穂村 弘 Homura Hiroshi
1962年札幌市生まれ。歌人。85年より短歌の創作を開始。90年、歌集『シンジケート』でデビュー。短歌のみならず、評論、翻訳、エッセイ、絵本などで活躍。『短歌の友人』で伊藤整文学賞、「楽しい一日」で短歌研究賞、『鳥肌が』で講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。

荻窪・西荻エリアに住んで15年という穂村さん。散歩を日課とし、三鷹まではご近所感覚で歩くことも多かったという。今日はその先の三鷹から武蔵境まで足を延ばし、玉川上水沿いを歩いてみる。

穂村 : このコースを歩くのは初めてですね。作家に限らず知り合いがやけに多く住んでいるので、三鷹はよく来るのですが。あと、この辺りは太宰がかつて住み、入水した場所でもあるということで、前から関心はありました。

ノートとペンを片手にゆっくりと歩き始めた穂村さん。

──いつもこのペースですか。

穂村 : はい、いつも後ろから来た人に抜かされているので、自分が誰かを追い越したときはびっくりします。

「以前、高井戸から三鷹まで玉川上水沿いを散歩した。今日はその続きのような感じ」

近所を歩くと意外と何かが起きている

──普段の散歩はどんな感じですか?

穂村 : 歩いて公園でご飯を食べて、本屋さんがあれば寄る。近くても遠くても、やることはいつもこんな感じですね。遠出しなくても、旅行している感覚が脳内によく発生します。知っている街でも初めての店に入って、何だか旅先みたいだと思うときってあるでしょう。そういう感じ。散歩の帰りはバスかタクシーにして、その分行きの距離を伸ばしたほうが楽しいと思っていた時期もありました。

一度も歩いたことのない道でさえあれば、近所でも何かしら発見があるので、割とどこまででも行けますね。何もないと思って歩いていても、意外と街では何かが起きているんだなと思います。川に落ちた酔っぱらいが板に載せられて引き上げられている瞬間に遭遇するとか(笑)。

三鷹の車両基地に架けられた大きな跨線橋の階段を上る。鉄格子に前足をかけた犬の下を次々と電車が通っていく。

穂村 : 犬は、電車を見たいというよりここから何が見えるのかが気になるのかな。いつも散歩していると、犬が気になって。すれ違うときになでたいんだけど、多分だめだろうなと思って我慢してる(笑)。

昭和4年(1929)に造られた三鷹電車庫跨線橋は、太宰治がよく訪れていた場所として有名。

公園を抜け、堀合(ほりあわい)遊歩道へ。引き込み線や国鉄の線路跡に造られた桜並木の緑道を歩く。

──短歌はふと思いつくものですか。

穂村 : 僕は作ろうとしないと作れない。締め切りがなければ作らないかもしれない(笑)。新聞や雑誌や短歌大会の仕事で、人が作った短歌を読んで選んで批評するという仕事が多くて。書く時間を意識的に作り出さないと、読んでいるだけで時間が過ぎてしまう。

──では、散歩しながらその場で詠むということは?

穂村 : あまりないですね。歩いているときは、自分が見ているものと関係のない言葉が頭の中にあって、その言葉が見ているものと結びついたときに短歌を思い浮かぶことが多いですね。意識の半分が脳の中をサーチしていて、目は常に泳いでいるような(笑)。

──初心者ながら短歌を作ってみたのですが、五七五七七の定型にもならなくて……。

穂村 : 僕もならないですよ。

──……最初の頃ですよね?

穂村 : いや、今も。短歌における言葉のリズム感を韻律感というのですが、運動神経のように個人差が大きくて。僕は昔から全然だめ。

──リズム感がなくても短歌はできる、と。

穂村 : 他の表現にも言えることですが、短歌の評価は減点法ではないから、欠点があってもほぼ問題にならないんです。ある一点に、その人だけの極端な特長があればそれでいい。

橋から玉川上水を見下ろすと鯉(コイ)が。「大きな鯉がたくさんいる。ちょっと怖いですね」。

──気軽に楽しむには、何から始めるのがいいでしょうか。

穂村 : 僕は仕事で、まったく経験のない人が作った短歌をたくさん読んでいますが、なかには誰が読んでもおもしろい、いい歌がある。学校の教科書で習ったことがハードルになっている人も多いのですが、今の言葉で書かれた現代短歌を一度でも読めば、「これでいいのか」とわかって、作れると思いますよ。

小雨が降るなか遊歩道から玉川上水沿いへ。境浄水場を見ると遠くの空は晴れていた。

── 新型コロナウイルスの影響で生活が一変し、感情の変化も著しい今だからこそ作れる短歌もあるのでしょうか。

穂村 : 今、新型コロナウイルスのことを短歌にするのも一つの表現だと思います。東日本大震災のとき、無数の人が津波の現場にいて、短歌を詠みました。小説は難しくても、短歌なら作れますから。千数百年前の万葉集の頃から、短歌には無数の生活者による臨場感のある記録としての側面がありました。もし公式の文書しかなかったら、当時の民衆の生活感情はわからなかった。今はSNSがそれに近い役割ですが。

小雨が降る桜橋のたもとにて。「見たものや誰かがすれ違い様に言ったことをメモします。普段はスマホに記録することも」。

松美橋近くに手書きの迷い猫の貼り紙を見つけ、しゃがみ込んでじっくり読む。

穂村 : 迷い猫の貼り紙があると、いつも熟読しちゃう。飼い主がすごく本気。切実感が他の掲示とは違いますよね。

雨雲が去り、江戸時代からの雑木林が保存されている境山野緑地へ。国木田独歩の『武蔵野』にゆかりがある土地柄、「独歩の森」とも呼ばれている。

穂村 : 初めて来ましたけど、武蔵野濃度が高いなぁ。「武蔵野」については結構調べたんだけど、定義がすごくわかりにくいですよね。

──わからないことを題材に、短歌を作ることは?

