『三鷹天命反転住宅』に暮らす人々とその部屋

妖怪絵本作家 加藤志異さん

役者 占い師 バーテンダー 高橋一路さん

シンガーソングライター かよこさん

加藤さんの部屋は球体、高橋さんの部屋は障子と絨毯、かよこさんの部屋は丸い畳と窓際は砂利。互いの気配を感じる絶妙な開放空間だ。3つの部屋を半年ごとに交代して住んでいく予定。

住むきっかけはひと目惚れ?

—— 加藤さんがいちばん古い住人なんですよね。住むきっかけはなんだったのでしょうか。

加藤 2000年に、この建物をつくった建築家の荒川修作さんの講演を聞いたんです。そこで「人間が何千年もかけて築いてきた芸術や哲学、科学の歴史は全部間違いだ。近代社会は人間は死ぬという常識で成り立っているけど、わたしはそれを反転させる巨大な街をつくる」と言ったんですね。この話に僕は感動して、荒川さんの手伝いを始め、その思想をテーマに漫画を描いてきました。当時は漫画家志望だったので。

—— この住宅ができたのが、2005年ですね。

加藤 当時は生活が厳しくて、家賃のこともあって住むのは難しかったんです。その後、2019年に離婚して、ひとりで暮らすのはつらいなと思っていたら、ここでルームシェアをしていた友人がSNSで募集していたんですね。それで一緒に住むことになって。のちに友人は出て行って、何人かが入れ替わり、24年の夏ごろから(高橋)一路さんと、かよこさんが入ってきてくれました。

高橋 僕は、歌舞伎町で日替わりバーテンダーをやっていたときに、加藤さんが同じ場所で妖怪バーというものをやってて知り合いました。元々この建物に興味があって、空きが出たので誘ってもらって、飼っていた猫とともに7月から住み始めたんです。

かよこ わたしも一路さんと同じ時期に引っ越してきました。加藤さんと共通の知り合いがSNSでルームメイト募集の拡散をしていたのを見つけて、内見みたいな感じで遊びに来て。決めたポイントはいろいろあるんですけど、今後こんな面白い家には絶対住めない、チャンスを逃すわけにはいかないと思って。ひと目惚れです。

高橋さんの猫の名は、黒白だからインヤン(陰陽)。でこぼこ床が好き。
高橋さんの猫の名は、黒白だからインヤン(陰陽)。でこぼこ床が好き。

暮らし始めてから気づいたこと、変わったこと。

—— 床が平面じゃなかったり、トイレが個室ではなかったり、一般的な住宅とは違う点が随所にありますが、実際に暮らしてみてどうですか。

シャワーブースの奥にトイレがある。水場がコンパクトにまとまった空間。
シャワーブースの奥にトイレがある。水場がコンパクトにまとまった空間。

加藤 この家のテーマである「死なないための住宅」というのは、これまで不可能と思われていたことが可能になる、つまり天命を反転するという意味なんです。だから僕も死なない妖怪になりたいと思って、この家で修行してます。

—— 不死という意味で妖怪になりたい?

加藤 そうですね。荒川さんは比喩ではなく、本気で人間の死を乗り越えようとしていたので、僕も本気で永遠に楽しく生きる妖怪になりたい。人間にはいろいろな常識があって、例えば“死”ですけど、僕はどんな夢でもかなうと思っているので、その常識を超えて楽しく生きたいです。妖怪になるための活動、「妖活」と言ってます。

—— ここに住むようになって妖活はどうですか。

加藤 めちゃめちゃはかどりました。僕の丸い部屋なんて、球形だから寝るだけでも難しいわけですよ。本棚も下を固定しないと倒れてくるし、収納が少ないから上から吊り下げたり。つねに工夫して暮らしてます。

かよこ 電気のスイッチが下にあったり、部屋に扉がなかったりするんです。ふつうの家には扉があるけど、だから住みやすいというわけでもなくて、開放的だからこそ住みやすかったりもする。ここに来て、暮らしやすい設計と言われているものが違うこともあるんじゃないかということに気づくこともありました。

キッチン上に吊り下げたアルコール類置き場。
キッチン上に吊り下げたアルコール類置き場。
インターフォンは真っ直ぐじゃなくてもいいと気づく。
インターフォンは真っ直ぐじゃなくてもいいと気づく。

—— かよこさんはシンガーソングライターですけど、住み始めてから作る歌が変わりましたか?

かよこ インプットの仕方やモチベーションみたいなものは変わったかもしれないです。本や映画に触れたくなるような空気感があるというか、五感が刺激される空間なので。固定されていないポールとか、どこにも行けない梯子(はしご)とか、どういう意図なんだろうって考えちゃう仕掛けが各所にあるんですよ。そういうのがインスピレーションにつながっていると思います。

高橋 役者としても、常に感覚を刺激される部屋だと感じます。僕は頭でばかり考えて駄目になるタイプなんで、表現のエクササイズとして身体からアプローチしたほうがいいんじゃないかと思うんですよね。

あとは、意図的に他の人の気配が伝わるようにつくってあるので、環境の影響を受けやすく、気配に敏感になる。いま自分がどういう状態かということに、すごく興味がいくようになりました。

天井までのびる梯子のようなもの。使い方は三者三様。
天井までのびる梯子のようなもの。使い方は三者三様。

—— 開放的な反面、一人だけの空間がほしくなりませんか。

かよこ この家は真ん中にリビングがあって、帰ってきたら必ず通るし、各自の部屋がリビングとつながってるので、人との距離が近いんですけど、それが嫌とか、引っ越したいとはならないです。できればずっと住みたいと思ってます。

高橋 どこまでが自分の境目なのかという話になってくると思うんですけど、人も環境のひとつの要素だったりするんですよね。暮らし始めてからは、場所への意識が強くなったように思います。

加藤 猫もふくめて、住んでいる人の雰囲気がごちゃ混ぜになって、一つの生命をつくっているような感じなんです。これまでもルームメイトが替わるたびに、場の雰囲気もまったく違うものになりました。開放されているからこその面白さなので、それを楽しんでます。

取材・文=屋敷直子 撮影=鈴木奈保子
『散歩の達人』2025年2月号より

(C) 2005 Reversible Destiny Foundation. Reproduced with permission of the Reversible Destiny Foundation