まるでギャラリー! ラベルは女将のコレクション
新橋駅から直結している「新橋駅前ビル」は、本格的な居酒屋や小料理屋がひしめく飲ん兵衛たちのセカンドリビング。1966年に創建されたビルだけに、建物の雰囲気も味わい深い。
ビルに入ってすぐ、酒屋の前掛けをのれんにした『立ち呑み 庫裏』を見つけた。外観から考えるに、日本酒専門のお店なのだろうか。
店に入ると、洗練されたデザインの日本酒ラベルがひとつひとつ額装され、壁一面に整然と並べられている。その様子は、まるで外国で見た教会の宗教画やお寺の本堂にある天井画のよう。実に壮観だ。
カウンターでキビキビと作業をしていた女将の栗原伊津子さんが「これはね、私が酒屋にお嫁に来た時からずっと溜めていたお酒のラベルなんですよ。酒蔵から糊をつけていない未使用のものを送ってもらってたから、折り目やシワもなくきれいに残っているんです」と穏やかに話す。
「ラベルはこの店をオープンするときに飾ることにしたんです。今はもうない酒蔵さんや銘柄もありますよ」
この店のオープンは東京スカイツリーと同じ2012年5月22日。母体は町田市南成瀬に本店があり日本酒をメインに数多くの銘柄を取り揃えている酒販店『さかや栗原』だ。
「うちの長男が先代の“日本の四季を肌で感じ味わってほしい”という思いをついで『さかや栗原』を経営しています。次男は料理の技を磨いて飲食店の道へ。『新橋駅前ビル』の地下1階で立ち飲みの『和酒Pub 庫裏』を営業しているんです」
さくっと飲むなら『立ち呑み 庫裏』、さらに酒肴や日本酒のラインアップが豊富な『和酒Pub 庫裏』と住み分けができていていいですね。
しかし、この酒のラベルは壮観ですね。
「ラベルを集めていたのはお酒の勉強をするためで、まさかこういう風に使うとは思ってなかったですけどね。1992年の級別廃止前の貴重なものもありますよ」
同じデザインでも色違いがあるなど、長年酒に関わってきた女将さんならではのマニアックなラベルもあるそうだ。そんな話を聞いていたらお酒を飲んでみたくなった。
お客の好みに合いそうなものを中心に豊富なラインアップ
メニューには全国各地から集まった日本酒がズラリと並んでいる。筆者はあまり日本酒に詳しくないのでどれにしようか迷ってしまう。
「この店では全国の蔵元さんから仕入れる季節の酒を提供しています。地下1階の『和酒Pub 庫裏』で仕入れたお酒のなかから、うちの店にいらっしゃるお客さんが好むものを選んでいます。常連さんはそれぞれ蓄積された日本酒の知識をお持ちなので、ボディが太いだけじゃなくてアルコールもしっかりあるようなお酒が多いです」
ほうほう、ツウ好みの店なんですね。でも、筆者のような初心者にも日本酒の魅力やおいしさを教えてくれるのが女将さん。漠然と好みの味を伝えたら、それに合うお酒を選んでくれるので気軽に相談してみよう。
「季節の酒がだいたい30種、熟成酒が10種くらいあります。それぞれ1杯80mlで、価格は300円から1000円くらいまで幅広いですね。売り切れ次第で終了なので、毎日のようにメニューが変わりますよ」
日本酒との出合いは一期一会なのだ。そんな特別感に一層胸がときめく!
せっかく来たからちょっとよそでは飲めない銘柄をいただいてみたい! 女将さん、筆者はちょっとフルーティーな日本酒が好きなんですけど、おすすめはありませんか?
すると、冷蔵ケースから「松みどり 純米吟醸S.tokyo 2022ver.」を出してくれた。
「『松みどり』は神奈川県・丹沢の地酒で、創業1825年(文政8)の中沢酒造が、幻の酵母と呼ばれる“S.tokyo”で醸した限定酒です。白ワインのように上品で、柔らかく軽やかな飲み口です。普段日本酒を飲まれない方にもおすすめですよ」
おお、すごいお酒が出てきちゃったけど、どんな味か興味津々。なかなかお目にかかれなさそうなので、これをいただいてみることにしよう。1杯80mlだから気になるお酒を利き酒感覚でトライできるのがいいですね。
女将さんが手作りするおいなりさんとポテサラも好評
さて、次は酒の肴を選ぼう。漬物や和え物が中心で価格は1つ100~350円と手ごろだ。そんな中、おいなりさんやポテトサラダ、味玉には“伊”のマーク。はて、これは!?
「私の名前、“伊津子”の“伊”です。このマークが付いているものは私が毎日手作りしているんですよ。おいなりさんやポテトサラダはよく登場するんです」
それはぜひいただいてみたい! 本日の肴(さかな)はおいなりさん200円とポテトサラダ100円に決定だ。その場で料金を支払うと、すぐに用意してくれた。
先に酒をひと口いただきます! 「松みどり 純米吟醸S.tokyo 2022ver.」は、甘みと爽やかな酸味とフルーティさがあり、まるでマスカットのよう。低アルコールでなめらかな口当たりが心地いい。ひとり酒宴のはじまりにふさわしい1杯だ。
続いて、大好物のポテトサラダ! これを楽しみにしていたからウキウキで箸を入れた。……ん!? よくあるマヨネーズだけで味つけられたポテサラではない。酸味がまろやかで、コクや旨味、なんとなく香ばしさもあるような……⁉️
「そうそう、常連さんが多いのでよく作るポテサラは味付けのアレンジを変えているんですよ。マヨネーズとオリーブ油をブレンドしたりね。今日は木の実を砕いて入れたドレッシング、あとレモンとジンジャーを加えています」。わあ、どうりでおしゃれな味付けなはずだ! もちろんお酒にもぴったり。
お酒をちびちびいただいて、おいなりさんへ。これも筆者の大好物。ご飯がファンシーな薄桃色になっていてこれまたカワイイじゃないですか。
酢飯に香りのいい紅生姜が混ぜ込まれ、そのまま食べてもおいしいのだが、甘じょっぱく煮た油揚げと食べるとさらにサイコー! お米でできているから当然、日本酒との相性はバッチリだし、小腹も満たせて一石二鳥。これはいいですね。
ちびちび飲み&もぐもぐ食べを楽しみつつ、隣で飲んでいた常連さんたちの話に耳を傾けながら約1時間の晩酌タイム。みなさんとはこの日初めて出会ったけれど、おいしいお酒を囲むと自然と和気あいあいとした雰囲気になった。
そんな雰囲気を作り出す『立ち呑み 庫裏』で一杯やって、偶然出会った人たちとお酒を楽しむのもいいものだ。
構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