築地の人気店から独立。気取らない揚げもの食堂
ゆるい下り坂にある交差点の角に『あげもんや』の入り口がある。扉を開けて店内に入ると、カウンター席4つと4人がけのテーブル席が4つ。壁にかけられたテレビで情報番組が流れているところも、気取らない食堂といった雰囲気だ。
店主の寺田大介(てらだだいすけ)さんは、10代で調理の道へ。「20歳から約20年間、築地のとんかつ屋で働いていた」と話してくれた。その「とんかつ屋」とは人気店「豊ちゃん」だ。暗いうちからキビキビと働く市場の人たちに向けて、ボリュームのある食事を提供する店に寺田さんは愛着を感じていたが、事情があって閉店することになった。
そのタイミングで長年住んでいる高円寺に開くことにしたのが、『あげもんや』だ。「豊ちゃん」の味やメニューをベースとしたとんかつ定食やカツ丼、カツ煮定食が定番だ。納豆フライや角煮カツカレーといったオリジナルの揚げものメニューもある。「豊ちゃん」の味をベースにした中でも、寺田さんが思い入れのあるメニューがかつ丼だ。
ラードとヘットで揚げたとんかつで作るカツ丼
注文が入ってから、豚ロース肉に小麦粉、卵液、粗いパン粉を付けて、フライヤーの中へ。フライヤーの油は、動物性100%で、ラード(豚脂)とヘット(牛脂)をブレンドしたものを使っている。
「一度も全部の油を交換したことはないですね。1日の終わりにフライヤーから油を抜いて、掃除して、沈んだ汚れを取り除いて、足りない分を足すというやり方。この油は、コシが長持ちするんですよ」と寺田さん。その言葉には油と作業への自信が感じられた。
その注ぎ足しながら使われている油の中で、とんかつが小さく泡を立てている。「じっくり揚げるんですね」と声をかけてみると、「何分揚げるのか聞かれたことはあるけど、タイマーも使わないし、音を聞いて判断してるから、わからないんだよね」という返事が返ってきた。「グラム数は決めてるけど、厚みがぶっといのも細いのもあるからね」。ロース肉は1枚120~130gだという。
親子鍋で出汁と玉ねぎを火にかける。卵1個は、別の容器に割って溶いてあった。きつね色に揚がったとんかつはザクザクと包丁を入れて、火から下ろしていた親子鍋の中へ。再び鍋を火にかけて卵を回し入れて、三つ葉をのせる。ほどよく卵が固まると、どんぶりに入ったご飯の上にするりと盛り付ける。なんでもないように、調理が進んでいった。
濃いめのつゆが絡まったカツとごはんの黄金コンビ
湯気の上がるカツ丼が目の前に置かれると、ムフフと声が出そうになる。まずは味噌汁をひと口。具はわかめで、味噌汁はしっかり濃いめ。市場で早朝から働く人のための食事がルーツでもあり、これはきっと、カツ丼のつゆも濃いめに違いないと期待が高まる。
それでは、と玉子をまとった厚みのあるカツを口に入れると、パン粉に甘辛いつゆがしっかり染みている。期待を裏切らない味わいのつゆは、もちろんごはんにも染みていた。最後のひと口までこの甘辛いつゆが絡んだごはんが食べたいと期待してしまう。
ごはんとカツのバランスを考えながら食べ進めた。途中で飽きることはない。最後のカツ一切れを箸でつまんだとき、心の中で小さく「よしっ」とガッツポーズ。どんぶりの最下層で、カツに隠れていたごはんに、味が絡まる程度につゆが染み渡っていたからだ。
「ごはんを大盛りにしてほしいと言われたら、ちょっとつゆは多めにしますし、少なめをリクエストされたら、少しつゆを切りますね」と寺田さん。つまり意図してつゆは絶妙な量に盛り付けられている。さすが、この道、30年以上。最後のごはんひと粒までおいしい。
ごはんもとんかつも、もともとボリュームがあるが、さらにごはんと味噌汁はおかわり自由。ごはんは国産米。味噌汁の味噌は、富山と信州の味噌2種類をブレンドしているそう。
「『ごはんと味噌汁は食べ放題ですか?』って聞かれることがありますけど、おいしく食べられる量だけよそってねって答えています」と寺田さん。ごはんをふざけ半分で大盛りにして、残してしまう人が、ときどきいるらしい。生産者さん、流通業者さん、そして料理人さんの手を経て目の前に置かれる料理。気分よくいただこう。
取材・文・撮影=野崎さおり