穂村 : あります。僕は普通の人が知っていることを極度に知らないから、仕事が成り立っています。いろいろなことがわかるようになったら、ご飯が食べられなくなってしまう(笑)。年とともに知識は増えていくわけだけど、自分が短歌を作るときにはその知識はほぼ使えない。以前、「世界中が夕焼け」というフレーズが入った短歌を作ったことがあるけれど、これは子供の頃の感覚を詠んだもの。大人になると「世界中が夕焼け」ということが物理的にないとわかって、実感的に書くのは難しい。ただ、物理的に正しくないからこそレトリックが意味を生じるわけです。

──理解できていなかった自分を思い出したり、知らないことを自分なりに想像したりして短歌ができるのですか。

穂村 : 僕はどちらかというとそう。初期衝動から生まれる短歌というか。典型的なのは恋愛がテーマの短歌。片思いのときはテンションが高いから、欲望や憧れを相手に投影し、その周囲を美化する。でも両思いになった瞬間からテンションは下がって、片思いのときに見えていた幻が見えなくなる。短歌を作るときには、現実よりもその幻こそが重要ですね。

境山野緑地でおもむろに枝を持つ穂村さん。「登山のとき父がよく枝を手渡してくれて」。

80代の父と子供の頃暮らした家へ

武蔵境駅方面に向かう途中、同行の編集者が昔住んでいたアパートがあり、話が及ぶ。

穂村 : 僕も子供の頃に住んでいた、いくつかの家を父と見に行きました。自分もこういうことをするようになったのか、と年を感じたなぁ(笑)。父が88歳だから、今のうちに何か聞いておかないとと思って。実際に父の話を聞いて、子供の頃の曖昧だった記憶が鮮明になりました。

住宅地にポツンと精肉店があり、道すがら「コロッケ売ってないかな」と言っていた穂村さんは店内をのぞくが、あるのは精肉のみだった。すきっぷ通りのアーチをくぐると、駅までの短い距離に商店が並ぶ。

── 今日の散歩、いかがでしたか。

穂村 : 普段の散歩と近かったです。あまり人がいない、木々の生えた川沿いを歩くことが多いので。違うのは、買い食いがなかったことくらい。

──多くの短歌を作ってきて、手応えを感じる瞬間というのはどんなときですか?

穂村 : 歌人によって言い方はさまざまですが、共通しているのは、自分が書いたような感じがしない短歌ができたら、それはうまくいったとき。自分のハンドリングで書いたものの出来は、そうでもないんです。僕はよく短歌の作り方を料理に例えて、サラダみたいに作ってはだめと言うんだけれど。たくあんや野菜炒めのように、発酵や加熱という過程を通して素材を不可逆的に変質させることが、本質的な表現だと思う。でも、すごい発酵や加熱が起きることは生涯で数回程度ですね。

発酵や加熱はブラックボックスだから怖いんです。ほとんどは浅漬けくらいにしかならない。どんなジャンルもそうだけれど、次の作品を作れるという保証がないなかで、ある程度持続的に作品を生み出し、ブラックボックスを通過できれば、表現の資質があるということ。

──今日、発酵したり加熱したりできそうな素材は……?

穂村 : 三鷹駅近くで玉川上水の地図を見たとき「出会うすべての橋に名前があって」とメモしました。これは歌の入り口かもしれない、と。同じ意味でも、「名前がない橋があるだろうか」と詠むほうがいいのか、まだわからない。

──続けると、歌の入り口の気配を嗅ぎ取れますか。

穂村 : そうですね。でも、これくらいの気配はみんなが嗅ぎ取ってしまう。「昔住んでいた家のドアを見た」とかも、それだけだとメロディーが必要な歌詞みたいな匂い。素材に加熱度がすごくあると感じたらその先を深めても伝わるけど、そこまでのテンションがない場合は、それ以上は踏み込めない。切り取るところは「ドア」でいいのか。「窓」や「ドアノブ」、「鍵穴」なのか。僕はパソコンで打って、全部文字にして見比べて考えます。

後日生まれたのが、この「玉川上水を歩いた日」という連作だ。歌の入り口を見つけながら近所を歩けば、今の景色は変わるだろう。

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玉川上水を歩いた日​

穂村  弘

新緑のなかにつぎつぎあらわれるすべての橋に名前があって

うねうねうねうねうねうねうね 鯉たちが呼んでないのに集まってくる

コロッケを買いたかったが売ってない純粋すぎる肉屋であった​

貼り紙の猫の写真と見つめ合う どこかで鳴っている鈴の音​

コロナウィルスどころか虫が飛び込んで暴れていますマスクの中で​

いくつもの橋を渡って指さしたむかし住んでた部屋の扉を​

「すきっぷ通り」一瞬びくっとしたけれどみんなふつうに歩いています​

 

取材・構成=川端美穂(きいろ舎) 撮影=武藤奈緒美
『散歩の達人』2020年6月号より