読んでいたらどうしても現地に行きたくなって矢も楯もたまらなくなったを選ばせていただいた。著者はイラストレーター、小説家、映画監督と様々。全体的な脈絡はないので個別に紹介します。

1980年代最高の散歩の達人の一人だった矢吹申彦の『東京面白倶楽部』を読んだのは二十歳の頃。読んで出かけたのは、「下北沢マーケット」(=暗くてびっくり!)、目白のそば屋「翁」(=泣きたいほどうまかった)、青山のフィリピン料理「カフェ・セントラル」(=名店だが私にはまったく理解できない味)、立ち食い時代の「恵比寿ラーメン」(=佇まいに感動。味は普通)ほか。消えた物件も多く、イラストは貴重な証言でもある。

4年前、荒川区に記念館ができたのがきっかけに吉村昭を読み始めたが、もっと早く読めばよかったと思っている。『東京の下町』は、日暮里駅を谷中側ではなく繊維街方面に降りてみたくなる名随筆。しかし日暮里近辺の話ばかり、このタイトルで正解なのだろうか。「町の出来事」の章、近所で窃盗や交通事故などとんでもない事件が起きたとき「空気が白く泡立つ」という表現に鳥肌が立つ。

ドキュメンタリーは嘘をつくとうそぶくモリタツの『東京番外地』はワケアリの土地を巡る15章のルポ。小菅拘置所、歌舞伎町、松沢病院、山谷、芝浦食肉市場、皇居、多磨霊園。『A』『放送禁止歌』などの映像作品とともに読むといい。いつか皇居がらみのモリタツ作品を見られる日がくるだろうか。

『東京面白倶楽部』矢吹申彦=絵と文字

いかにも散歩的な80年代イラストコラム

「処」「味」「物」「人」に分かれ、独特の絵と文章で東京を語る90章。物は「さるや」の楊枝や「うぶけや」の包丁、人は内田百閒や古今亭志ん生、鈴木慶一などが登場。脈絡あるようなないような自由気ままなセレクトがいかにも散歩的。各1ページ~見開きでテンポがいい。1984年/話の特集刊(絶版)

青山セントラルアパートにあったフィリピン料理「カフェ・セントラル」の紹介ページ。※矢吹さん本人の許可をいただき掲載しています

『東京の下町』吉村 昭著

一流の文章とはこういうこと

「夏祭り」「黒ヒョウ事件」ほか全18章。記憶を頼りに戦前の思い出をぽつりぽつりと語るような文章だがスキがない。名人の落語を聞くような読書体験。第10章の偽学生と食べた「カレーそば」がいかにも旨そうで、以後私も何度かそば屋で注文したが旨いと思ったためしがない。絵・永田力/1985年/文藝春秋社刊

『東京番外地』森 達也著

ワケアリの東京さんぽも面白い

各20ページたらずなのでルポルタージュとしては短すぎる章もあるが、モリタツの名もなき人間への共感する姿勢がよくわかる。都立松沢病院を散策する章で、パリ人肉事件のS川君を“友人”と言い切るのも印象的だった。表紙はかつて散歩の達人でも連載していた糸崎公朗氏の「フォトモ」作品。2005年/新潮社刊

ついでにもう一冊!『日本ジャズ地図』」

いつか全部巡りたい! 全国のジャズ喫茶69軒

最後に3月の私が担当した新刊を紹介させてください。北海道から沖縄まで、全国の名ジャズ喫茶69軒を紹介した、ありそうでない一冊。ライター常田薫とカメラマン谷川真紀子が全国行脚して取材、日本独自の文化と言われるジャズ喫茶の肖像が垣間見られます。このすべてを回るのが、定年後の私の夢です。

文・撮影=武田憲人