この地で300年!刷毛・ブラシの老舗
江戸屋の創業は、享保3年(1718)。300年超の歴史を持つ、江戸刷毛専門店です。
お店の前に立つと、遠くにスカイツリーが見えます。お店の前の通りは旧日光・奥州街道。このスカイツリーを目指すように5分ほど歩くと、蔦屋重三郎の書店「耕書堂」跡地にたどり着きます。蔦重もきっと『江戸屋』の前を行き来していたのではないでしょうか。
現在の店舗は大正13年(1924)に竣工したもので、縦に延びる装飾部分は刷毛をイメージしているのだとか。竣工から100年を迎えた、ユニークで美しい看板建築です。
東日本大震災などを無事に乗り越え今に伝わる店舗は、国の登録有形文化財に指定されています。
そんな歴史を知ると敷居が高く感じられるかもしれませんが、ガラス戸をそっと開けてみます。
大正時代の趣を残す木造の店内に、ゆったりとブラシがぶら下がっています。スタッフのみなさんがテキパキとお仕事される姿がとても心地よく、明るい店内にすがすがしい空気が流れています。
刷毛の専門店としてスタートしたという同店ですが、需要の変化に伴い、現在ではブラシ類のラインアップが豊富になっています。
特に人気のアイテムの一つが、品揃え豊富なヘアブラシ。店頭で試しながら選ぶことができます。某テレビ番組のスタイリストが、同じものを30年使い続けているという話もあるそうです。
洋服ブラシも人気アイテムの一つ。
化粧用の刷毛は、大奥の女性たちも愛用していたのだとか。
ナイロンよりも持ちがいいという馬毛の歯ブラシも気になります。
急須の口などを洗うのに使えるブラシや、
染み抜き用のブラシなど、まさにかゆいところに手が届く一品がズラリ。
店内を楽しく見ているうちに、「そういえば家のあそこ、掃除したかったんだよな〜」「今度友達にプレゼントしようかな」など、いろいろな思いがムクムクと湧いてきます。
歴史を伝える小さなミュージアム
生活が西洋化した明治時代以降はどんどんラインアップが豊富になり、現在では半導体製造に使われるブラシなど、工業用の需要も多いのだとか。そんなお店の歴史の始まりを伝えるのが、お店の一角に設けられた「まちかど展示館」のコーナーです。
『江戸屋』の礎を築いた、障子やふすまなどに使われる「経師刷毛(きょうじばけ)」や、浮世絵に使われた木版刷毛、歌舞伎役者が使う白粉刷毛などが展示ケースに収められています。
12代目当主の浜田捷利(かつとし)さんに、お店の歴史をお聞きしました!
- 浜田さん
-
初めは屋号がなかったもんだから、初代は「刷毛師利兵衛(はけしりへえ)」と言っていました。江戸城のふすまや屏風に刷毛を使うので、江戸城に出入りしていた御用商人の紹介を受けて、どういう品物をお求めなのかと一緒に尋ねに行っていたそうです。毛の質や厚み、長さなどの要望に応えてオーダーで刷毛を作っていましたから、「江戸屋へ行けば何でも間に合う」ということで重宝されたんじゃないでしょうかね。
店舗は旧日光・奥州街道沿いに立っています。1964年の東京オリンピックの前頃までは2、3階建ての建物ばかりだったそうですが、今ではビル街に。この街道の西側(店舗に向かって左手)にはかつて富士山や江戸城が見えたといいます。
浜田さん : この通りが江戸最初の繁華街だったのかな。明治になって広くしようという話もあったらしいんだけど、今も昔の道幅なんです。家康が来た頃は、伊勢から来た太物(ふともの)問屋さんが軒を連ねていました。太物っていうのは、木綿ですね。“江戸店(えどだな)”といって、伊勢の大店が出していた江戸支店が並んでいたんです。うちにあった歴史を記録したものはみんな関東大震災で燃えちゃったけども、このあたりに店を出していた太物問屋の伊勢の本店のほうには、そういう歴史を記録したものが今も結構残っているんですよ。
江戸文化を陰から支えた“刷毛”
『江戸屋』の歴史は、ふすまに糊(のり)を塗ったりするのに使う経師刷毛から始まったのだそう。鹿や馬の毛などが使われるそうで、触ってみるとフカフカした食感です。昔は“木地”(毛を挟み、持ち手になっている木のパーツ)まで職人さんが自分で作っていたのだそう。
肩の部分が丸みを帯びているのが「京型」、角ばっているのが「江戸型」。
歌舞伎役者が使う白粉刷毛は、江戸時代だけでなく、現在に至るまで愛用されているのだとか。
浜田さんが手にしているこちらの筆のような刷毛は、浮世絵の版木に色をつけるのに使われた木版刷毛。馬の毛が使われるのだそう。
漆を塗るのに使われる漆刷毛は、女性の髪の毛を使って作られるのだとか。「毛が減ると、鉛筆のように木地を削って使います。2、3cmくらいになるまで、20年、30年くらい使えます」と浜田さん。
植えた毛で「合」の字を描いたこちらは、輸送用の木箱にスタンプを押すのに使われていた大正時代のもの。現代の段ボールのように表面が平らでない箱であっても、毛先が奥まで入るので押しやすかったのだそうです。
お話をお聞きしていて面白かったのが、食材にタレなどを塗るのに使う料理刷毛。実は、絵に使われる刷毛から展開した(発展して生まれた)ものなのだそうです。
浜田さん : 料理刷毛よりもう少し幅広で、毛を吟味した刷毛を、絵師が紙ににじみ止めなどを塗ったりするときに使います。今でも使われています。用途によって、使う人が道具に名前を付けちゃうんだよね。
——絵師の道具から発展して生まれた刷毛で料理していると思うと面白いです! 使う目的によって名前が変わるんですね。
お話を聞けば聞くほど、刷毛なくしては江戸時代の文化の多くが成り立たないことを知って驚きます。江戸城や庶民の家、街にあふれる浮世絵や染め物。華やかな表舞台に姿を現すことなく、文化を裏側から支えているのが刷毛やブラシなのだと気付かされました。一つの道具が、不要なものを取り去るのにも、必要な痕跡を残すのにも使われているところも面白いですね。現代の暮らしの中にも、そんな立ち位置の道具がたくさん潜んでいるかもしれません。
取材・文・撮影=増山かおり





