地域の人にとっても待望の書店
「全国で書店が減ってしまっているなかで、本を売る場所がなくなっていくことに出版社として危機感を持っていたのが出発点です」と話すのは、店長の前田康匡さん。「本との接点をひとつでも増やしたい。そして、当社の出版の軸である“旅と暮らし”の本がより具体的にイメージできるような場所にできたらと考えました」。
店内の棚は、旅・衣・食・住など大きく6つのカテゴリに分けられている。なかでも「旅」には力を入れており、前田さんいわく「見たことがない旅の本が買える店」。ガイドブックや紀行文、各地の文化に触れられる本が有名無名問わず揃い、「文学」や「趣味」などのサブカテゴリもあってアプローチが幅広い。
選書は出版部の編集者が担当しており、作り手の目線ならではのセレクトにも注目だ。「一度に何冊も買ってくださる方も多く、本を求めている人が多いんだなと感じます」と前田さん。
地下鉄千石駅の周辺は、実は書店があまり多くないエリア。『アンダンテ』があるのは産業編集センターの1階で、以前は自社の出版物を展示していたが、近所から「買えないの?」という声もあったとか。オープン直後の週末にはレジ待ちの行列ができるほどで、地域の人にとっても待望の書店だったことがうかがえる。
店名の「アンダンテ」は、音楽記号のひとつで「歩くような速さで」という意味。本と出合える場が再び増えていく、その一歩が千石の街角で始まった。
取材・文・撮影=中村こより
『散歩の達人』2025年1月号より