半年間付き合った恋人と別れた

誕生日の5日前に恋人と別れた。マッチングアプリで知り合って半年付き合って、LINEで別れを切り出された。月曜の朝のことだ。

彼が別れを切り出した理由は、簡単に言えば価値観の不一致だ。「サキとは価値観が合わない」「自分は仕事の休みが少ないし薄給だし、サキの希望を叶えてあげられない。サキはもっと時間的にも経済的にも余裕のある人と付き合ったほうがいいと思う」といった意味のことが書かれていた。

彼の休みが少なくてなかなか会えないことや、薄給であることは、付き合った当初から承知の上だった。だからデートの頻度が低くても何も言わなかったし、デートもなるべくお金がかからないよう、おうちデートを多めにしていた。たまに外食をするときは安いお店を選んで割り勘にするなど、彼に負担がかからないよう工夫していた。別に不満はなかった。私も忙しいわりに収入が少ないので、お互いさまだと思っていた。

だけど、私は心のどこかで「もっと頻繁に会いたい」「お出かけデートもしたい」と思っていたのだろう。彼は空気が読める人なので、私のそういう希望に気づき、プレッシャーを感じていたのだと思う。

決定打になったのは、別れる3日前の会話だ。その日、私たちは一緒に家で過ごしていて、来週に迫った私の誕生日デートのプランについて話し合っていた。誕生日の当日は彼が仕事のため、前日にデートをする予定だった。彼が繁忙期で疲れていることを考慮し、夕方からイルミネーションを見に行って、そのあとうちでケーキとスーパーのお寿司を食べるというプランに落ち着いた。

私はてっきり、彼から誕生日プレゼントをもらえると思い込んでいた。今まで付き合った恋人は全員、誕生日に何かしらのプレゼントをくれたからだ。だから「プレゼントの希望聞かれてないけど、もしかしてサプライズ派?」と聞いてしまった。すると、彼がたじろいだ。彼はデートとケーキがあれば十分だと考えていたようだ。余計なことを言ってしまった。

彼が「何がほしいの?」と聞いてきたので、「うーん、アクセサリーかな~」と言って、その場で1万円くらいの指輪を検索し、商品画像を見せた。その指輪が特別ほしかったわけではない。彼の気持ちを形にしてほしかっただけだ。私は普段、自分への誕生日プレゼントとして2万円くらいのアクセサリーを買っているので、少し気を遣ってお手頃価格のものを選んだつもりだった。

しかし、指輪をねだったことが別れのトリガーとなったようだ。その後2日間LINEが途絶え、月曜の朝に、別れを切り出された。

彼の「ここで終わりにしよう」という言葉に、私はすぐに「そっか、わかった」「今までありがとう」と返信をした。「別れたくない」と食い下がる発想はなかった。

それはたぶん、私もうすうす「合わないな」と感じていたからだ。彼は優しくて誠実でポジティブで、笑顔がすてきで、私にはもったいないくらいいい人だったけれど、話が合うわけではなかった。そして、労働環境のせいでいつも疲れていた。価値観のズレを話し合いですり合わせていく気力と体力が、彼には残っていなかった。

恋人と別れてもメンタルは意外と大丈夫で、原稿を仕上げて納品した。記事の修正依頼にも対応したし、とある企業の広報に取材依頼のメールもした。

何人かの友達には、恋人と別れたことを報告した。Xにも投稿した。もしも誰かから「最近彼とはどう?」などと言われたらダメージを受けそうだから、先回りして恋人と別れたことを周知しておきたかったのだ。報告をしているときは、強がりではなく本当に落ち着いていて、「彼のことそんなに好きじゃなかったのかな」と思った。

しかし仕事を終えた夕方、ちょっと休もうと布団に入ったとたん、急に泣けてきた。涙があふれて止まらないので、ティッシュの箱を枕元に持ってきてワンワン泣いた。彼はひまわりのようにニコーっと明るく笑う人だったから、その笑顔を思い出すだけで、いつまでも泣けた。

