新幹線でアスカルゴに乗りに行く
取材当日、住まいのある大阪から東京へと新幹線で向かった。後で調べたところによると、アスカルゴの走行速度は分速約30m、時速に直すと1.8kmとのことだ。その乗り物に乗りたくて、最高速度が時速285㎞に達するという東海道新幹線のシートに身を預けているという、この酔狂な感じ。我ながらなんだか面白い状況である。
途中、車窓から富士山がすごく綺麗(きれい)に見えた。大阪~東京間を新幹線で移動することはよくあるが、気象条件が合わなかったり、反対側の席しか空いてなかったりして、富士山の姿をはっきりと見ることはなかなか叶わないものである。それが今日はすごい。
いい一日になりそうだとうれしく思いつつ新幹線から在来線に乗り継いで、東京駅から王子駅へ向かう。
王子の街に来るのはかなり久々だ。東京に住んでいた頃、住まいがそれほど遠くなかったので、暖かい季節などによく遊びに来た。そんな時は飛鳥山公園でひと休みしていくのが常だった。
王子駅の北口を出るとすぐ、飲食店の立ち並ぶ路地がある。その中の『平澤かまぼこ』へ立ち寄ることにした。北区神谷にある1962年創業のかまぼこ店が1999年にこの地にオープンしたおでん屋さんで、持ち帰りもできるし、店内の立ち飲みスペースで飲んでいくこともできる。今日はここのおでんを何品かテイクアウトし、飛鳥山公園のベンチで食べようという算段である。
それにあたり、事前に友人たちに声をかけていた。一人は大阪在住だがちょうど東京に滞在中だったライター仲間・橋尾日登美さんで、もう一人はライター界の先輩である白央篤司さん。二人ともこの日を楽しみにしてくれていたようだが、残念ながら白央さんが体調不良で欠席に。「飛鳥山公園に行くなら『平澤かまぼこ』がいいんじゃない?」と提案してくれたのはその白央さんだったので、なんだか申し訳ない気持ちで好みのネタを持ち帰る。
おでんを買って、いざ飛鳥山公園へ
お店の軒先の写真を撮る前に許可をいただくと、ご常連さんが「ほら、お店の中も撮った方がいいよ!」と気さくに声をかけてくれた。さらにはそのまま、お店のことや、そのご常連さん自身のお話をたっぷり聞かせていただく流れとなった。聞くところによれば、そのご常連さんは仕事を早期退職した後、タイに移住して悠々自適な生活を送っているという。
年に数回、日本に戻ってくると、必ずこのお店に寄っておでんを食べながらお酒を飲む。日本にいた頃からここのおでんが大好きだったんだとか。
本当はここでそのまま飲んで行きたいが、アスカルゴに乗って公園に向かうために新幹線でやってきたのだった。後ろ髪を引かれつつ店を出て、あすかパークレール・公園入口駅へと向かう。
運転はエレベーターのような押しボタン式で、利用者が自分で操作する場合もあるようだが、取材時は誘導員の方がボタンを押してくれた。アスカルゴの誘導員は3名おり、1日2人が交代で務めているそう。乗車を待つ列の整理や、乗降のサポートをしてくださっている。
車両の定員は16名。椅子が6席あり、その他に、10人が立って乗ることができるという(車椅子やベビーカーが乗車する場合はその限りではない)。平日は中高年の方や親子連れの方々が多く利用するそうだ。遠足の子どもたちが乗って賑(にぎ)わうこともあるとか。飛鳥山公園の奥にも住宅地があるのだが、そのあたりに住んでいる方にとっては買い物などの行き来に使う大事な足にもなっているとのことだった。
車両が動き出すと、車内に女優・倍賞千恵子さんのアナウンスが流れる。北区出身の倍賞さんは北区アンバサダーを務めており、それでアスカルゴのアナウンスを担当されているのだ。飛鳥山公園の歴史や概要について説明してくれるその声色は優しく、聞いていると気持ちが落ち着く。季節ごとに内容が切り替わるそうで、全パターンを聞いてみたくなる。
傾斜角度24度という勾配をゆっくりと上っていくアスカルゴだが、前述の通り、たった2分と、あっという間にあすかパークレール・山頂駅に到着する。
春は桜が、秋は紅葉が彩る公園内を奥へと進むと、テーブルベンチが設置されている一角があった。ちょうど空いていたので、そこで休憩していくことに。テイクアウトしたおでんを事前に買っておいた紙皿に移し、早速いただきます。
おでんが好きでよく食べるのだが、大阪に住んでいると、「ちくわぶ」に出会う機会が少ない。関西ではあまり認知されていない具材なのである。それが食べられるだけですでにうれしいのに、かまぼこ屋さんの作ったちくわぶというだけあって、やけに美味しいのだ。食感がなめらかで、出汁がしっかりと染みて、それでいて小麦の風味も感じさせてくれる。このちくわぶを食べれば、関西の人もきっとその魅力に気づいてくれると思うのだが。
