例えば、割烹系の内観にフラっとやってきて「ここ、いいよ」とマスターが席に通してくれるとする。そのまま席に座ると、何も言わずに甲類焼酎ボトルとホッピーが目の前に置かれる。それを飲みながら、本日のおすすめが書かれた黒板に目をやると、大好物が目に飛び込んでくるもんだからマスターにお願いする。それをアテに飲(や)っていると、店が混み始める。マスターが忙しそうなので、客が帰った後の食器を片づけたり、出来た料理を配ったりのお手伝い。もちろんその合間にも酒をあおり、料理もしっかり食う。なんなら、客が頼んだ料理を真似してマスターに追加でお願いすることもあるだろう。最後は「ごちそうさま~」と言って店を後にするのだ。ちなみに代金は……その時のマスター次第。

いや、そんなのあり得ない!と思われるが、その通り……絶対にあり得ないことだ。でも、もしかすると店の関係者ならばあり得ないこともない。例えば引退した先代のマスターならば、店の様子見を兼ねてそんな飲み方も可能かもしれない。といっても、先代だからこそあえて店には顔を出さないかもしれない。

“自由酒場”とでも言おう。やはり、そんなのは夢物語なのだろうか。

西武新宿線の下落合へやってきた。この路線には過去にだいぶお世話になっていたが、ここも本当に思い入れが何も浮かばない駅のひとつだ。意外と新宿区ということ、くらいか。とにかく、影の薄い駅のひとつであることは間違いない。その駅から目と鼻の先にあるのが『鳥ふじ』である。

焼き肉屋とそば屋に挟まれた外観は、“鳥ふじ”と大書された白看板と白のれん、店先には2階のインド料理屋の大きなノボリが被っている。正直、めちゃくちゃ魅力的とは言えない外観ではあるが、長い酒場めぐりの勘が冴える。

ただならぬ気配……中に入って、答え合わせだ。

おっ、おっ……おおーー! 奥に長い店内は、半分がネタケースカウンターでもう半分がウッディなテーブル席。奥には座敷がある。民芸風の照明と天井には立派な木材の梁(はり)。ああ……これは私の大好きな割烹風じゃないか。もうこうなればウキウキ♪しかない。「いいなぁ、いいなぁ」とつぶやきながら店の中央席を陣取る。

席の横には酒作り用のコックピットがあり、次々と酒が運び出されていく。よし、私にもお届けしてもらおっと~。

うふっ、今日もしっかりホッピーセットだ。氷が強めの焼酎の水位は40%というところ。

トットットッ……(ホッピーと焼酎がグラスで合わさる音)……ごくんっ……ごくんっ……、チュッハ──ッ! 今夜もサイコーにウマい! 木製テーブルの触り心地もいいので、さすりながら壁のメニューからアテを探そう。

先陣を切ったのが「煮込み」だ。おほっ、シンプルイズベストですねぇ。茶系スープに豚モツ、豆腐、大根、ニンジン、そこにネギがパラリの王道タイプ。ただ、見た目はシンプルでもお味はド派手なウマさ。なんといってもモツがこれでもかと柔らかい。他の具も負けじとちょうどよくスープとなじんでいる。最近、なんだか煮込み運がいい。

続いて「ナマコ酢」だ。とぅるんと音が鳴りそうなツルイツルのボディ、オレンジ強めのもみじおろしが映えている。

うまいっ! 酢の締まり具合と、歯に伝わる低反発なヌルコリの食感がすばらしい。実はナマコ酢をあまり食べたことがないが、今日から率先して食べよう。

 

「それでね……」

「うん、うん……」

いつの間にか、向かいのテーブルにはご夫婦らしきマダムとムッシュが2人で楽しそうに飲(や)っていた。ほんと、いいですねぇ。私もいつかは、こんな風にまだ見ぬ妻と語らいたい。

そんな夢物語を思い描いていると「おまかせ刺し身盛り合わせ」が運ばれてきた。今の妻は君たちでいい。マグロ赤身、ハマチ、イカ、サーモンの四点盛り。ハリのあるマグロ赤身、旨脂にまとわれたハマチのおいしさ。イカなんて鏡面加工が施されており、ツルツルの歯触りがたまらない。

あと、サーモンがウマい。口に入れるとしっかりと形は留めながらも、とろりと舌にとろける。サーモンは刺し身としてもっと地位を確立してもいいと思っている。

目に入っちゃうとどうしても頼んでしまうのが「肉じゃが」だ。今夜は、特に頼んでよかった。熱々の器に巨大メイクイーンと共存してバラ肉や玉ねぎがタップリ。

しみしみのメイクイーンは、出汁の効いた甘めの味付け。バラ肉や玉ねぎからの旨味もしっかりと行き渡っていて、メイクイーンだけをあと3つほどおかわりしたい。こういうやつですよ、肉じゃがはこういうやつですよ。

 

何がいいって、この店の雰囲気でメニューもオールマイティなところ。ずっといられるタイプの酒場だ。だから今夜は長居しちゃおう、うん、そうしよう。ビシッと垂直に手を挙げて「ホッピーのナカください!」と店員さんにお願いすると、あることに気が付いたのだ。

向かいのテーブルで飲(や)っていたはずのマダムが、酒作り用のコックピットで酒を作っていたのだ。あれ……これは一体……? その酒のひとつは私のおかわりナカであり、直ちに目の前で渡された。

仕上げの「ネギマ・スナギモ・ツクネ」も同時にやってきた。ネギマは、私好みの焦がしネギと表面がカリリとした正肉。スナギモは塩のあんばいがちょうどよく、ツクネもムッチリ、ふっくらで美味……なのだが、やはりマダムの動向が気になってしょうがない。

その後も観察していたが、酒作りを手伝うのはもちろん、他の客の食器を片づけたり料理を運んだりと、やっていることは店の従業員と変わらない。だからなんだ、という話かもしれないが……このマダム、その合間にしっかりと“酒を飲んでいる”のだ。先に言った通り、私の夢物語に“好きな酒場で自由に飲み食いする”がある。自由酒場……マダムは、まさしくそれを体現しているのだ。

 

あっ、今度はお酒飲んでいる。

うらやましい。こんな雰囲気の酒場で飲(や)りながら、気分次第でお手伝い……とにかく、うらやましいである。ただの客ではなく、この店の関係者であるのは間違いないだろうが、目の前で起こっている夢物語をうらめしそうに眺めながら酒を飲み続けるのだった。

あっ、またお手伝いをはじめた。

私の自由酒場は、どこかにあるのだろうか……。

『鳥ふじ(とりふじ)』

住所: 東京都新宿区上落合1-16-1
TEL: 03-3371-8091
営業時間: 17:00~00:00
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。

取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)