川奈まり子 Kawana Mariko

怪談作家。日本推理作家協会会員。5000件以上の怪異体験談を集め、語り手としても活躍する。八王子の怪談を集めた『八王子怪談』(竹書房)は続編も出るほど大ヒット。最新作は『実話奇譚 狂骨』(竹書房)。

霊気あふれる八王子。まずは八王子城跡へ

文化庁の「日本遺産」に高尾山が登録された2020年、こんなコピーが躍るポスターが街に飾られた。「霊気満山 高尾山」。確かに高尾山は信仰の対象でもあり、古(いにしえ)の時代からの聖地だ。そしてその麓、八王子もまた霊気あふれる場所として知られ、全国的に見ても有数の怪奇スポットだという。

『八王子怪談』の著者で、自身も幼少期に八王子の新興住宅地で育ったという川奈まり子さんと共に、いわくつきの場所を巡ろう。

まず、足を向けたのは八王子城跡。

戦国時代末期、北条氏康の三男、氏照が治めていた地だ。この城は天下人、豊臣秀吉の軍勢の手により、一晩のうちに落城したという史実が残る。川奈さんはまず、この悲しい歴史について語ってくれた。

「豊臣軍1万人に対し北条方は3000人程度。そのうち本当に戦えた人は1000人にも満たなかったそうです。そして、女も子供も関係なく惨殺されてしまった。そのため悲しい言い伝えも数多く残されています」。

八王子城跡は鬱蒼(うっそう)とした森の中にある。澄んだ空気が流れているが、そんな歴史があったことを知ると、急に背筋にひんやりしたものを感じる。

「文化が上塗りされると風化が早まるものですが、八王子城は祟りを怖れた徳川家康が封印し禁足地にした。悲劇の物語がさらに人々の想像をかき立て、ファンタジーも生まれた。八王子城の周辺はそうして民話が生まれ、保存されていったんです」。

八王子城跡内。御主殿跡へと続く曳橋。
八王子城跡内。御主殿跡へと続く曳橋。
行く道は江戸時代に作られた古道だ。
行く道は江戸時代に作られた古道だ。

御主殿の方へと歩いていく。ここは氏照の館があったとされる場所だ。
八王子城跡は実に広く、東京都内とは思えないほど自然味があふれる。

「これからも八王子城の発掘や研究は進むはず。なにせ、見学できるエリアは敷地のほんの一部。『掘れば何かしら出てくる』と言われています」。

調査で礎石や氏照ゆかりの品が見つかった御主殿跡。
調査で礎石や氏照ゆかりの品が見つかった御主殿跡。

八王子城の悲劇は切ないものだが、決して忘れてはならない出来事でもある。多くの人が身を投げたという御主殿の滝の音を聞きながら、そんなことを思った。

三日三晩血で赤く染まったという御主殿の滝。供養のため赤飯を炊いたところ、川の色が透明になったという。
三日三晩血で赤く染まったという御主殿の滝。供養のため赤飯を炊いたところ、川の色が透明になったという。

江戸時代は禁足地だった城跡。ほかにも奇怪な言い伝えばかり

それにしても八王子にはなぜこんなにたくさんの心霊スポットがあるのだろう。その要因の一つとして、川奈さんはその土地柄を挙げる。

「八王子は古から外の人に対し閉鎖的な部分があるかもしれません。室町時代から住んでいた人と江戸時代に住み始めた人の間でも軋轢(あつれき)があったはずです」。

そして、昭和に入り新たな歪(ひず)みが生まれたと続ける。

「ドーナツ化現象で、私の親の世代が郊外へと居を移してきました。私は世田谷から越してきたんですよ。新しい人の流入と古い文化の間でも歪みが生じます。ニューカマーと古くからの住人たちとでは、ライフスタイルも考え方も異なっていました。また、人が増えたことで急に高校のレベルも上がり、ドロップアウトしていく人たちも出てきた。八王子は暴走族が多かったといわれますが、その裏にはこんな背景もあったように思うんです。そして暴走族たちは橋やトンネルや、肝試しに行く。挙げ句、仲間が亡くなって『祟りのせいだ』なんて話も多々生まれるんですが、本当は暴走行為が原因ですよね。八王子に限らず祟りのせいにしてしまう話は多いんですよ。たとえばトンネルは単純に危ないですよね。出た途端にカーブがあったりして……」。

八王子第二トンネルで取材班の背筋もぞくり

そんな話をしているうちに見えてきたのが次のスポット、八王子第二トンネルだ。2つのトンネルが連なっているが、奥は工事がストップしたままになっている。周囲には緑が生い茂り、異世界に迷い込んでしまったようなおかしな感覚を覚えた。

