住宅地にポツンとたたずむ私設図書館『さいとう読書室』

「本は貸し出しもしています」。
「本は貸し出しもしています」。
齊藤さんのお気に入りは戦後に活躍した庄野潤三で「家庭小説が随筆のように描かれます」。本棚には江戸期の随筆もあり。
齊藤さんのお気に入りは戦後に活躍した庄野潤三で「家庭小説が随筆のように描かれます」。本棚には江戸期の随筆もあり。
貸し出しカードもある。
貸し出しカードもある。

高校の国語教師だった齊藤貞博さんは「退職したら読もう」と購入した本が増えに増え、建築士の息子さんの「公開したら?」の声に公開を決意。築50年の実家を改装した本の森では、小説、随筆、写真集、地名辞典などの蔵書が自由に閲覧可能だ。また、日曜恒例でご近所暮らしの姉妹による間借りカフェ『megumi』が開き、土曜の映画会も月2回開催。

水14:00〜17:00、土・日11:00〜17:00営業。

急階段の先に潜む手土産の殿堂『藏屋 洋菓子店』

ラムレーズンバターサンド1箱5個入り2200円(箱なし2000円)。1個500円でも販売。
ラムレーズンバターサンド1箱5個入り2200円(箱なし2000円)。1個500円でも販売。

白のれんが印象的な懐石料理店『和馳走 藏屋』では、副料理長でパティシエの安本有希さんが作った焼菓子をおもたせ用に出したところ、評判に。そして2025年夏、専用工房で販売を開始した。名物はほろほろ生地にスパイスを混ぜたラムレーズンバターサンド。ホワイトチョコ&バターのクリームが濃厚だ。卵が濃いプリン、マフィン、フォンダンショコラもリッチ。

9:00~18:00、土・日・祝休。

うまい魚を食いたくば、路地の民家へ『お料理とお酒 なごみ』

刺身定食1100円、土・日・祝ランチ限定の鮪のレアカツセット1540円。
刺身定食1100円、土・日・祝ランチ限定の鮪のレアカツセット1540円。
「手土産も用意してますよ」。
「手土産も用意してますよ」。

「幼少期から父と釣りに出ては捌(さば)き、料理してました」と、和食一筋の鬼頭和実さんは、店を共に始めた中華料理人の父の引退を機に2021年に再出発。ふぐ調理師免許を持ち、マグロに力も注ぐ。香味野菜を加えたワイン醤油で旨味を引き出すレアカツや夜のねぎま鍋は必食。また、魚の鮮度を保ちつつ熟成させた刺し身はツヤピカで甘い。

11:30〜13:30LO・17:00〜20:30LO、月休。
☎03-3738-1965

扉を開いていざ、老舗酒屋の奥へ『酒の旭屋 裏旭屋』

左から福島のクラフトサケ『haccoba』はなうたポップス、jam各720ml 2860円。
左から福島のクラフトサケ『haccoba』はなうたポップス、jam各720ml 2860円。

サンライズアーケードに構えるのは昭和14年(1939)創業の老舗酒屋。そのバックヤードが2022年、日本酒の試飲場に生まれ変わった。「飲んで知ることもあるから」と、試飲機36種の半分を2、3週間で入れ替え、蔵元の想いを込めて入手した季節限定酒、新潮流のクラフトサケも用意。1杯200円。つまみはないが、本を読んだり、仕事しながら飲む人も。

10:00〜20:00(酒屋は〜21:30)、無休。
☎03-3734-7111

文具店という名の昭和カオス博物館『須山文具店』

須山さんのコレクションのゲーム機。
須山さんのコレクションのゲーム機。

ツタが絡まる昭和然とした文具店は1952年の創業。扉に「見学は無料」の張り紙もある。入れば懐かしの文房具がぎっしり。加えて「これは蒲田製で、足踏みに見えるけど電動です」というアンティークミシンや、店主の須山豊久さんが子供時代から集めたギター、望遠鏡、カスタマイズしたスロットルカーも展示。配達中は留守にするため、来店前に電話確認を。

6:00ごろ~18:00ごろ、無休。
☎03-3731-2586

花屋の中で一杯ひっかける幸せ『花とナチュラルワイン JUURI(ユーリ)』

「花とワインのセットも見立てます」。
「花とワインのセットも見立てます」。
イカ墨のクロケッタ2個850円、オリーブのババロア800円、グラスワイン100cc950円~。ハーフも用意する。
イカ墨のクロケッタ2個850円、オリーブのババロア800円、グラスワイン100cc950円~。ハーフも用意する。

紫葉や銀葉のミモザ、観葉植物などが彩る洒落(しゃれ)た花屋ながら、中にカウンターバルが。「飲みながら花が選べる場所を」と、フローリストの上田絹子さんの夢を、料理人である夫の光嗣さんと実現。セラーにはスペイン産を中心に揃え、技ありタパスも充実。ショコラ&チュロスなど、スパニッシュスイーツもあり。

12:00~翌1:00(花屋は〜19:00、ワインバーは15:00~)、日・不定休。
☎03-3737-1243

雑居ビルの2階からブラジルにトリップ『Espaço Brasil(エスパッソ ブラジル)』

「楽器もブラジルならでは!」。
「楽器もブラジルならでは!」。
息子のハルトくんはドラマーでCDも販売。ライブ出演あり。
息子のハルトくんはドラマーでCDも販売。ライブ出演あり。
フェイジョアーダ&ムケッカのプレート1600円、カイピリーニャ800円。
フェイジョアーダ&ムケッカのプレート1600円、カイピリーニャ800円。

