魚で飲ませる。春夏秋冬、飲みたい燗酒がある『酒さかな ずぶ六』

お浸し、和え物といった突き出し3品からして出汁の滋味に心をわしづかみにされる。品書きには鱈白子松前焼きや小肌きらずまめしなど江戸的な肴から、スパイスをきかせたり洋風に仕上げたりした変化球まで並び、酒がぐいぐい進んでしまう。削りたてのかつお節を乗せる冷やっこにも泣ける。日本酒(1合)850円~は通年、店主の谷口賢一さんが愛する燗酒を厚く揃える。鉄瓶&錫のちろりでつける手際にもうっとり。

『酒さかな ずぶ六』店舗詳細

住所:東京都台東区浅草3-34-3 奥津荘1F/営業時間:17:00~22:30LO(土・日・祝は15:00~)/定休日:月(祝の場合は営業)/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩7分

ワインバーにしてイタリアワインを啓蒙するサローネ『浅草ワイン屋 VINO ABE』

扱うワインの9割以上がイタリア産で、ブドウ栽培からボトリングまで手を掛ける生産者のものを選んでいる。生産者によるセミナーや試飲会を催すことも多々。熟成のベストな年数を判断して提供するのも、阿部重春さんのなせる技だ。「お客さんに喜んでいただいて、自分も愉しければ!」が信条で、グラスワインは900円~。アテには、注文を受けてスライスする極薄の生ハムやサラミの盛り合わせ1800円~を。

『浅草ワイン屋 VINO ABE』店舗詳細

住所:東京都台東区浅草4-10-5 菊地マンション1F/営業時間:17:00~22:30LO/定休日:水(不定あり)/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩8分

踊りの師匠のお宅をバーに。靴を脱いでくつろいで『FOS』

まず差し出されるのは、一杯のスープ。飲む前に「胃腸を温めて」という森崇浩さんの気遣いだ。バーの建物は築60年、日本舞踊の師匠の住まいだった家屋を改装した。「40年間よく訪ねたわよ」なんて芸者さんもやって来る。下ろしたてのショウガを入れるジンバック1100円は、喉を潤す初めの一杯にぴったり。旬のフルーツを使う柿のカクテル1500円や見た目でもそそる美味なホットドッグ800円も味わいたい。

『FOS』店舗詳細

住所:東京都台東区浅草3-37-3/営業時間:19:00~翌1:30LO/定休日:火、第2・4水/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩5分

“マイ観音裏マップ”を描き、浅草の奥へ

現役の花街だからか、四方に延びる路地に小さな店が連なっているからか、観音裏にはちょっと秘密めいた密やかさがある。中の様子が伺い知れない店も多い。通りゆく観光客を両手を広げて受け入れる“表”側と反する、閉ざされた風情がある。その観音裏でわざわざ飲むということは、観光地に背を向けて、浅草の奥へと分け入ることである。

言問通り、馬道通り、千束通り、土手通りに囲まれたあたりのエリアにざっと600軒以上の飲食店が密集し、魅惑の看板が灯る。焼き鳥屋や鮨屋、ビストロに各国料理、小料理にバーと多種多様。星の輝く店だってある。だから、いざ、どこかに入ってみようと思っても、どの扉を開ければいいか迷ってしまう。

浅草に住み始めてもうすぐ8年目に突入しようとしている私は、人に連れていってもらったり、一人飲みを重ねたりと“マイ観音裏マップ”を更新してきた。行きたくて行けていない店はまだまだたくさんある。それでも、やっぱり足が向いてしまう酒場、人を連れて行きたくなるバーができてきた。

『酒さかなずぶ六』の店主・谷口賢一さん。
『酒さかなずぶ六』の店主・谷口賢一さん。

『酒さかなずぶ六』には、浅草に引っ越してきた時、荷ほどきに疲れすぎてよろよろと訪ねた。魚で飲ませる渋い店で、日ごとの手書きの品書きにはひねりの利いた料理が連なる。ホッキ貝と柿のぬた。いかげそゴロ焼き。まぐろホホ肉クミン焼き。品書きがまじないのように“お燗(かん)欲”を呼び起こす。銘柄は折々で変わるから「やさしいやつを」とお願いする。毎回、違う酒が登場しても、求めていた味と温かさがビタリと舌にフィットする。

多くを語らない店主、賢さんのもてなしや電球に照らされる店の風情がかっこよくて、母を連れていったこともある。賢さんが、母を見るなり「お姉さんですか?」なんてさらりと言ってくれたおかげで、クニ子(当時76歳)は終始ごきげんだったなぁ。

『VINO ABE』の店主・阿部重春さん。
『VINO ABE』の店主・阿部重春さん。

『VINO ABE』は、浅草観音裏で毎年2月に行われるはしご酒イベント「酔いの宵」開催中に初めて訪ねた。参加店各店が用意する、飲み物1杯+つまみで1000円の通称「せんトラ」セットを口にしてのけぞった。その時のオレンジワインと生ハムがあまりにおいしくて、すぐに再訪した。店主の阿部さんは、イタリアンレストランのサービスやソムリエとして約35年のキャリアを持つ。イタリアワインに特化し、時に二度見してしまうような年代物や銘柄ワインもグラスで提供する。懐にやさしい値段で惜しげなく注ぎ、魅力を伝える。

『FOS』の店主・森崇浩さん。
『FOS』の店主・森崇浩さん。

『FOS』はベッドに就く前の止まり木だ。深い時間まで明かりを灯(とも)す。店名は「Forest on the sea」(海に浮かぶ森)の略で、まさに観音裏という茫洋(ぼうよう)とした海に浮かぶ孤島のよう。うまく漂着できたなら、穏やかな安心感に包まれる。

観音裏で飲むうちに、なじみになるということの愉(たの)しさを教えてもらった。顔を覚えてもらう、「ただいま」のテンションで扉を開ける、何気ない会話で一杯目を始める、アイコンタクトを交わす、閉店前の「あと一杯」を許してもらう(って全然いい客じゃないな)。実際に足を踏み入れてみれば、閉鎖的という印象より、地に足のついたぬくもりを感じられるはずだ。

『FOS』では季節のフルーツを使ったカクテルも味わえる。
『FOS』では季節のフルーツを使ったカクテルも味わえる。

「しっぽり飲めるいい店があちこちにあるよ、って言える場所。飲み歩けるのもいいじゃないですか」と、賢さんは観音裏を語る。「軒数が多いし、お客さんは飲食業の人も多いから、いい店じゃないと淘汰(とうた)されちゃう。レベルの高い店が多いですよね」とは阿部さんの言葉。森さんは、「コンパクトにぎゅっと詰まっていて、違う業種でもお店同士のつながりが深く強いんです。僕自身、休みの日はこの辺りを3、4軒はしごします」。

その日その時の欲望や状況、気分で選べる“マイ観音裏マップ”を頭に描けることは、とても幸せである。それ以上に、私にとって観音裏飲みは、今日という一日を成仏させて、明日を生きる救いである。

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文=沼由美子 撮影=嶋崎征弘
『散歩の達人』2025年12月号より