「本を愛する人が、機嫌良く次に向かえるように」
店内は、本が詰まった背の高い本棚で3つの空間に区切られている。椅子に座ると自分のまわりに本しかない光景が鏡に映り、自然と呼吸が深くなるのが心地よい。
「自分が本に囲まれたくて店を始めたところがあるので、いらっしゃるお客さんも一緒に楽しんでくれるとうれしいです」と、店主の生田目泰孝さんは話す。
髪を切りに来たお客さんは、それぞれの空間に並ぶ本を見て席を決めたり、目についた本を手にして席に着いたり。店主と本の話で盛り上がり、「つい話しこんでしまって、時間がかかってしまうこともあります」。髪を切るお客さんがいないときは、誰でも入店可。本は買えないが、立ち読みもよし、椅子に座って読んでもよし。図書室のような空間を楽しむことができる。
棚に並ぶのは、小説、漫画、エッセイ、ビジネス書、実用書と幅広い。開店当初、生田目さんは自分の蔵書を店の棚に入れてみたら本が足りず、慌てて買い足したという。
「自分では持っていないジャンルの本を買いました。基本的には小説が好きで、蔵書も多かったんですが、それ以外にも目を向ける良い機会になりました。開店してからは、お客さんから教えてもらうことも増えて、読む本の幅がどんどん広がってます」
開店して6年。「当然のことですが、自分が知らない本のほうが多い。人によって読む本が違うし、同じ本でも捉え方が違うし、好きの観点も違う。本についてお客さんと話すことで、最初の印象とは違ってくることもあるし、その人のライフスタイルが見えてきて、髪型に影響してくることもありますね」。
店の指針は「本を愛する人が、機嫌良く次に向かえるように」。美容室で髪を切ることも、本を読むことも、ひと息ついて気持ちの切り替えになる行為だ。
「どちらも日々の現実からすこし離れる行為だからこそ、そのときに気分が上向けば、現実に戻ったときに何かが違ってくるんじゃないかと思うんです」
機嫌良く現実逃避をして、また日常へと戻っていく。そのための、絶好の場所である。
取材・文=屋敷直子 撮影=山出高士
『散歩の達人』2025年1月号より