はんぺんも大根も玉子も、魚のすり身をカレー風味にした「カレーボール」も、どれも素晴らしい。今回来れなかった白央さんのためにも、平澤かまぼこのおでんを飛鳥山公園で食べるというこの行事を定期的に開催しようと胸に誓い、満足して公園を歩く。
『北とぴあ』の展望ロビーから飛鳥山公園を見る
座っていたベンチの近くに児童エリアがあり、大型の遊具がいくつも設置されている。子どもたちが楽しそうに遊んでいるその一角に、都電荒川線の旧車両が置かれ、中に入れるようになっている。JR王子駅近くには東京さくらトラム(都電荒川線)の王子駅前停留場もあって、行き交う車両がアスカルゴの車内からも見えた。都電もまた、“いとしい乗り物”だよなと思う。また今度乗ってみよう。
のんびりしていたらもう日が傾きかけている。アスカルゴの運転時間は16時まで(桜の見頃は20時まで延長される)なので、遅れぬように乗車口まで戻り、帰りも無事乗ることができた。行きとは違う内容のアナウンスに送り出されるように公園を出た私は、王子駅の北側に位置する複合文化施設『北とぴあ』へと向かう。
北とぴあの17階には無料の展望ロビーがあるそうで、そこに行けば王子駅周辺や飛鳥山公園を見下ろすことができるかもしれないと思ったのだ。
エレベーターで展望ロビーに昇っていくと、予想以上に見晴らしがよくて驚いた。さっきまでいた飛鳥山公園の全景も見えて、アスカルゴのレールもはっきりとわかる。遠くから眺めると、いとしさが増す気がする。あそこにさっき、いたんだな。
西側に面した窓の方を向いて数人の人が立っていて、何を見ているんだろうと思ったら、夕暮れの空に富士山の稜線がはっきりと見えるではないか。新幹線で見た富士山は、王子からでも見えたんだ。今日がずっと、綺麗な富士山に見守られた一日だったような気がして、またうれしくなる。
名酒場ひしめく王子の街で飲み歩く
展望ロビーからの見晴らしを堪能し、王子の街へ出る。来る予定だった白央さんは王子の酒場に詳しく、「『松島』という店もいいですよ!」と教えてくださっていた。せっかくのおすすめなので、立ち寄ってみることにした。
店内は明るく、接客にも温かみのある素晴らしい大衆酒場である。かつお節のたっぷりのったオニオンスライスや、魚の煮付けをつまみつつ飲む瓶ビールが最高だ。
テレビに映る相撲中継を見ていると、お隣のご常連に話しかけられた。なんでもその方のお子さんは小さい頃「わんぱく相撲」で素晴らしい成績を残したという。相撲の道に進むのもありかもと親としては思ったこともあったそうだが、そこはお子さんの自由に任せ、今は会社員としてお仕事に精を出されているようだった。そのご常連さんは昔から大の相撲好きで、こうしてこの店で相撲を見ながら飲むのが楽しみらしかった。
せっかくだからもう一軒と、飲み屋の立ち並ぶエリアを歩いていて気になった『宝泉』というお店へも寄ってみる。
予想以上に広い店内には、この字カウンターが2つ、離れ小島のように置かれている。ご家族を中心に経営されているようで、私たちが通された方は女将が切り盛りし、もう一方の島ではその息子さんが中心に担当されているらしい。
名物らしい「生ホッピー」を注文すると、「うちのは濃いからゆっくり飲む方がいいですよ」と女将がアドバイスをくださる。
どれどれ、と飲んでみると、なるほど……これは確かに焼酎が濃い! 一気に飲んだら絶対に酔い潰れてしまうであろうその魅惑の飲み物にあわせるのは、女将おすすめの「やわりめ」である。スルメを醤油や酒を調合したタレに漬け込んで柔らかくするそうで、歯がなかったり弱っていたりする方でも安心して食べられるようにと考案されたものだとか。さっと炙ってあるから香ばしく、そして確かに柔らかい。いつまででもゆっくり食べていられるようないいつまみだ。
もともとは煮込みの専門店だったのが、「お新香も用意しよう」「もう少しちょっとしたものも用意しよう」と、だんだんメニューが増えて今のようなお店になっていったと、女将がお店の歴史について聞かせてくれた。王子の街についても伺ってみると「王子は昔からこんな感じよ」とおっしゃる。「『王子の狐』ってわかる? 落語にもなってるの。年末になると王子稲荷神社で狐の行列っていうのをやるの。一度その頃に見に来たらいいですよ」と、そんなことを教わりながら、王子で暮らすのはどうだろうと少し想像してみる。
アスカルゴに乗って飛鳥山公園を散歩して、木々や草花に季節を感じて、好きな時にこんないい店にも立ち寄って、そんな生活もいいかもしれないな。酒場の賑やかさをぼんやりと感じながら、やっぱり東京もいいなと考えていた。
あすかパークレール「アスカルゴ」詳細
文・写真=スズキナオ







