栄養士さんの熱意に心動かされて
宇佐美一彦さんが区内の小中学校に小松菜の提供を始めたのは2005年。
食育の授業の一環で収穫体験に同行した栄養士さんが、宇佐美さんが育てた小松菜のおいしさに感銘を受け、給食で使いたいと連絡がくる。「当時は朝4時に起きてトラックに積み、5時に家を出て大田市場に行き、帰りは8時すぎ。学校の給食室には8時までに納品しないと間に合わないそうで、お断りしました」。
だが栄養士さんは諦めない。「主事さんがふたり、自転車でやってきて、自分たちで収穫して泥つきの小松菜を持って帰ったんです。土がついていると調理師さんは嫌がりますよ。でも嫌な顔ひとつせず、子供たちのために処理して給食に出した。それで自分も、子供たちに食べさせたいと思ったんです」。
足立区の給食は自校調理式。小松菜を納入するとなると、各校の校長先生と契約を交わす。納品時間を9時にしてもらい、区内107校のうち6校でスタート。朝市場に行き、6校を一人で回る生活が始まった。
「直接自分で納品して、顔が見える関係をつくりたい」。この気持ちに賛同してくれる区内の小松菜農家さんを募り、7人で区割りして、区内全校に足立区産の小松菜が納品されるようになった。
給食のための小松菜を育てる
給食用の小松菜は、市場向けとは育て方が違う。「市場向けは収穫してから家庭に届くまで3〜4日はかかる。そのため水をあげる回数を減らして硬めにつくります。夏だと種を蒔(ま)いて収穫するまでの35日間、水やりは3回くらい。うちは10回くらいあげるので、しゃきしゃき感があってやわらかく、えぐみも少ない。子供たちは苦みが嫌いですからね。根に近い部分は土が入り込んでいるので、調理師さんは長く切る。だから市場用の20〜25cmよりあえて長くつくっています」。ほかにも1束は1kgにして数えやすくするなど、細かなニーズに応えている。
「宇佐美農園」は江戸時代から続く農家で、長く小松菜を育ててきた。農業は天候に左右されやすいが、決められたときに収穫できないと給食には対応できない。「毎日3〜4回は畑を見に行きます。子育てと同じですね。しおれたらえぐみが出るし、肥料が足りないと硬くなる。あらゆる対策を立てています」。
現在、「宇佐美農園」は足立区内で60校、区外の学校にも納入している。さすがに自分たちでは納品できなくなり、配達は専門の業者さんに任せることにした。顔が見える関係ができなくなったが、社会科見学で畑に来てもらったり、学校に出向いて授業をしたりしている。
「うちの小松菜を給食で食べていた人がパートに来てくれたり、栄養士さんを目指していたりしています」。足立区で育った人たちには、小松菜の記憶が深く根づいている。
取材・文=屋敷直子 撮影=山出高士
『散歩の達人』2026年9月号より







