ひとりで歩きながら、胸の中に走る言葉をあえて声に出してみる。つまり、架空のお喋り。そうすることで、あたかも隣に同伴者がいるかのような錯覚を作り出すのだ。散歩の密度は劇的に跳ね上がること間違いなしである。
だが、ここに一つ、致命的な問題が立ちはだかる。
「独り言を唱えながら歩く人間」というのは、この文明社会において、極めて警戒すべき対象だということだ。虚空に向かって熱心に語りかける者の姿は、周囲に鋭い緊張感を走らせる。最悪の場合、警察官から「ちょっといいかな、君」と呼び止められる可能性だってあるだろう。たくさんのポリスに囲まれながら散歩のフィナーレを迎えるというのは、やるせない。
しかし現代社会には、魔法の道具が存在する。ワイヤレスイヤホンである。
小さなそれを耳元に装着し、ハンズフリーで通話をしているフリをすれば、どんなにブツブツと独り言を漏らしても、周囲の目には「友人と長電話を楽しんでいる者」として映る。テクノロジーの進化は、「独り言」という禁忌を正気へと擬態させることに成功したのである。
書を捨てよ 町で独り言を喋ろう
初めは、探り探りだった。
住宅街の角を曲がりながら、私は小声で呟(つぶや)く。
「……なるほど、ここの自動販売機には百円のコーラが売っているのか。覚えておかなくっちゃ」
自分の声が空気に溶けていく。不思議な感覚だった。脳内の感想を音として空中に放っているだけなのに、やってはいけないことをやっているようで、なんだかエキサイティングである。「大丈夫、自分の耳にはイヤホンがある……」と呟きながら、独り言のギアを上げていく。
道端に咲く花に向かって「やあ、君はいわゆる名もなき花だね。よし、私が名前を与えてあげよう。君は今日から高橋雅美だ」と語りかける。通りがかる野良猫に向かって「よし、君は今日から佐藤翔太だ」と語りかける。道路標識と「君の場合は嵐山大五郎だ。ん? 嫌なのかい? そうだな、じゃあサミュエル・J・ローズだ」などと会話をする。そうしているうち、ただの景色であるはずの街並みが、対話の相手へと姿を変えていく。
なんという愉快な散歩なのだろう。喜びが心の底から湧き上がる。
その時、怪物が現れた。川沿いに鎮座する、巨大なガスタンクである。実に無機質な球体だ。私は息を整えて、そのガスタンクに向かって独り言を奏でてみる。
「落ち着いて聞いてくれ。今日、こうして私と出会えたことは、君にとっての幸運に他ならないはずなんだ」
訥々(とつとつ)と、話しかける。
「君は、名もなきガスタンクだ。見知らぬ人から『ガスだまり』と呼ばれて、涙で枕を濡らしたこともあっただろう。だが、泣くのはもうやめだ。いいかい、君は『ガスだまり』なんかじゃない」
客観的に見れば、異常な光景である。大きな球体に向かって、男がひとり、熱弁を振るっているのだ。ジョギングをする人が、私の横を通り過ぎる瞬間に少しだけ距離をとったような気がする。しかし、何も気にすることはない。散歩とは、自由な行為なのだ。私とガスタンクとの対話を、誰も咎(とが)めることはできないのだ。
「君に本当の名前を与えよう」
ガスタンクは、何も答えない。
「君の名前は、ガス山ガス彦だ。どうかな、気に入ってもらえたかな」
ガスタンクは、やはり押し黙ったままである。しかしいつまでも、いつまでも、ガスタンクに話しかけてみる。そうやって、誰とも繋がっていないイヤホンを盾にして、私は世界と深く繋がっていく。
日が暮れた。道の向こうから巡回中の警察官がふたり、やってくる。独り言を引っ込めて、私はその場をやりすごす。その光景を、ガス山ガス彦は無言でじっと眺めているばかりであった。
文・写真=ワクサカソウヘイ
『散歩の達人』2026年6月号より








