ガリガリだった迷い猫が、いまではのびのびと
日暮れ前、訪れたのは材木座海岸、『長吉丸』の漁師小屋。「そのうち犬の散歩のお友達が集まるので、コブンも出てきますよ」と今野さと子さん、「コブンは“5時から男”だから」と村木昇さんが教えてくれた。案の定、小屋の前はいつの間にかいろんな犬と人たちが井戸端会議。すると、物陰からコブン登場。
顔なじみのイケダさんの背後にサッと回り、犬たちを差し置いておやつの催促だ。「コブン、恥ずかしいからやめて~(笑)」と今野さん。みなさんドッと笑いが起きる。
コブンが小屋にやって来たのは2021年7月の土砂降りの日。推定1歳未満の体はガリガリでノミとシラミだらけ。周辺の漁師小屋を転々としていた迷い猫だった。
「うちは当時キイロという先住猫がいたのですが、弱々しすぎて敵と思わなかったのか、追い出さなかったんです。コブンという名前はご近所さんたちから『キイロに“子分”ができたね』って言われるうちに……。だからみなさんが名付け親なんです」と今野さん。
キイロは界隈では人気の猫で、地元からも遠方からも多くの人が会いに来た。この“井戸端会議”の輪もそうして自然発生的に生まれたようだ。
「私はキイロちゃん派で、休日にキイロちゃんの隣で本を読むのが楽しみで。でも、コブンは誰にでも抱っこさせてくれるから、キイロちゃん派もメロメロでした」と、この日いたご友人の一人。「キイロがいたからみんな仲良くなれました。キイロに会いに来ていた飲食店の人が、キイロやコブンをイメージしたメニューを作ってくれたりね」と村木さん。
そんなキイロが昨年、大病の末に虹の橋を渡った。
心配した飲食店の人はキイロを思って作った弁当を届けてくれた。散歩の犬たちは亡くなった小屋のそばからなぜかずっと離れなかった。コブンは、後をついて行ける存在がいなくなり、しばらくビクビクしていたという。
「でも、コブンがいてくれてよかった」と今野さん。
キイロの看病中、介護食を作れば、「おいしそうですねえ。僕にも分けて!」と言わんばかりに横取りに来る。そのたびに、コラー!と毎日ケンカ。おかしなことをしでかして笑わせてもくれた。落ち込んでも気が紛れた。「本当に暗くならないんですよ、このコがいると。場を明るくするのは天性でしょうね」。
周囲の人をほころばせながら、コブンは“親分”が残してくれた温かな輪の中で、今日ものびのび平和に暮らしている。
養殖ワカメを手掛ける材木座漁師『長吉丸』
鎌倉漁業協同組合の立ち上げメンバーの一人、村木長吉さんが海苔漁で創業し、2代目で養殖ワカメ漁へ転換。現在は3代目の村木昇さんが継ぐ。ワカメ漁は12~1月に種付け、2月中旬~4月に収穫。収穫後は浜で湯がき、2日かけて天日干し。卸し先は市内飲食店などで、小売り用で乾燥カットわかめ「ちょっきり」500円と塩蔵わかめ「塩蔵師匠」600円がある。直売以外は、長谷『晴レ時々野菜』、『てぬぐいカフェ一花屋』、由比ヶ浜『枡枡』で購入可(在庫がなくなり次第終了)。漁師小屋は、江ノ電和田塚駅から徒歩15分の材木座海岸(材木座5丁目)。
Instagram:@801bento
取材・文=下里康子 撮影=加藤熊三
『散歩の達人』2026年6月号より






