表のシャッターは、いつでも半開き。
シャッターが半分閉まっていた。いや、半分開いていた。勇気を出してシャッターをくぐってみると、壁や傘立てに何枚もの張り紙がある。
「こちらから呼ぶまで勝手に店内に入らないで下さい」「おしゃべり禁止です」「当店はお客さんを選びます。気に入らない方には売りません」……。
張り紙に指定された場所で、ビビりながら待つこと少々。店主の声で店内へ。カウンターの向こうには、甚兵衛姿でもくもくと仕込みをする店主の吉田さんがいた。
「シャッターを半分閉めるようにしたら、きちんと調べて来る人だけになってよかったです。一人でやってる店なんで、面倒な人が来ると対処できないから」
なるほどごもっとも。口は悪いが正直な人みたいだ。ひとりで店を回すためには、できるだけ接客の手間を減らさなければならない。必要なことは紙に書く。張り紙が増えていく……。で、SNSで炎上、と。
よ〜く張り紙を読むと、かなりキビシイことが書かれているようで、ちょっとおもしろみも。
毎日食べられる、体にいいものを求めて
何カレーって言えばいいんですかね?と聞いてみると、ちょっと考えて「家で食ってたカレーの延長線かなあ」。
欧風カレーの作り方を教わってカレーを作り始めたのだが、現在は作り方もまったく変わり、欧風カレーとはいえない。どこかのカレーを真似してきたわけでもない。あくまで「吉田さんちのカレー現在形」というところか。
カレールーに小麦粉は使わない。バターも最小限しか使わず、スパイス、バナナ、リンゴ、生クリームが入るのが特徴だ。鶏ガラ、ホタテ貝柱、昆布、鰹節などで丁寧に取るぜいたくなスープを合わせてルーを完成させる。
ごはんは玄米と五分搗きの米。これも試行錯誤した結果、現在のバランスになったという。細かい材料まで体にやさしく、もたれないので毎日食べることができるカレーだ。
野菜にも肉にもこだわりがある吉田さんは、特にバナナへのこだわりが強い。フィリピン産が好き。エクアドル産は嫌い。
「自分はカレーに入るバナナの甘さが好きで、結構入れてたんだけど、SNSでバナナバナナいわれて。腹立ったから、だんだん減らしてきた」
SNSとの付き合いって難しいですね……。
卵黄のせのキーマと豚バラに圧倒される!
今回は、カレールーは甘口と辛口のミックス。オプションで、キーマ、豚、中華アチャールをトッピング。びっくりしたのは、このボリューム感!
まずは卵黄を崩さず、キーマとカレーソース、そしてごはんでいただく。スパイシーな辛さよりも、フルーティーな甘みと香りがあり複雑な味わいだ。旨味も濃く、脂っこさがないからか、どんどん食べられる。
牛と豚の合い挽きで作るキーマは、カレールーとは違い、エッジの立ったスパイスがガツンとくる。卵黄を崩して味の変化を楽しもう。
中華アチャールというスパイスの効いた漬物は、キャベツやニンジンなどが入っていてあっさりしている。ここで少し箸を休めた後、いよいよ迫力あるトッピングの豚に挑んでいこう! 15cmを優に超える豚バラの煮込みは、スプーンでもほろりと崩れるほど柔らかい。じゅわっとあふれる脂の甘さもカレーに合う。本当にうまい!! これで350円……。頼む人が多いのも当然だ。
「満足して帰ってほしいからね」
いい人だ……。この店のカレーと豚にはやさしさが入ってる。間違いない。
デザート感覚のバナナミルクで、さらに大満足
生のバナナ2本を使って作るバナナミルク。少し冷たくて、ほんのり甘い。やさしい味わいにほっとする。
開店から約10年。自分の好みと客の反応を見ながら、店もカレーも変化してきたという。今でも日々、思いついたことを実践している。この日も甘口の味を変えたと言っていた。
仕込みのほとんどは西東京市にある工場で行い、店内で仕上げるスタイルを取っている。通販でもカレーを販売しているため、大量に作れることと、味のブレが少ないことが利点だという。
「遊んで暮らしたい」
どこかのインタビューでそう答えていた吉田さんだが、店の定休日にも工場でカレーを仕込んでいる。まだまだ忙しさは続きそうだ。
「家買っちゃったんで。支払い終えないと」
押しも押されもせぬ荻窪の大人気店。これからも客を楽しませてくれることだろう。
『吉田カレー』店舗詳細
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