本は一生の友だち。ひたすらよい本を届けたい
石井桃子の自宅であり、「子ども図書館」でもある『かつら文庫』があるのは荻窪の静かな住宅地。1958年からずっと同じ場所で子どもの読書体験を支えている。
今では想像がつかないのだが、戦争が終わってずいぶん経っても本は高価で、絵本など子供のための本は本当に少なかったそう。そんな時代に、通りがかりの子供に「本を読みにいらっしゃい」と立て札を立てて始めたちいさな図書館。それが『かつら文庫』だ。
テーブル2つ。椅子12脚。本は石井さんの蔵書350冊ほど。ちいさなちいさなスタートを切る。絵本の多くは外国のものだったので言葉はわからないものの、本に飢えていた子どもたちはとても喜んだという。それならば、と外国の絵本を見せながら日本語で訳して読む「読み聞かせ」を始めたところ、ものすごい手応えを感じた。
「優れたお話は年齢の低い子どもにもわかる」。石井さんはそう実感し、翻訳絵本の出版に乗り出すことになる。
書斎が見られてうれしい。この場所で生まれた言葉たちを想う
建物は2階建てで東棟と西棟に分かれている。東棟1階は子供が本を選んで読むためのスペースで、本の読み聞かせや貸し出し、「おはなしのじかん」などがある。明るく開放的で、窓から見える庭の緑が眩しかった。東棟2階には石井さんが使っていた書斎と居間があり、こちらも見学できる。
風の通る心地よい書斎には本がいっぱい。机の上には筆記用具や電子辞書も置かれ、在りし日の姿が想像される。「この部屋で物語を作っていたんだなあ……」思わず胸が熱くなった。最近は「ミッフィー」という名称で呼ばれることが多くなったブルーナの絵本だけど、子供の頃から石井さんの作品に親しんできた自分にとってはこれからもずっとずっと「うさこちゃん」(石井桃子訳)だ。
子供がはじめて出合うのはわかりやすく身近な言葉。石井さんの翻訳は本当に鮮やかでそして気持ちがいい。その素晴らしさに、改めて思いを馳せた。
これからも、子どもの読書体験を支えていく拠点であり続ける
現在は、「公益財団法人東京子ども図書館」の分室として活動する『かつら文庫』。子供が自由に本を読める「あなたの場所」を提供し、本の貸し出しをする一方、本の読み聞かせや資料の収集にも力を入れている。全国の子供の読書推進グループの活動を紹介する西棟2階の「マップのへや」や、日本の児童文学者で翻訳家だった故・渡辺茂男の蔵書がある西棟1階の公開書庫も見学できる。
「マップのへや」の隣は展示室で、年に3回展示替えをして、児童文学に関する資料、絵画、写真を公開している。また、「おとなのためのお話会」や読書会など、大人に向けたイベントも行っているので気になる展示と合わせて見学するのもいい。
子どもたちよ 子ども時代を しっかりと たのしんでください。 おとなになってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代の「あなた」です。
これは石井さんの言葉だ。子供のときに出合った本は宝もの。そして大切な友達だ。月桂樹(かつら)と桃の木が植えられたこの場所で、あらためて懐かしい友達に会う、そんなゆたかな時間を過ごしてほしい。
取材・⽂・撮影=ミヤウチマサコ