電線は都市の血管だ!
石山蓮華さんは、お気に入りだという田端銀座商店街に、カメラと電線がプリントされた自作のバッグを持って現れた。「曲線的でゴチャっとしていて、蔦とか血管や神経を想像させる電線のフォルムが好きなんです。下から撮ると、よく表現できるんです」と、言いながら電柱にピタッと張り付き、腕をピンと高く伸ばして写真を撮りだした。なんと大胆な……。
「電線は動かないから、納得がいくまで好きな角度で撮れるのもいいんです」。
怪しいけど、人に迷惑はかけていない。「電線はインフラだから、紫外線や風雨にさらされながら30〜40年耐えうるほどの強度があります。人間と違って気持ちの上下もないし、どんなに重い愛情や歪んだ欲望をぶつけてもビクともしません」と、恍惚の表情でシャッターを切りまくる。
写真には、まるで意思を持った生命体を思わせる物体が写っていた。
「都市をひとつの生き物とするなら、インフラである電線は神経と血管。それが剝き出しで見えているのが生々しくてかっこいい。でも、大切なものなのに、誰も見てないし、知らないことだらけ。電線の見方がわかってくると、その面白さにどんどん開眼しますよ」というわけで、まずは基本的な見方を教えてもらった。電柱に架けられた電線には階層がある。一番上に引かれている太い線が6600Vの高圧線で、その下にはポリバケツのような形状の変圧器がある。そしてその下に、100〜200Vに変圧された電気を家庭やお店などに届ける低圧線。そのさらに下、地上5m以上からは30㎝刻みでNTTや光ケーブルなどの通信線が引かれている。ケーブルの色は青やオレンジなど、通信会社や地域によって色が異なるそうだ。
気になった形に名前をつけると俄然いとおしさが増す
八百屋や漬物屋などがある昔ながらの商店街を、上を向いて歩く。
「見てください!」。
石山さんが指差した先には、くるくるした線が。ラッシングロッドという、電線をまとめ、風雨によるたわみを軽減するためのものが何かの拍子に外れたようだ。「空中にこんな素朴な落書きみたいな線があるって素敵ですよね」。
お次は、電気メーターの横に何かを発見。「壁に這わせた電線を屋側配線というんですが、壁と同じ色にペンキで塗り込めた屋側配線を“光学迷彩”と呼んでいます」と石山さん。電線を分類して名前をつけて愛でるのも、電線愛好家の楽しみのひとつだという。光学迷彩の由来は、大好きなアニメ映画『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995)に由来するそう。
「あ、“南国”がありました!」電線の余った部分(余長)を円形に巻いて処理されたものを、石山さんは「南国」と名付けた。以前、ベトナムに行った時に、大きく巻かれた余長をたくさん見かけた。その印象が強く、南国独特のザックリ感や、丸い形に果実のイメージも重ねているという。「電線の形って、デザイナーがいるわけでもなく、機能的な意味合いしかないじゃないですか。それなのに結果的にこんなにカッコイイ見た目になっているところが面白いんです」。
ここで偶然にも、電線の工事現場に遭遇。俄然、テンションが上がる石山さん。だが、意外にもがっつきはせず、遠くから熱い視線を送るのみだ。「自分からはグイグイはいかないようにしています。以前、夜中に架け替え工事に遭遇して、見ていたら気持ち悪がられて怒られちゃって。でも、話しかけられたらつい話し込んでしまいます。お仕事の邪魔にならない程度に」まるで、運動部の先輩を遠くから眺める片思いの乙女のようである。すると思いが通じたのか、工事の方が話しかけてくださった! 遠慮がちに、でも超うれしそうに、質問を繰り出す石山さん。電線でこれだけ盛り上がることができるなんて、なんて幸せなんだろう。
「あれ、いい電線!」気がつけばこちらも、電線観察の面白さにすっかりハマっていた。今日は、10mを10分ぐらいかけて進んでいる。
「わかっていただけてうれしいです! でも、電線観察は奥が深いですよ。たとえば蔦が絡まった電線を定点観測して四季を感じたり、時間帯によっても表情が異なります。街によっても違いがあるんですよ」。石山さんは、知らない街に行く時には、いい電線がありそうな場所にアタリをつけるそうだが、街なら下町、温泉街ならひなびた場所、繁華街なら大通りから一本入った路地など、建物の密集度高く、忘れられそうな場所が狙い目だという。
「みなさんも、気に入った電線を写真に撮って『♯いい電線』をつけてSNSに投稿してくださいね」と石山さん。所構わず、一人でも楽しめて、しかもタダ。たとえ誰にも会えなくても、電線が張り巡らされた空とSNSでつながれる。電線観察は革命である。
最後に石山さん、「電線マニア」のキッカケは?
「電線を初めて意識したのは小学3年生頃。父の職場の近くの路地を通ったとき、ふと、昼間見る電線は生き生きしているなと感じたんです。高校・大学は写真部で、電線をよく被写体にしていましたね。社会人になって、『電線が好き』と言っても理解してもらえなかったので、魅力を伝えるために勉強するようになりました。すると、知れば知るほど面白くなって。今は、俳優業と並行してイベントに出たり同人誌を作ったりして電線の魅力を伝える活動をしています。伝道師として、電線が取り上げられるところには積極的に出ていきたいですね。」(石山蓮華)
知ればもっと面白い電線用語集
変圧器
引留具(ひきとめぐ)
クロージャ
取材・文=鈴木紗耶香 撮影=鈴木奈保子