スリランカ民主社会主義共和国

インド洋に浮かぶ島国で、近年は国家財政の悪化から国外に働きに出る人が増えている。日本には6万7422人が在住するが、うち千葉県が最多で1万1080人。ほか神奈川、埼玉、茨城といった首都圏に集住している。会社員とその家族、留学生が多い。

スリランカ人のみならず、近隣の日本人にも愛される店

柏市を含めた千葉県北部から茨城県南部にかけてのエリアはスリランカのコミュニティーが点在していることで知られていて、レストランや食材店がいくつもあるし香取市やつくば市にはスリランカの仏教寺院までが鎮座しているのだが、中でも逆井といえば日本人にも人気のレストラン『カーサ・パスカーレ』が有名だ。

「2020年に開いたんです」

店主のアマーリさんは言う。スリランカ中部チラウ出身の彼女は、小さな頃から“日本”に触れて育ってきた。

「父が美術の教師だったんですが、空手も教えていたんです。大会で日本に行くこともあって、選手を日本に連れていったりもして」

店を切り盛りするアマーリさん(左)、ドゥミドゥさん(中央)一家。
店を切り盛りするアマーリさん(左)、ドゥミドゥさん(中央)一家。

そんな父からよく日本語を教えてもらった。家にときどきやってくる選手たちからも日本の話を聞き、そのたびに「私もいつか日本に」と思っていたのだそうだ。

父の影響もあり、デザインの大学で学んでいたアマーリさんが念願かなって来日したのは2015年のこと。まず日本語学校に通い、その後デザインの専門学校で学んだ。そのままスキルを生かした分野で働きたくはあったが、母国で結婚していた夫のドゥミドゥさんとレストランを営む道を選んだ。

「夫はイタリアで12年、シェフをしていたんです」

食の本場で腕を磨いたドゥミドゥさんと「たまたま住んでいた」という逆井に店を開いた。

「ここは電車ですぐ東京まで行けるから便利で、静かでいいところ。街でもなく、田舎でもなくて」

まだまだ甘えん坊の長男くん。
まだまだ甘えん坊の長男くん。

オープンした頃は近くにスリランカ人はほとんどいなかったが、いまではかなり多くなってきたそうだ。「柏市内に日本語学校が増えてきたからではないか」とアマーリさんは話す。

こうした留学生のほか、中古車の売買や輸出にかかわるスリランカ人が、千葉から茨城にかけて実にたくさん暮らしている。この連載の第4回で紹介した八街市や、山武市、印西市、富里市、成田市……。というのもこの地域には中古車や重機のオークション会場が点在しているからだ。それに土地が安く、買いつけた大量のクルマや部品などを保管するヤードも確保しやすい。

そんなスリランカ人も『カーサ・パスカーレ』にはやってくるが、近隣の日本人にも愛されている店だ。ドゥミドゥさんの腕前と、アマーリさんの柔らかで穏やかな人柄ゆえだろう。

ちなみに店の名前はイタリア語で「パスカーレさんの家」。夫妻が家族ぐるみでお世話になったというイタリア人エンジニアにしてイタリアの航空機メーカー「テクナム」の創業者でもあるルイージ・パスカーレ氏に因んでいる。開店当初はイタリア料理とスリランカ料理どちらも出していたそうだが、次第に珍しさからかスリランカ料理のほうが人気になり、いまでは故郷の味だけを提供している。

店には仏像が祀られ、お供え物もあった。
店には仏像が祀られ、お供え物もあった。

目にも楽しい、野菜たっぷりカラフルカレー

左下から時計回りに、ライス&カリー 具材により1250~1300円(日によって内容は変わる)、ストリングホッパー・コットゥ(米麺と野菜の炒めもの)具材により1200~1500円 、デビルチキン(鶏肉のスパイス炒め)具材により1100~1650円、セイロンティー200円。
左下から時計回りに、ライス&カリー 具材により1250~1300円(日によって内容は変わる)、ストリングホッパー・コットゥ(米麺と野菜の炒めもの)具材により1200~1500円 、デビルチキン(鶏肉のスパイス炒め)具材により1100~1650円、セイロンティー200円。

スリランカのめしといえばやっぱりライス&カリーだろう。シンプルすぎるネーミングではあるが、カレーの種類も添えられる副菜も、それにもちろん味つけだって地域や家庭や店によってさまざまで、その世界は広く、深い。

「うちは毎日、おかずを変えているんです」

アマーリさんが自慢する。メインの具材(鶏、豚、牛、羊、魚)からひとつ選ぶと、ほかに日替わりの総菜が6種類、ごはんのまわりを色とりどりに囲んでなんだか大輪の花のよう。

オレンジ色はスリランカの代表的な料理ポルサンボルで、すりおろしたココナツと唐辛子粉、それにモルディブフィッシュというかつお節のようなものを混ぜてつくっている。スリランカの「めしの供」といえるだろう。

深く赤い色はビーツのカレーで、紫色はナスやトマトの炒め物。さらにジャガイモの炒め煮、鮮やかな緑はなんとツボクサのサラダ。スリランカでは健康にいいハーブとして親しまれているそうな。そして南アジアで広く食されている豆の煮物はスリランカだとパリップと呼ばれ、レンズ豆をたっぷり使った優しい味わいだ。

メインのカレーは島国スリランカらしく魚をチョイス。この日はブリだが、使っている調味料をドゥミドゥさんに聞くと「唐辛子、ターメリック、シナモン、マスタードシード、ショウガ、ニンニク、タマネギ、ココナツミルク……」と次々に名前が上がる。これらが深い風味を生み出しているのだ。

ライス&カリーはお好みで混ぜ混ぜしていただこう。互いの味が引き立て合ってなおのことうまい。ごはんが足りなくなっておかわりしてしまうに違いない。

スリランカでは総菜パンも人気だ。
スリランカでは総菜パンも人気だ。

店を飾るアートはファミリーみんなの合作

ストリングホッパーを炒める。
ストリングホッパーを炒める。

コットゥは本来、ロティ(全粒粉のパン)を刻んで野菜や肉と炒めたドッシリ系メニューだが、こちらではストリングホッパーという米粉からつくった麺を使ったものも出している。添えられるチリ&砂糖のソースとチキンカレーをかけていただこう。

激辛なことから名づけられたといわれる「デビル」もスリランカ定番の炒め物だが、ご夫妻の配慮か辛さは控えめ(頼めば本場の味つけにもしてくれるだろう)。

キトゥルというヤシの蜜や、ココナツミルク、シナモンなどからつくるスイーツ・ワタラッパン350円。
キトゥルというヤシの蜜や、ココナツミルク、シナモンなどからつくるスイーツ・ワタラッパン350円。
小学校に通い始めたばかりの長女を、母と祖父が描いた絵が見守る。
小学校に通い始めたばかりの長女を、母と祖父が描いた絵が見守る。

そしてスリランカ名物のセイロンティーをいただきつつ、眺めてほしいのは店を彩るアートの数々。アマーリさんとお父さんとが描き上げたものだ。文化を越える温かみを、きっと感じることだろう。

日曜はデザートや飲み物もつくビュッフェスタイルで大人2時間1760円。
日曜はデザートや飲み物もつくビュッフェスタイルで大人2時間1760円。
住所:千葉県柏市藤心3-3-8/営業時間:11:30~15:00・17:30~22:30(日は12:00~22:30、ビュッフェは~17:00)/定休日:火/アクセス:東武鉄道東武アーバンパークライン逆井駅から徒歩5分

取材・文=室橋裕和 撮影=泉田真人
『散歩の達人』2025年9月号より