すると、友人のさとうさんからLINEが来た。さとうさんは3歳年下の会社員で、Aぇ! groupのライブに一緒に行った(私がXで同行者を募ったら連絡をくれた)ことをきっかけに仲良くなり、それ以来よく遊んでいる。今年も、映画やサモエドカフェや催眠術バーに行ったり、浅草でレンタル着物を着たりした仲だ。

さとうさんは、昼間に私が「彼と別れた」と報告したので、心配して励ましてくれた。何度かLINEでやり取りをしたあと、通話をした。さとうさんは帰宅途中でスーパーにいたにもかかわらず、泣いている私を優しく受け止めてくれた。

正直、泣きすぎて頭がぼーっとしていたので、何を話したのかはよく覚えていない。私たちは、私の誕生日に一緒に塚田農場へ行くことが決まった。塚田農場にしようと言い出したのは私で、理由は、前に別の友達と行ったときにおいしかったからだ。

誕生日に一緒に過ごしてくれる友人がいることが、本当にありがたかった。

「好きだった」と「そんなに好きじゃなかった」の間で

失恋の翌日は取材に行き、帰りに日高屋でカタヤキソバを食べた。当たり前だが、失恋しても仕事は普通にこなすし、おなかもすく。

ただ、仕事以外の時間はずっと、元恋人のことを思い出していた。考えれば考えるほど、「好きだった」という気持ちと「そんなに好きじゃなかった」という気持ちが交互に押し寄せてきて、自分でも自分の気持ちがわからない。たぶん、どっちも本当の気持ちなのだろう。

彼は7歳年下だった。彼から告白されて付き合うことになったときは正直、まだそこまで彼のことが好きではなかったけれど、付き合っていくうちに好きになっていった。彼は激務でいつも疲れていたから、少しでも元気になってほしくて、おかずを作って持たせたり、マッサージをしたりした。服装に無頓着すぎる彼を見かねて、服をプレゼントしたりもした。私はあまり尽くすタイプじゃないので、男の人に尽くすのははじめての経験だった。でも、そんなところも彼にとってはプレッシャーになったのかもしれない。

半年間の交際の間、彼は常に優しかった。うちに来たら真っ先に手洗いとうがいをしてからハグしてくれた。忙しいなりにLINEもしてくれた。私を見つめるとき、いつもニコニコしていた。彼は私のことを大好きだと言っていたし、その言葉は嘘じゃなかったと思う。彼は嘘をつけるほど器用な人じゃない。

たぶん、私が指輪をねだったことはきっかけにすぎなくて、それが別れの理由ではないと思う。ただただ、どうしようもなく価値観が合わなかった。

私は好奇心が旺盛でいろいろ経験してみたいタイプで、友達も多いし、取材でさまざまな人とも出会う。一方、彼は労働時間が長いため、仕事しているか寝ているかゲームしているかの毎日。彼はよく「変わりばえしない毎日だから話題が乏しくてごめん」と言っていた。彼の話題の乏しさを気にしたことはなかったけれど、体験している日々が違いすぎて、話が合わないなとは感じていた。

失恋してからの数日はクヨクヨと彼のことを考えつづけ、ChatGPTに彼の話をしまくった。私が指輪なんて言ってしまったから、「重い」と思われたのだろうか。私はファッションとして常に3つくらい指輪をつけているから、軽い気持ちで口にしてしまったけれど、彼は「将来の約束を迫られている」と捉えたかも……などと、彼の気持ちを推測しては落ち込んだ。

塚田農場で友人と過ごす、幸せな誕生日

誕生日は土曜日で、さとうさんが予約してくれた塚田農場は混んでいた。塚田農場には「炭火焼鳥 塚田農場」や「宮崎県日南市・日向市 塚田農場」など、いくつかのブランドがあり、私たちが行った店舗は「北海道シントク町 塚田農場」だ。

