国分寺の路地で自信を感じる店構え
『拉麺 瑞笑』は、路地がいくつも走る国分寺駅北口の中でも、見落としかねないほど細く、特に昼間は人通りの少ない道に面している。
店の前ではためくのぼりには「煮干しラーメン」の文字。『拉麺 瑞笑』はオープンまもない頃から煮干しラーメンがおいしいと注目されてきた店だ。落ち着いたブラウンを基調とし、店名を金色で彩ったシックなたたずまいにラーメンへの自信を感じさせる。
券売機は入り口そばにある。淡麗醤油、濃厚背脂醤油、淡麗塩、つけそばと、ベースとなる麺類が縦に並んでいるが、まずは淡麗醤油を選んでみたい。豪華に特製といこう。
店内はカウンターの7席のみ。食券を渡しつつ、スツールに座って店内をチラチラ見ていると、卓上調味料5種類のうち3種類に煮干しが丸ごと入っているではないか。卓上調味料で味変を楽しむ方法も説明されていて、期待が高まる。
煮干し出汁の上品なスープにツルツルした中細麺。チャーシューも煮卵も手抜きなし
しばらくすると、香ばしい香りが漂ってきた。厨房の中でチャーシューが炙られているようだ。カウンターの中で麺が湯切りされる姿も目に入る。
「お待たせしました」と出されたどんぶりからは、煮干しのいい香りが立ち上る。どんぶりの表面半分近くが大きなチャーシューで占められているのは予想以上だ。
まずはとスープをひと口いただくと、最初はあまり「煮干しらしさ」を感じないが、ひと呼吸置いたあとから、煮干しの濃厚な味わいがガツンとやってくる。くどさやえぐみがなく、上品なのに濃い。
大きなチャーシューは、バラ肉を丸く巻いていて、煮込んだ後醤油に漬けたもの。炙っていたのは片面だけだ。香ばしさと食感の変化を作っている。厚みもあって食べ応えがあるが、ほどよい柔らかさ。豚の脂身にある甘さも味わえる。太いメンマもサクサクした食感で、半熟煮卵もトロッとした黄身まできちんと味が染みている。
煮干し入りの卓上調味料3種類を試してみた。煮干しの入ったミルをゴリゴリ回して、粉になった煮干しを加えてみると、ほんの少量なのにスープの煮干し度合いが一段レベルアップする。米酢に煮干しを漬け込んだものは、少しさっぱりしながら旨味も増す。
最後に少し、煮干しを浸した油を足してみると、煮干しの香りと味がブワーっと感じられた。煮干し出汁の旨さを最終確認させられたかのよう。煮干し出汁というと、えぐみも旨さのうちに捉えられるが、『拉麺 瑞笑』のスープには気になるえぐみや苦味はない。
煮干し出汁のいい味だけがスープに溶けているのだ。
この旨味を引き出すために、煮干しは大きさの違う2種類を使っている。どちらも長崎産だ。はらわたや頭を取り除かずに、丸ごと一晩水につけてから、別に炊いているスープと合わせてさらに炊く。
合わせるスープは、鶏ガラと豚ガラをメインに香味野菜や鯛のアラなどを入れて半日かけてとったものだ。煮干し出汁と動物系スープを合わせて火をつけたら、苦味が出ないよう94℃をキープし、灰汁(あく)も丁寧にとりのぞいているのだとか。
淡麗醤油のカエシは全国から取り寄せた醤油3種類に、さらに煮干しを入れて炊いている。全体の濃厚さ底上げする豚の背脂も、店内で調理して準備する徹底ぶりだ。
丁寧な仕事が引き出す煮干し出汁の旨さをいつか世界へ
体調を崩した創業者に代わって2024年5月から店を運営しているのが倉橋朋希さんと高須勇真さん。倉橋さんは、長年中華料理の厨房に立ち、台湾でも腕を振るった経験を持つ。
数年前、趣味を兼ねた食べ歩きで『拉麺 瑞笑』の味に出会った倉橋さんは「このラーメン、めっちゃ丁寧な仕事をしている!」と驚いたそう。縁あって店を引き継ぐことになってからも、創業者が作った味をそのまま出したいと、材料や作り方を徹底的に引き継いで何ひとつ変更せずにラーメンを提供している。
中華料理出身の倉橋さんは『拉麺 瑞笑』のラーメンに関わって調理人として和食の出汁を見直したという。特に煮干し出汁のよさを、和食文化の一部として広く伝えたいそうだ。
一緒に店を切り盛りする高須さんも「この味は世界に通用すると思っている」と自信を見せる。国分寺発の煮干しラーメンが世界で“NIBOSHI”と呼ばれて愛される未来も遠くないだろう。
取材・撮影・文=野崎さおり