トロンボーン、ユーフォニアム奏者で、ブラジルで10年活動した山下定英さんが「本当のブラジルの音を届けたい」と営む小さなライブバー。ショーロやパゴーチなど、ブラジルのポピュラーな音楽も多々。ショーコママが作るブラジル料理やお酒を味わいながら、リズムに身をまかせたい。セッション、ワークショップの日もあり。

18:30~23:00(要予約)、月休。
☎03-4361-4669

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大人も子供もねこも集うワンダータウン

酒場がひしめくバーボンロードはのんべえの聖地だ。
酒場がひしめくバーボンロードはのんべえの聖地だ。

20年ぐらい前だったか、立ち飲み酒場で居合わせたおっちゃんが笑顔で「蒲田ってさ、何かあっても空港が近いからいいよね」と言い放った言葉が印象深い。時を経た今も、せんべろ酒場は数知れず。蒲田駅の東西に延びる歓楽街のネオンに吸い込まれる人は後を絶たない。絶滅危惧種的怪しげな看板もちらほら。町工場で働く人々が花咲かせた大衆文化は今や街の顔だ。けれど昨今、別の顔も見え隠れし始めた。どうやらひそみ系が増えているのだ。

衣料品や雑貨店も並ぶ「サンライズ蒲田」。
衣料品や雑貨店も並ぶ「サンライズ蒲田」。

サンライズ商店街の先で、ふと目に留まったのは焼き菓子の文字。急な階段を上がった先に閉ざされた扉があり、「みなさん、恐る恐る扉を開けられます」と『藏屋 洋菓子店』の安本有希さん。名物のバターサンドは小粒ながら350キロカロリーと茶碗(わん)一杯のごはんより高カロリーで「キケンなものを作ってしまいました」と笑う。

住宅地を彷徨(さまよ)えば、民家を改装した『さいとう読書室』が立つ。床や天井、壁を取り除いた3軒分の空間に本棚が並び、広いテーブルでゆっくりページをめくれる心静かなオアシスだ。「話しているうちにいろいろ本を薦めてくださって」とは、足繁(しげ)く通う近所暮らしの学生さんだ。齊藤貞博さんは「昔は、銭湯や商店が目の前にあったんです。今はここが地域の文化的活動の場になれば」と、柔和に微笑(ほほえ)んだ。

飲み屋街でも住宅地でも地域猫が闊歩。
飲み屋街でも住宅地でも地域猫が闊歩。

暮らしに根付くコスモポリタンスピリッツ

蒲田駅東口で見上げれば、観覧車がチラリ。
蒲田駅東口で見上げれば、観覧車がチラリ。

街を歩く人たちの顔ぶれにも変化が見えている。サンライズ商店街に構える『酒の旭屋』では奥の扉を開けると大人の秘密基地が現れる。試飲場『裏旭屋』だ。「ここを開いてから、若い女性がこんなにいたんだと驚きました」と、思わぬ客層の広がりに専務の瀬戸伸彦さんは目尻を下げ、春には2階にウイスキーの試飲場や、世界各国のウイスキーの量り売りの計画をも打ち明ける。ウイスキーにも手が出せるようになるとは、さすが蒲田プライス。

一見花屋なのに、バル使いもできる『JUURI』の上田夫妻は、「空港にお勤めの女性も暮らす街になりました」と、感度の高い人も増えたことを実感している様子。夫の光嗣さんは姉妹店『Sonrisa』に加え、2025年11月にシードル&ピンチョス『lober』を開店し、住民たちを喜ばせている。

創作のひつじ時計が時を刻む『ユザワヤ』。
創作のひつじ時計が時を刻む『ユザワヤ』。
「サンロード」入り口は夜になると艶やか。
「サンロード」入り口は夜になると艶やか。

細い路地を歩かないと気づかない『なごみ』は、地元でも知る人ぞ知る魚の名店だ。祖父の代から暮らす鬼頭和実さんによると、戦後の住宅がマンションやホテルに変わってきているようで、「今は客層がワールドワイド。フランス人の方も夜に一人で食べにいらっしゃいます」と話す。

寂れた店構えの『須山文具店』にも海外からの観光客が足を運んでいる。陳列はカオスだが、須山豊久さんのコレクション愛は世界品質なのだ。

海外と直結する羽田空港に一番近い繁華街だけあって、蒲田には外国人も多く暮らす。夜になると窓辺のブラジル国旗が照らされる『EspoçoBrasil』は、大田区の文化振興の一環で一般参加者を募った「サンバdeブラス」をきっかけに、山下定英さんは「音楽の匂いがする街だから」と開店。妻のショーコさんは「息子のクラスメイトは多国籍」と教えてくれた。

シン・ゴジラが通った呑川新橋は架け替え工事中。
シン・ゴジラが通った呑川新橋は架け替え工事中。

国籍に関わらず、さまざまな人が混じり合い、多様な文化を育んできたのだろう。800年もの歴史を持つ須山家の須山さんいわく「気質は、負けん気が強い」そうで、海外メーカーと取り引きする名うての町工場が多い。昔ながらの下町根性を保ちつつもコスモポリタンで、猥雑(わいざつ)なのにローカル感満載。混沌(こんとん)の随所に居心地いい世界が潜むワンダータウンは、街に散らばるヒントを頼りにクエスト気分で探検に繰り出すべし。

取材・文=林 さゆり 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2026年2月号より