辻さんは、女性のいる場所における私の所作がガツガツし過ぎていると言う。「女の人がいるところで吉田と飲みたくない」とまで言っていた。確かに場を盛り上げようといつもより饒舌(じょうぜつ)になってはいたかもしれないが、自分としてはそこまでがっついたつもりはなく、私が釈明するとその後ちょっとした議論のような形になった。

お笑い好きの姉がそのライブを配信で見ていた。そして電話で父親に報告したらしい。後日、実家に帰った際、父親の部屋に呼ばれ「お姉ちゃんから聞いたけどのう……」と切り出された。女性問題で人生を狂わせる男性が世の中にはたくさんいるということ、欲望を制御して生きることの大切さなどを説かれた。肉親から色情狂めいた扱いを受けているのが不服であったが、特に弁解することもなく話を聞いた。

自分は女性に対してそこまで世間離れした欲望を抱えているとは思っていない。その場その場で空気を読み、今風の言葉で言えば価値観をアップデートしてもいるつもりだが、確かに、自分の判断がいつも正しいとは限らない。

父の話を聞き流しながら、いつしか私は先日のトークライブ終了後の打ち上げを思い出していた。

そういうのやめえって!

ふたりの共通の友人であるバンド「THEラブ人間」の金田さんと合流し近くの居酒屋に飲みに行くことになった。金田さんは仕事関係の友人のイラストレーターの女性と一緒であった。辻さんも彼女と面識があるようで、彼女のイラストを絶賛するなどしていた。

酒席は楽しく穏やかに進み、終電がなくなった頃に2軒目へ移動して朝まで飲む流れとなった。丸いテーブルを囲む席で辻さんと金田さんが話し込んでおり、取り残された私は女性との会話を盛り上げる必要性を感じた。私は彼女と初対面だし、どんなイラストを描いてどんな仕事をしているのか詳しくは知らない。

初対面なりの形式的な会話をしばらく続けた後、私が「肌綺麗ですよね」と彼女に言ったところ、辻さんがこちらをチラリと見て「悪い時の吉田が出てきたな」といった表情を見せた。過去に女性の同席する場で辻さんと飲んだ際にも、私が「好きなタイプはどういう人なの?」とか「デートはどういうとこ行きたい?」と合コンめいた台詞を口にするたびに辻さんの顔が曇り「口説こうとすな」と突っ込まれた。

私はもともと、ちょっと好みの女性と話すだけで顔が赤くなり、挙動不審になるようなシャイな男だった。中学や高校ではまともに女子と会話もできず、さりげなく女子に連絡先を聞ける男子を羨(うらや)ましく思っていた。

苦肉の策として大学生の頃に編み出したのが、ジローラモ的なラテン風軟派男のキャラクターを演じる手法である。たとえば酒の席で女性のお酒をひと口もらったりすると、「間接キスだね」などとわざわざ口に出して言う。あるいは必要以上に女性の目をじっと見つめ、「え、何?」などと聞かれると「あ、ごめん、見惚れちゃってた」とうそぶく。

もっとも、これは私にとってあくまでミニコントのようなものであり、それで女性を口説けるなどとは考えていない。あえて私に似合わないキャラクターを演じ大きな違和感を生じさせることによって、自分の照れやぎこちない会話の気まずさをかき消そうとしているのだ。あわよくば相手に「キモっ!」と突っ込んでもらい、場が少しでも盛り上がればもうけ物である。もちろん、そんな手法に頼らずとも気楽に話せる女性も数多くいる。だが今でも初対面のやや緊張する酒席になると癖のようにジローラモを演じてしまうのだ。

その後も、「かわいいってみんなに言われるでしょ」などと私が続けていると、たまりかねた辻さんが「そういうのマジでやめえって」と発し、10分ほど真面目に説教された。「吉田が普通の話をしてる時に、どうでもええおばさんから『かっこいいね』とか言われ続けたら嫌やろ」と叱られ、「それは確かにそうだ」と思った。

しかしイラストレーターの女性は私との会話を楽しんでいるように見えたし、自分も相手がどう感じているかを見極めながら話しているつもりなんだけど、と反論したい気持ちもあった。実際、後で女性に非礼をわびるDMを送ると「全然気にしてないですし、楽しかったので大丈夫ですよ!」と好意的な返信をいただけた。

ただよく考えてみれば、女性がどう感じたか以前に、そもそも一個人として女性と正面からまともに向き合わずにミニコントの登場人物として勝手に対象化するような私のコミュニケーションの取り方に辻さんは引っかかったのではないか。確かにそういうノリの時の私は、相手と話すというよりはそのやり取りを周囲の人たちに見せてツッコんでもらおうという意識が働いていた。対等な会話の相手として尊重されていない、と不快に感じる女性もきっといたに違いない。

私にとって初対面の女性と円滑なコミュニケーションをはかるためのジローラモ的キャラクターであったが、辻さんの言うとおり今後は慎んだ方が良いだろう。しかし十八番を封じられた私はこれから酒の席で初対面の女性とどうやってコミュニケーションをとっていけばいいのか。ただの無口なジメッとした男として数時間を過ごすしかないのか。今のところ対案は用意できていない。

※写真と本文とは直接関係ありません。
※写真と本文とは直接関係ありません。

文=吉田靖直 撮影=鈴木愛子
『散歩の達人』2024年5月号より

知人の飲み会で一度だけ会った文芸誌の編集者から連絡があり打ち合わせをすることになった。コーヒーをすすりながら「最近は何やってるんですか」「実家にはよく帰るんですか」と世間話のような質問に答えていたら数十分が過ぎていた。相手は私に仕事を頼むつもりだったのに、私の返答のレベルが低すぎたせいで「やっぱこいつダメだ」と見切られてしまったんじゃないか。そんな不安がよぎり始めた頃、編集者は突然「吉田さん、小説を書いてみませんか」と言った。私は虛をつかれたような顔をして「小説かあ……いつか書いてみたいとは思ってたんですけどね。でも自分に書けるかどうか」などとゴニョゴニョ言いながら、顔がニヤつきそうになるのを必死にこらえていた。本当は打ち合わせを持ちかけられた時点で小説の執筆を依頼されることに期待していたのだ。「まあ……なんとか頑張ってみます」と弱気な返事をしつつ、胸の内は小説執筆への熱い思いで滾(たぎ)っていた。
たまに地元の友人から「お前さあ、テレビとか出てるけど、女優さんと仲良くなって付き合えたりしないの?」と聞かれることがある。あいにくそのような経験はないが、その願望がないわけではない。ニュースで女性芸能人と一般的にあまり有名でない男性ミュージシャンが交際・結婚したなどと耳にするたび、「自分ももしかしたら芸能人と付き合えるのではないか」と淡い期待を抱いてしまう。
大学生の頃、地元の同級生で上京した男友達3人と合コンをやったことがある。女性側は、同じく中学時代の同級生A子が集めてくれたが、A子は用事があったようで「じゃ、楽しんで」と言うとすぐに帰っていった。