このところ自宅で過ごす時間が多くなり、本を読む時間が増えるかな? と思っていたが案外日々は気ぜわしい。そんななかで気分転換にと手に取るのは、繰り返し読んでいる詩集や歌集、そして「絵や写真のある本」が多かった。
1冊目は、6月号の編集作業をしながらたびたび思い出した、子供の頃にワクワクさせてくれた名作絵本。何も持たずに家を出て、道にある“しるし”に導かれて歩くだけなのに、最後には思いがけない場所へ。散歩は本来、シンプルでも愉快なものだ。
2冊目は大人の絵本。『百日紅』をはじめとしたマンガも大好きな、杉浦日向子さんの‟絵日記”ともいえる一冊。江戸の町が「かつてあった」ではなく「ある」と信じさせてくれるユーモアがたまらない。奥へ奥へと路地をうろついているとき、「どちらをお探しで」と声をかけられ「大工の八五郎さん」などとやっつける、そんなのもたまらない。
そんなふうに時空を超えた散歩も楽しいが、3冊目は、1973~1974年にかけて旧下谷区金杉下町の人々を取材したルポルタージュを。本の中では残された家族写真をもとに戦中・戦後の街の記憶を訪ねているが、今となっては1970年代の街の描写もとても貴重なものだ。小さな喫茶店でのやりとりも、映画館の二本立て看板も、もうそこにはない。それでも以前『散歩の達人』の取材で同じ場所を訪ねたときには、「今」だからこその出会いに心躍った。
この数か月で、おそらくどの街も、以前とは少しだけ違う表情になっているだろう。これまで取材でお世話になった人たちの顔、街の音、何気ない風景を思い出している。
『さんぽのしるし』五味太郎 著
「なんのしるし?」が楽しい名作絵本
のはらに出かける「うさぎくん」。何も持たず、目的地もなさそうで、「さんぽのしるし」をたどりながら歩いていく。散歩とは本来こういうものだよなあ。この絵本がピクトグラムや看板文字に興味を持つきっかけになった気がして、大人になってから買い直した一冊。1986年/福音館書店刊
『江戸アルキ帖』杉浦日向子 著
江戸の町を気ままに歩く不思議なガイドブック
「毎週日曜、江戸へ行くことにした」。そんな調子ではじまり、安永九年の神田・柳原では講釈場にひっかかり、天保十四年の日本橋で闇夜の汁粉屋の明かりを見、寛政十一年の雨の日にはわびしい風情の待乳山を眺める。タイムトラベルには免許が必要で、自分もと思ったら空席待ちらしい。1989年/新潮文庫
『一銭五厘たちの横丁』児玉隆也 著/桑原甲子雄 写真
「氏名不詳」の家族から浮かび上がるもう一つの昭和史
昭和18年(1943)、出征兵士に送るために撮影された写真に写る“留守家族”のその後を訪ねたルポルタージュ。「古いネガから過去を追ったはずの私の追憶が、実は未来につながるとすれば、私の足は、重い。/ひどく、重い」。最後の一文にいつも揺さぶられる。1975年/晶文社刊(岩波現代文庫版もあり)
ついでにもう一冊!『ほじくりストリートビュー』 能町みね子 著
好評連載中の「ほじくりストリートビュー」の単行本。6月号特集では、著者の能町みね子さんがいつもどんなふうに散歩の下調べをしているのか? その秘密をコラム「バーチャル散歩講座」で教えてくれました。こちらはいわば、下調べ+実践編を含むテキストともいうべき一冊。道の形、傾斜、建築、風景住宅、行き止まりなど、街を観察する視点もぜひ参考にしていただけたら。
ちなみに能町さんの散歩・旅の著書では『逃北 つかれたときは北に逃げます』(文藝春秋刊、文庫版もあり)もおすすめです!
文・撮影=渡邉 恵