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旅の手帖 2026年5月号
旅の手帖 2026年5月号
古来、日本の大動脈である東海道と中山道。その旧街道に目を向けてみれば、歴史の記憶を刻むスポットがあちこちに。気ままで楽しい街道歩きに出かけよう。特集2は、さわやかな初夏の風が気持ちいい那須。連続テレビ小説『風、薫る』主人公のモチーフとなった大関和の出身地、黒羽地区も案内!

[妻籠宿]歴史が降り積もる静寂の宿で 『旅籠 松代屋(まつしろや)』【長野県南木曽町】

長い歴史の中で商売を鞍替えすることはよく聞く話だけれど、ここは200年以上前の創業時からずっと宿屋。文化元年(1804)、江戸時代後期に造られたという建物は、9代目に襷がわたったいまも往時の風情を残している。

200年以上前に建てられた伝統的な建物で、襖や障子で客室を仕切るだけのむかしながらの宿屋のスタイルを踏襲。障子の向こうには視界の奥まで妻籠宿の町並みが続く。
200年以上前に建てられた伝統的な建物で、襖や障子で客室を仕切るだけのむかしながらの宿屋のスタイルを踏襲。障子の向こうには視界の奥まで妻籠宿の町並みが続く。
母屋から敷地奥の離れ座敷に続く渡り廊下もいい雰囲気。
母屋から敷地奥の離れ座敷に続く渡り廊下もいい雰囲気。

千本格子の外には妻籠の町並みが静かに広がり、屋根の向こうと山の稜線が重なって見える。この一帯は、とにかく“歩く”人が多いことから、宿では何をするでもなく“明日また歩くため”に体を休める人が多いそうだ。

かつて中山道を行き交う旅人たちがここで疲れを癒やしたように。馬に揺られ、峠を越えて、ようやく辿り着いた旅人が、きっとここで肩の荷を下ろしたのだろう。

テレビも時計もない、しんと静まり返った空間に身を置いていると、江戸時代の旅人の姿がふと思い浮かんでくる。夕食は鯉の甘露煮や鯉の洗い、川魚の塩焼きといった川の幸が中心。地の食材でもてなしてくれる。

夜になると宿の静けさはさらに増し、歩くたびに小さく鳴る廊下の床板が長い歴史を語りかけてくるようだった。

ここでは時間が進むのではなく、ゆっくりと積もっていくように感じられる。静けさに身をゆだねる至福のひとときが、また歩く力をくれる。

歴史の長さを感じさせる、趣のある玄関。
歴史の長さを感じさせる、趣のある玄関。
軒下には、江戸時代中期〜後期にかけて広まった御嶽講の講中看板が、いまも多数掲げられている。
軒下には、江戸時代中期〜後期にかけて広まった御嶽講の講中看板が、いまも多数掲げられている。

『旅籠 松代屋』詳細

住所:長野県南木曽町吾妻807-1/定休日:水/アクセス:JR中央本線南木曽駅からバス8分の妻籠橋下車、徒歩1分

[奈良井宿]一日一組にだけ許された、200年の時を味わう贅沢『ゑちごや旅館』【長野県塩尻市】

創業から200年あまり。『ゑちごや旅館』は、江戸時代から旅籠としての営みを絶やすことなく続けてきた。間口三間半、奥行き二十二間という細長い造りは奈良井宿の町家の典型的なそれで、当時の姿をいまに伝えている。

土地の傾斜を抱え込むように立つため、1階から入ったはずなのに、奥へ進むとなぜだか2階のような眺めになっているのも、この町特有の風景といえる。

創業は寛政元年(1789)。 客室の設えは200年以 上前からほとんど変わらず、旅籠の空気をそのままいまに伝えている。
創業は寛政元年(1789)。 客室の設えは200年以 上前からほとんど変わらず、旅籠の空気をそのままいまに伝えている。
窓の外からは奈良井川を望む。
窓の外からは奈良井川を望む。

鳥居峠という難所が控える奈良井宿は、かつて旅人が必ず足を止めた場所だった。江戸と京都を行き交う人々が情報や文化を交換した町。行商人や御嶽講の一行が行き交っていた頃は、襖で仕切った部屋に複数の旅人が泊まり、隣室の声が筒抜けになるのも当たり前だったそうだ。

旅籠とは、旅人同士が同じ空気を共有する場所だったのだろう。ゑちごやの玄関にずらりと残る講の招き看板は、その歴史の証しともいえる。

ずらりと残る講の招き看板。
ずらりと残る講の招き看板。
旅籠の趣がいまでも感じられる宿だ。
旅籠の趣がいまでも感じられる宿だ。

一日一組限定の宿となり、空間を贅沢に使えるようになったいまも、100年以上使われてきた漆塗りの座卓やお膳は健在。重厚な猫脚の座卓はおそらくもう作れる人がいない希少な調度品だ。

