ご近所に愛される線路沿いの店。火曜日には朝ラーメンも
ラーメン店の『ガラージ製麺所』があるのは国分寺駅から西武多摩湖線沿いを8分ほど歩いたところ。線路沿いを北に向かっていくと、周囲にお店を見かけなくなり、この先にラーメン店があるとはちょっと信じられないほど静かだ。
「麺屋がらーじ」は2019年に一度閉店。店主の細尾昇平(
『ガラージ製麺所』として営業を再開したのは、コロナ禍の影響だ。
居酒屋ではお酒が出せず、テイクアウト販売も行ったが、細尾さん曰く「とてつもなく暇に」なってしまったことから打開策として営業を再開することにしたのだそう。居酒屋でもラーメンを出し、麺は他の店に卸してもいたので、閉店後も店の場所は製麺所として機能しており、再開も比較的容易だったのだ。
再開すると近所の人たちが「待ってたよ」と喜んでやってきた。「子供のころによく親と来ていましたが、覚えてますか?」などと話しかけてくる若者もいた。その様子は、こんなにも愛されている店だったのかと細尾さんが驚くほど。
醤油の香りがたまらないやさしい味の一杯
「麺屋がらーじ」時代はスープに鰹節なども使っていたが、『ガラージ製麺所』になってからはスープに使うのは鶏のみ。毎日食べても飽きないような、やさしい味にしているという。
注文した特製ラーメンは、立ち上がってくる醤油の香りに華やかさがある。スープの色は濃い目だが、ひと口飲むと、色の印象とは違って醤油の味が濃いわけではなく、まろやかで、かすかに甘い。自慢の細麺はツルツルしていて、舌触りがいいのもポイントだ。
理想に近い麺を提供するには、自分で作った方が早いと考えた細野さんは5年目から製麺を始めた。目指したのは「国産小麦を使った安全で小麦の味が感じられる麺」だ。
作っている麺は細麺のストレート。小麦は2つの製粉所から取り寄せていて、北海道産3種類を中心に、滋賀や岩手の小麦をブレンドするというこだわりぶりだ。小麦のミネラル、灰分が多いので少しくすんだ色をしている。
スープは幻の地鶏といわれる熊本の天草大王をメインに、名古屋コーチンなどのブランド地鶏を加えて、温度を調整しながら6時間かけてとっている。火曜日のみ朝8時から営業しているのは、実は火曜日がスープをとる日で、早くからお店にいる必要があるからなのだとか。
「天草大王は、知り合いの養鶏家から仕入れています。抗生物質を使う餌を食わせていないなど、こだわった取り組みをしている養鶏家です」
そのスープに加えているのが4種類の醤油。滋賀、和歌山、福岡、島根から取り寄せている。今では珍しい木桶を使った醤油作りを続けている醤油蔵ばかり。
特製ラーメンに入るチャーシューは、ロースと肩ロースの2種類。塩を軽く振ってからドライエージングして旨味を凝縮させるロースはやわから低温調理で柔らかく、肩ロースはオーブンで焼いて歯ごたえに特徴を出している。食べ比べるとギャップがあっておもしろい。この豚は、もう1つの店舗『燗酒屋ガラージ』の近くにある精肉店から仕入れているのだとか。
「その肉屋さんの肉がいいんですよ。『何に使うの?』と聞かれたので使い道を話したら、『それならこれ』と勧めてもらいました。さすがの目利きだなと思いました」
素材を作る人や選ぶ人へのリスペクトが、おいしさの要素
ロスジェネ世代でもある細尾さんが28歳でお店を開いた動機を聞いてみると、「おいしいラーメンを作りたいとか、飲食業で成功したいとかよりも、自分の居場所を作りたかったみたいな……」とのこと。当時と今では、ラーメンやお店づくりに向き合う姿勢に変化があるようだ。
それでもまじめにラーメンを作ったことで店は地域に愛され、10年後には2店舗目である日本酒がメインの居酒屋『燗酒屋がらーじ』 をオープンさせた。
そして「日本酒をしっかりやりたい」と各地の酒蔵を訪ね歩いた経験は、再開後の『ガラージ製麺所』の素材選びやラーメンづくりの姿勢にもつながっている。
「天草大王も醤油も、居酒屋の仕事を通して知ったものがほとんどです。ちっちゃな生産者さんたちが情熱を持っていい取り組みをされています。影響を受けて自分もいいもの作りたいと思うようになりましたし、そういう人が作ったものを使いたい」
素材の選び方には、作る人や目利きの職人への信頼と敬意がある。『ガラージ製麺所』のラーメンは、情熱を持つ人が作ったいいものを、感化された店主がセレクトした集合体なのだ。
取材・撮影・文=野崎さおり