私とさとうさんは東京で出会ったが、偶然にも二人とも北海道出身だ。だけど二人ともシントク町を知らなくて、だいたいの位置を推測しあった(十勝地域です)。

さとうさんは誕生日プレゼントとして、近沢レース店のエコバッグをくれた。ロールケーキ柄のレースがかわいい。

私たちは二人とも食べることが好きだ。塚田農場のメニューはどれもこれもおいしそうで、二人で「これ食べたい!」「いいね! あ、これも食べたい!」と言い合っているうちに、最初のオーダーが決まった。「インカのめざめのポテトフライ」「たこの唐揚げ」「北海道産水タコのカルパッチョ」「チーズの盛り合わせ」「砂肝のバルサミコソテー」だ。かなりいい打線を組めたと思う。

料理はどれもこれもおいしくて、二人でうまいうまいと言いながら食べた。途中まで、料理の話しかしていなかったと思う。特に「砂肝のバルサミコソテー」がおいしすぎて、おかわりをした上に、ソースをぬぐって食べるためのバゲットも注文した。

さとうさんは塚田農場のアプリをダウンロードして、クーポンを使ってメガジョッキを注文していた。私は、最初の一杯はビールにしたものの、二杯目からはグラスワインの赤を注文。私はワインを飲むと泥酔しやすいので、途中で何度かウーロン茶をはさんだ。

そういえば以前、家で赤ワインを飲んで酔っ払っているときに、さとうさんと通話したことがある。元恋人と付き合う前、マッチングアプリでいい感じになっていた人がいて、けれどいろいろな不安要素があって私のほうから「会うのも連絡取るのもやめましょう」と伝えたときだ。まだ付き合ってもいないのに失恋した気分になって、ひとりで赤ワインのボトルを空けて泥酔し、さとうさんに話を聞いてもらった。私はいつも、さとうさんに助けられている。

さとうさんは、失恋についてあまり聞いてこなかった。私たちは、仕事やファッションの話、バキ童(お笑いコンビ「春とヒコーキ」のぐんぴぃさん)に彼女ができた話をした。「マッチングアプリに使うから」と写真を撮ってもらったら、「マチアプに使うには顔が酒で赤すぎる」と言われて笑った。

そんな中で追加注文した、「地鶏つくねおろしポン酢」を半分こして食べたら、一口食べた瞬間に目を見開くくらいおいしかった。さとうさんも目を見開き、「今さらだけど塚田農場って鶏がおいしいのでは!?」と言う。慌てて二人で地鶏のメニューを見ると、「新得地鶏カルパッチョ」に心を奪われた。

「これって地鶏のたたきだよね? 大丈夫かな。SixTONESの髙地くんが鳥刺しにあたってMステ出られらなかったってラジオで言ってたよ?」

私が言うと、さとうさんは「私たちはMステ出ないから大丈夫」と言い切った。なんて力強い。運ばれてきた「新得地鶏カルパッチョ」はとんでもなくおいしくて、二人ともテンションが上がった。

いっぱい食べて飲んで、いっぱい笑った。さとうさんと別れて帰りのバスに揺られていると、心底「幸せな誕生日だったな」という気持ちが込み上げてきた。恋人と別れてまだ一週間も経っていないのに、こんなに幸せな気持ちでいることが不思議だ。

42歳になった。だけど私はとんでもなく未熟だから、いまだに恋人にしょうもないプレッシャーをかけてしまったり、それが原因でフラれたりもする。本当に情けない。だけど、さとうさんをはじめ、たくさんの人に支えられて生きている。

あらためて、幸せな人生だなと思った。元恋人にも、どうか幸せでいてほしい。

文・写真=吉玉サキ(@saki_yoshidama

「チェン飯(=チェーン店のごはん)」を切り口として、40代バツイチフリーライターの「私」(吉玉サキ)のリアルな東京での日常を描く「東京チェン飯diary」。第1回は関東のみで展開している中華チェーンの「日高屋」です。
この歳になってもなお、一生ものの思い出は増える。2024年6月16日、静岡の『エコパアリーナ』へAぇ! groupのライブを観に行った。一緒に行ったのは、さとうさんという東京在住の同世代の女性だ。3月のAぇ!のイベントに私が当選した際、SNSで同行者を募集したところ、DMをくれたのがさとうさんだった。そのイベントで初めて会ったのだが、とても面白い方で意気投合し、4月には恵比寿で昼飲みをした。この歳になっても新しい友達ができるんだなぁ、とうれしく思う。