらいで、今日の出汁はよかったねって栄養士さんに言うという話を聞いて、大笑いしました。絶対音感という言葉がありますが、何がおいしいのか、おいしくないのか、絶対的な味覚を足立区の子どもたちは持っていると思います。

—— 栄養士さんごとに献立は変わりますよね。

近藤 そうですね。新人もベテランもいらっしゃいますから。月に一度、全小中学校の栄養士が集まる「おいしい給食検討会」があるので、そこで互いに切磋琢磨(せっさたくま)していると思います。学校ごとに競うのではなく、自分との戦いだということを、折りにふれて申し上げています。

—— 食材は足立区産のものも使っているとか。

近藤 足立区は小松菜の生産量が多いんです。足立区産の小松菜はあだち菜といって、農家さんから直接各校へ届けていただいていることもあるんですよ。学校数も多いですし、給食に合わせて生産を調整していただくなど、ご苦労をおかけしてます。

—— 区長になられて19年。変化を感じますか。

近藤 感じますね。まず残菜量は、就任当初に比べると7割減りました。また、中学卒業までに、ごはん、味噌汁、目玉焼き程度の料理を自分でつくることができるよう、食の実践力「あだち食のスタンダード」の定着を進めています。コンビニでも、組み合わせ次第で栄養バランスのいいものが買えるので、そういった知識も大事。一生を通じて、健康はウェルビーイングの基本です。その切り口が給食なんです。

—— 生きる力につながりますね。

近藤 そのとおりです。足立区では、親から独立して、自分で生きていける力をつけていく「子ども支援」に注力しているので、健康と食は重要です。経済的に厳しい家庭に生まれてきたとしても、自立する力を、小中学生の間にどれだけ身につけて送り出せるかということが、自治体の真価なんじゃないかと思っています。

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「おいしい給食」キーワード

小松菜給食

2009年から開始。現在、給食に使われる小松菜はほぼ足立区産。複数の小松菜農家さんが分担して各校に搬入している。宇佐美農園では、畑に子どもたちを呼んで体験学習を実施。

給食メニュー コンクール

毎年テーマを決めて、小学校は一つの料理、中学校は一食分の献立を考える。栄養のバランスに配慮しながらメニューを考えることで、食への関心や、食べる意欲を育てる。受賞作は給食に提供される。

もりもり給食ウィーク

1週間、給食時間の充実に取り組むため、さまざまな施策を行う。教員や栄養士による食育、給食当番の服装チェック、食器類の片付けなど。残さず食べられるように、教室の雰囲気づくりが大切。

あだち食のスタンダード

中学卒業までに、「望ましい食習慣を身につける」「栄養バランスのよい食事を選択できる」「朝食程度の簡単な料理を自分でつくることができる」という3つの実践力の定着を進めている。

バイキング給食

自分でいろいろ選んで食べるバイキング方式の給食。必要な栄養も考えて選ぶこと、など栄養士さんが指導してくれる。イベント感があって楽しいのはもちろん、貴重な体験となるはずだ。

おいしい給食レシピ本

2024 年12 月、給食のレシピをまとめた『東京・足立区のおいしい給食レシピ』(主婦の友社)を発行。野菜たっぷりの献立はもちろん、ドレッシングまで掲載。老若男女に役立つ一冊。

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給食が食べられるレストラン『食堂ソラノシタ』

手前は不動の人気を誇るエビクリームライス935円。奥は本日の給食935円。この日はカレイの唐揚げ。
手前は不動の人気を誇るエビクリームライス935円。奥は本日の給食935円。この日はカレイの唐揚げ。

区役所の最上階にある展望レストランでは、給食のレシピを参考につくられたメニューが食べられる。区民のソウルフードといわれる「エビクリームライス」と、「本日の給食」の2品だ。北千住を中心に飲食店を展開する「一歩一歩」という地元の企業が運営している。

『食堂ソラノシタ』店舗詳細

住所:東京都足立区中央本町1-17-1 足立区役所 南館14F/営業時間:11:00~20:00LO/定休日:偶数月(4月を除く)の第2土・日/アクセス:東武スカイツリーライン梅島駅から徒歩12分

取材・文=屋敷直子 撮影=山出高士
『散歩の達人』2026年9月号より

足立区で育った人の間では、「小松菜おじさん」として有名な人がいるという。「宇佐美農園」の宇佐美一彦さん(64)。給食用の小松菜を育て、各学校に納品して21年。小松菜を知り尽くし、小松菜の声を聞く日々をうかがった。