ここは江戸の旅気分を体感できる場所。旅のスタイルこそ変われども、『ゑちごや旅館』にはいまも静かに200年前の時が流れている。

夕食は山の恵みを中心に12品ほどの料理がお膳に並ぶ。この日の食事は岩魚の田楽風や鯉の洗い、野菜の天ぷら、茶碗蒸しなど。吸い物の椀は江戸時代の木曽漆器で、内側の漆を塗り直しながら受け継いできた。
夕食は山の恵みを中心に12品ほどの料理がお膳に並ぶ。この日の食事は岩魚の田楽風や鯉の洗い、野菜の天ぷら、茶碗蒸しなど。吸い物の椀は江戸時代の木曽漆器で、内側の漆を塗り直しながら受け継いできた。

『ゑちごや旅館』詳細

住所:長野県塩尻市奈良井493/アクセス:JR中央本線奈良井駅から徒歩9分

[下諏訪宿]代々受け継がれる脇本陣の矜持(きょうじ)『御宿まるや』【長野県下諏訪町】

現在の建物は古民家再生のパイオニアといわれる降幡廣信氏が手がけ、梁や建材が再使用されている。
現在の建物は古民家再生のパイオニアといわれる降幡廣信氏が手がけ、梁や建材が再使用されている。
客室は脇本陣の上段の間の間取りと造作を再現。
客室は脇本陣の上段の間の間取りと造作を再現。

下諏訪宿の中心部のなかで、ひと際目を引く白漆喰壁と立派な格子戸。江戸時代末期の古文書の間取りや絵図を参考に、当時の建築様式が復元されている。江戸時代中期から仮脇本陣を務め、文化10年(1813)からは正式に脇本陣となった。

「入口に江戸時代から残る看板を掲げているのですが、小さく脇御本陣という文字が書かれているんです。自ら“御”をつけるほど、脇本陣が誇らしいことだったということが伝わりますね」とは、13代目となる大久保昌志さん。

江戸時代の下諏訪宿の記録をまとめた『脇本陣丸屋古文書解読集成』は貴重な資料。
江戸時代の下諏訪宿の記録をまとめた『脇本陣丸屋古文書解読集成』は貴重な資料。
囲炉裏の間に飾られた江戸時代の儒学者・書家の亀田鵬斎(ほうさい)の貴重な書(上)をはじめ、明治時代の雰囲気が伝わる写真や古文書なども。
囲炉裏の間に飾られた江戸時代の儒学者・書家の亀田鵬斎(ほうさい)の貴重な書(上)をはじめ、明治時代の雰囲気が伝わる写真や古文書なども。

「宿賃の代わりに書や歌などを残す習慣があったので貴重な品々が多く残っていますが、経営は苦労が多かったそうです。お泊まり中に倒れたり、病気になったりして亡くなられた方を葬った客墓が近くの来迎寺にあるんですよ。当たり前のことだと思っていたのですがよく驚かれます。むかしの心の余裕を感じますね」

その思いやりあふれる心遣いは一日3組限定のおもてなしにつながっているのかもしれない。夕食は部屋で地のものをいただき、広々とした湯船の温泉に心がほぐされる。下諏訪宿の風情に浸りながらゆったり過ごす時間は、なんとも贅沢だ。

重厚な梁が立派な大浴場は源泉かけ流し。部屋ごとの貸し切りで入浴できる。
重厚な梁が立派な大浴場は源泉かけ流し。部屋ごとの貸し切りで入浴できる。
夕食は鱒の塩焼きや馬刺、鯉の洗いのほか季節の味覚が並び、300年以上前のものという繊細な模様が美しい漆器など、大切に使われてきた器で振る舞われる。
夕食は鱒の塩焼きや馬刺、鯉の洗いのほか季節の味覚が並び、300年以上前のものという繊細な模様が美しい漆器など、大切に使われてきた器で振る舞われる。

『御宿まるや』詳細

住所:長野県下諏訪町立町3304/アクセス:JR中央本線下諏訪駅から徒歩11分

取材・文=松井さおり(旅籠 松代屋、ゑちごや旅館)、井島加恵(御宿まるや)
撮影=平松マキ(旅籠 松代屋、ゑちごや旅館)、yOU(河﨑夕子)(御宿まるや)
『旅の手帖』2026年5月号より

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——木曽路はすべて山の中(島崎藤村『夜明け前』より)山峡の道を踏みしめて歩けば、かつての旅の景色が立ち上がる。見どころ多い二つの宿場町を結ぶ、木曽路の街道歩きへ。
老舗が守り抜く“不変の美”と現代的な感性が生み出す“新たな価値”。伝統と革新が静かに響き合う、奈良井宿の過去と未来の物語をひもといていく。
諏訪大社下社の春宮と秋宮を中心に広がる下諏訪宿はぶらっと歩いて回れる規模感が日帰り旅にぴったり。江戸時代の旅籠(はたご)風情が残る、町じゅうに点在する温泉も楽しい!