美しきフランス伝統菓子の世界『成城アルプス』(Since1965)
クラシカルで美しいケーキがショーケースに並ぶ。
「生前、父はよく売り場に立っていました。職人だからもちろんお菓子を作れましたが、接客が好きだったようです」
そう語るのは『成城アルプス』の2代目・太田秀樹さん。1999年頃、太田さんが修業先のフランスから戻ると、創業者である先代は主に販売を担当した。今もその思いは店員一人一人に引き継がれ、細やかに気を配ってくれるのがうれしい。
『成城アルプス』といえば、バタークリームも有名。「父の代からレシピは変えていません。あれで十分完成されています」と、深くうなずく太田さん。バタークリームは油脂分が多く日持ちするため、冷蔵庫で保管しながら使う店も多い。しかし、太田さんはいつも作りたてを使う。だから、舌触りがふわっとして、香りも澄んでいる。
生クリームが普及していなかった時代には、店頭にバタークリームの商品をたくさん並べていた。生クリームのケーキが主流になってからも、バタークリームを使ったロールケーキ「モカロール」は人気だ。生地とクリームのバランス、巻きの繊細さが織り成す食感、味わいなど、どこを取っても絶妙。頬張ると、幸せに包まれる。
素朴で味わい深い日々の癒やし『プレリアル成城』(Since2003)
駅を挟んで反対側には、太田さんが創業した『プレリアル成城』がある。『成城アルプス』と比べるとカジュアルで「街のケーキ屋さん」に近い印象。ショートケーキはどちらの店舗にもあるが「昔の生クリームは今より重かったので『アルプス』は重いまま」。逆に『プレリアル』はさっぱりした甘さで、それぞれ個性が分かれる。
『プレリアル』のショートケーキは、口に入れた瞬間生地が溶けるようにスーッと消え、生クリームと一体化して華やかな余韻を残す。聞くと、使用しているのはかなりキメの細かい薄力粉で、また、生地が乾燥しないように少量ずつ焼くのだという。
試作を重ね、一つ一つの工程をブラッシュアップし、それを積み重ねる。ケーキを味わううちに垣間見えたのは、職人の真摯な姿勢だ。上品さと、住宅地ならではの親しみやすさを併せ持つ成城の王道ケーキ。親子で作り上げたこの味を求めて、多くの人が足を運ぶ。
「僕もお客さまと同じように、昔から父が作るお菓子が好きだったんです。だから、これからも自分の味覚を信じて、みなさんに喜んでもらえるように作っていこうと思います」
子供から大人まで、地元が信頼する名店に
成城では、初めてのおつかいを『成城アルプス』で経験する子供が少なくないらしい。「外で待つお母さんの方を見てソワソワしている子がいると、どうしたの?って声を掛けるんです」と、店長の市川さんはニッコリ。少し慣れてくると、今度は家から一人で『プレリアル成城』までおつかいをしにやってくる。ここならきっと助けてもらえる、一人で行かせても安心だと信頼されている証拠だ。
取材・文=信藤舞子 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2024年9月号より