1時間半以上かけてやってきた大船駅。東口を降りれば、目の前にその姿が現れるほどの駅近だ。一体、どんな姿になったのか……。久しぶりにちょっと緊張しながら、東口を出ると……。

で、で、で、出たああああつ!

すぐに分かった、「観音食堂」だ! いやあ、思っていたより雰囲気は残っている。なんだか、だいぶ前に別れた彼女に会うような感覚だ。

前のモルタル長屋風ではなく、モダンなウッディー外壁にはなったものの、芸術館通り側にはちゃんと魚屋『魚廣』があり、商店街側には中央に店の出入り口がある。

前と同じつくりだ。

きゃっ、紫色の暖簾(のれん)も健在! これは……早く中へ入ってみたい。が、意外と中はファミレスみたいになっていたらどうしよう……そんな期待と不安を抱えながら、ついにその暖簾を割った。

あっ、あっ、あっ──! 入って目の前にはレジ、左手にはテーブル席。右手には同じくテーブルと奥に小上がりがある。前は右手がすぐに座敷になっていたこと以外はほぼ同じ間取り。

火事になった親戚の家は、建て替えたときは内装をガラッと変えたが……なんでしょう、なんとも言えない“うれしさ”というのが込み上げてくる。私でもこんな気持ちになるのだから、常連客はもっただろう。

「おお、ここはこうなったんだ」

「ああ、前はあそこに座ったな」

前は座敷だったところのちょうど中央のテーブル席に座るが、どうしたって周りをキョロキョロ眺めてしまう。いい加減、首が捻挫してしまう前に、酒を頼まなければ。

真新しいテーブルに瓶ビールとグラスが乗り、その背景にも新しい内観がある。ついに訪れたこの時に、目一杯の祝杯を。

ごぐりっ……ごぐりっ……ごぐりっ……、か・ん・の・ん! か・ん・の・ん! 心の中で“かんのんコール”が繰り返される。本当の、これが本当の祝い酒だ。

さあ、続いて祝い料理だ。前に訪れた時と同じものを頼んでみようかと思ったが……いや、ここは新たな気持ちで、新たなものをいただこう。

まずは「酢の物」から。名前だけだと地味だが、これがまた豪華。きゅうりとワカメを土台に、ホッキ、アオヤギ、クラゲ、タコ……なんとカニまである宝石箱。

クニクニとした貝、コリシコのクラゲやタコ。極めつけはプリプリのカニで食感が楽しい。嫌味のない酢の効き具合も最高だ。

続いて「ホタテフライ」がやってきた。なんて上品な焼き色なのでしょう! まさしくキツネ……いや、キツネの赤ちゃん色をした衣からはわずかにホタテの香り。

「カリッ!」と同時に「うまいッ!」が口から飛び出す。口に入れた瞬間の衣の食感、そして中から肉厚のホタテの濃厚な旨味……私の“舌史上”最高に幸せだ。

店の左手奥のテーブル席には、常連旦那衆がにぎやかに飲(や)っている。「あー、あの一角(いっかく)は常連用なんだろうなあ」と、前に来た時と同じ光景に、図らずも同じ想像を抱いていた。うん、“変わってない”のだろう。

「おまたせしました~」

「うわあ!」

そんな様子を背景に「刺身5点盛り」がやってきた。驚くのも無理はない、なんと美しい刺身なのだろうか。

マグロは中トロのコッテリした旨味、赤身はネットリとこちらも濃厚。分厚いハマチはサクサクとした食感が楽しく、ツルシコのイカは醤油をつけていても甘いことが分かる。フライと被ったホタテだが、別物と言っていいほどミルキィな一品。

ガッチリとしたフォルムのボタンエビは、口に入れるとブリンッと「生きてるのか!?」というほどの弾力。トロリとしたエビの旨味が、もう言うことない。新鮮な海の幸が、「観音食堂」の復活を祝福するように輝いている。

やはり、うまい。特に海鮮。それは無意識にすべての料理が海鮮になっていることが証拠。

奥の厨房からの調理音が耳朶(じだ)をかすめ、そこから女将さんたちが忙しそうに出入りしている。会計をする常連客と冗談を話し、時折見せるやさしい笑顔がいい。そんな当たり前が、なんと心地よいのだろう。

火災は“記憶を消し去る”なんてはいったが、これだけは少し違うのかもしれない。

記憶だけはこの場所で永久に生き続けている。この酒場だけではなく、すべての酒場がずっとあり続けてほしいと願いつつ……もう一度、復活を静かに乾杯する。

かんのん (観音食堂)

住所: 神奈川県鎌倉市大船1-9-8
TEL: 0467-45-1848
営業時間: 11:30~21:30(土・日は~21:00)
定休日: 水
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取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)