タコ社長の長女・あけみ。そのふつつかな生い立ち
「とらや」の裏手に構える朝日印刷所・タコ社長(桂梅太郎)が授かった2男2女の長女・あけみ。生まれは昭和35年前後か。その年齢も含めて、プロフィールには不確かな点が多い。
いい歳して「ふつつか」「謙遜」の意味を知らなかったり(第33作)、満男の小賢しい態度に腹を立てたりするなど(第37作、39作)、おつむの程度は推して知るべし。父親のタコ社長が「世間体を気にする」(第34作)人だったこともあり、最終学歴は近隣の商業高校卒(もしくは中退?)というのが妥当だろうか。
いずれにしても卒業後、さくらのように丸の内の大きな会社でキーパンチャーをする(第1作)柄じゃあないし、地道な事務作業にも向いてなさそう。
とは言え「とらや」バイト時のテキパキとした客あしらい(第37~39作)も見受けられるので、諸状況を鑑みると何らかのショップの店員をしていたのではないだろうか。加えて小岩あたりの“接客を伴う飲食店”での勤務の経験もあろうこともおそらく間違いあるまい。
24歳(推定)で渋々見合い結婚か?
「本当にふつつかだもんな」(タコ社長談、第33作)と評されるあけみも昭和59年(1984)、推定24歳(+1~2歳かも)で結婚することになる。ただ、その経緯は明らかにされていない。
察するに、
・父親のタコ社長は、お見合いの世話が好き(第3作ほか)
・「これでこの界隈で片付いていないのはいなくなった」(タコ社長談 第33作)
・ちゃんと結納を済ませている(第33作)
・式は帝釈天題経寺にて仏前式(第33作)
といった状況証拠から、「渋々お見合い」からの「まあいいか。父ちゃんうるさいから」的な流れであろう。
んで、結婚相手は、
・タコ社長の関係者の血縁者
・地元在住の結婚願望者(30代か?)
・そこそこの規模の会社に勤めるサラリーマン(第38作で単身赴任になることから)
と推測される。名を「慎吾」というらしい。見た目、体型などは、残念ながら判然としない。
「工場の経営が苦しいのに、たくさんお金使わせちゃって、ごめんね。わたし、幸せになるらね」(第33作)という父親への涙の挨拶を経て、式は無事終ったようだが、その際に母親や他の兄妹が登場しないのは関連シーン最大の謎である。
不仲な結婚生活と 寅さんへの憧憬
人妻・あけみ、その結婚生活は順風満帆ではない。第34~35作にかけては、夫婦関係の不和が如実に描かれている。そのクライマックスは「ニセ札製造教唆騒動」(第38作)と並ぶ凶行「マッチ棒ロールキャベツ騒動」(第35作)だ。
料理本を見て、あけみが一生懸命つくったロールキャベツ。そのキャベツを止める爪楊枝の代わりにマッチ棒を使ったために、ダンナが怒って流しに捨ててしまったというエピソードである。
そりゃあダンナも怒るわな。なにしろマッチ棒の頭薬の主成分・塩素酸カリウムは、経口摂取したら腎臓、血液、呼吸器への影響が報告されている物質だ。たとえ刺したのは軸棒の部分で、頭薬の部分ではないにしろ、インパクトはキョーレツである。
かつて筆者も家庭で結束用ビニールテープがそのまま着いたホウレン草の味噌汁を複数回に渡り供されことがあったが、マッチ棒ロールキャベツはそれ以上の蛮行かと思う。
ともあれ、
「結婚っていったい何だろ」
「結婚生活って、もっと楽しいもんだって思ってた」
「わたし、本当にあの人愛してんのかしら」(以上第35作)
とさくらに愚痴るように、夫婦生活への疑問は膨らむ。
その一方で、
「寅さんは顔は三枚目だけど心は二枚目よ」(第34作)
「寅さんに会いたいなぁ」(第35作)
「いまのつまんない亭主と別れて一緒になってやろうか」(第35作)
と、フツフツ芽生えて来る寅さんへの思慕。
こうしたことが布線となり、帝釈天参道はおろか、テレビのワイドショー(キャスター:森本毅郎)をも巻き込んだ世紀の家出(第36作)へとつながっていくのである。
そして、あけみは旅に出るのだ
あけみはひとり、家出という名の旅に出た。行く先は伊豆半島の先端・下田だ。では、なぜ下田だったのか。その答えはあけみの性質や生活環境から以下のように推察する。
・条件1:家出といっても、鉄道で行ける首都圏近郊にとどめておきたい
・条件2:ワケありの若い女性が仕事を見つけるのに好都合な温泉地
と、これらの条件だと、草津、伊香保、鬼怒川、箱根なども候補に挙がる。が、あけみは傷心だ。きっと昭和歌謡の歌詞じゃないけど、
・条件3:海を見たくなった
という条件が加わったことだろう。そうなると、伊豆半島の先端で手頃な最果て感が味わえる下田しかないではないか。
あけみの家出先に名シーンあり
あけみと寅さんの軌跡を追って、実際に下田を訪れてみた。寅さんの宿、笹野高史さん扮する下田の長八が闊歩する街角、あけみが「さくら」の源氏名で働くスナック(外観のみ)、銭湯帰りのあけみが涼む漁港などなど、映画のシーンがほぼそのまま残る風情にただただ感涙!
そのなかでもぜひとも足を運んでおきたかったのは入田浜だ。
「愛ってなんだろう」とあけみが寅さんに問う浜辺だが、ここはあけみにとってだけでなく、シリーズ通して深い意味のある場所であると筆者は思う。
沖にぼんやり浮かぶ離島(式根島)を指差して、「あの島に行ってみたいの」と寅さんに言うあけみ。実際に島に渡ってみると、夢見がちに憧れた島にも現実の生活があって、自らの現実に帰ろうと心を決める。
一方、当作のマドンナ栗原小巻さん演じる式根島の小学校で教鞭を執る真知子先生は、嫌なことがあると島の海岸から伊豆半島を見つめるのだと言う。そしてやはり、現実と理想に悩む。
人は遠い憧れに思いを馳せながら、結局は日常という現実に生きるもの。
この2シーンが対比して紡ぐ情景は、雄弁にこんなことを物語っている。もう『男はつらいよ』シリーズのシビアな主題と言っていい。
実際これ以降、あけみの結婚生活も落ち着いてゆく(でも第50作は出戻りっぽかったよね)。まあ、笑ったり怒ったり失恋したり号泣したりと、いろいろあったけど、結果として寅さんとの旅があけみを変えたのだろう。
みんな寅さんと旅がしたい
マドンナ、レギュラー登場人物、そして観る者の多くが「寅さんと旅をしたい」と思うが、実際に一緒に旅をしたのは数少ない。
出演シーンが決して多くはないにも関わらず、やけにあけみが印象に残るのは、露天風呂の美尻シーン(第36作)のせいだけではない。たぶん寅さんと旅をしたあけみが無性に羨ましいから。言い換えれば寅さんファンの代弁者であるからなのだろう。
日常のしがらみのなか、ふとあけみのように夢想することがある。
「どこにいるのかなあ、寅さん」(第36作)
取材・文・撮影=瀬戸信保
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