「このトンネルに関してはどうして心霊スポットになったのかは分からないんですよ。いつの間にか霊が出るといわれるようになりました」と川奈さん。

八王子第二トンネル。テレビなどでも有名スポットとして取り上げられる。向かって左側が未舗装のままだ。
八王子第二トンネル。テレビなどでも有名スポットとして取り上げられる。向かって左側が未舗装のままだ。
取材時は作りかけのトンネルに入ることができた。
取材時は作りかけのトンネルに入ることができた。

なんと、心霊スポット巡礼ツアーを組みこのトンネルに案内するタクシー会社もあるという。

「そのタクシー会社の方がこのトンネルにテレビ局の人を連れていったら、電子機器が急にハウリングを起こしたとか。所以(ゆえん)はないのですが、それゆえに不気味さを感じますね」。

取材時には汚れた子供服や、画面の割れたパソコンなど、トンネル内に放置された遺物が取材班を震えあがらせた。誰が何のためにこんなものを放置していったのだろう。

古い子供服が捨てられていて不気味。川奈さんも思わずパチリ!
古い子供服が捨てられていて不気味。川奈さんも思わずパチリ!

夕暮れの道了堂跡。静けさに時代の移り変わりを思う

最後に訪れたのは川奈さんにとってもなじみの場所、道了堂(どうりょうどう)跡だ。川奈さんの幼少期の遊び場だったという。彼女は八王子に引っ越してきた1976年当時をこう振り返る。

「このあたりはとても不便な場所だったんです。私たちが引っ越した頃は八王子バイパスもありませんでした。土地をならしながらどんどん家も建っていった時代。当時は公園もまだ整備されてなくて空き地も多かったのですが、そこはボール遊びをする男子の場所。私たちにとっては道了堂が遊び場だったんです」。

道了堂跡は片倉駅から徒歩30分ほど、大塚山公園の高台にある。
道了堂跡は片倉駅から徒歩30分ほど、大塚山公園の高台にある。

道了堂は永泉寺というお寺の別院として1874年に建立されたお堂だ。

時代がくだり1963年、二代目堂守の老婆が物取りに殺されてしまうという痛ましい事件が起きた。川奈さんが引っ越してくる13年ほど前のことだ。その後廃墟となっていたが、1983年に不審火によりお堂はついにその姿を失った。

数年ぶりにこの地を訪れたという川奈さん。

「ちょっと前とも様子が違いますね。以前よりも整備されています。もともとここに拝殿があったんですが、思ったより小さいですよね。子供のときのイメージではもっと大きく感じていました」と話す。

堂の跡地は苔むしていてなんとも雰囲気がある。
堂の跡地は苔むしていてなんとも雰囲気がある。

明治時代、養蚕が盛んだった八王子。『絹の道』としてこのあたりは交通の要衝だった。

「多くの人がお金を出して建てたお堂なんです。栄えていた当時はお土産屋さんも並んでいて、大変にぎわったようですよ。そういった思惑と全然違うことになってしまい……そして、時代も変わっていったということですね」。

100年以上前ににぎわっていたお堂周辺を思うと少し切なくなってしまう。

地蔵や古い碑などが時代を感じさせる。
地蔵や古い碑などが時代を感じさせる。

夕暮れ時を迎え、秋虫の声が大きくなった気がした。そんななか、川奈さんは自身の体験談を語ってくれた。

「私が子供の頃は道了堂を心霊スポットとは思っていませんでしたね。でも、こんなことがあったんですよ。友だちとお堂で遊んでいたときに、見知らぬ姉弟に会ったんです。一緒に隠れ鬼をしたのですが、私が隠れていたお堂の押し入れの暗がりに、お姉さんが現れたんです。でも変ですよね。誰もいないから私はそこに隠れたんですよ……」。

川奈さんは幼き日を懐かしみながら、史跡も多いこの場でも怪談を披露してくれた。
川奈さんは幼き日を懐かしみながら、史跡も多いこの場でも怪談を披露してくれた。

道了堂のある鑓水(やりみず)地区にはほかにも、女性の幽霊が出るという鑓水公園など心霊スポットが多い。

「歴史がある土地、古くから人が住んでいる場所は怪談が多い。八王子は歴史ある街だし、空襲の被害も大きかったので最近は戦争の怪談も多いですね」。

今回は3つのスポットを巡ったが、怖くて気持ちが悪いというよりは、なるほど、歴史の深い場所らしい、その厳かな雰囲気に気圧された。八王子はやはり、霊気に満ち満ちた不思議な街なのだ。

「私の書く怪談はインタビューを書き起こしたままにはならないんです。体験や土地の歴史を調べるうち見えてくるものがある。怪談の裏側にあるその何かこそ、本当は大事なのかもしれませんね。そう、八王子の怪談は、まだまだいっぱいありますよ」。

あなたの目でお確かめあれ《八王子市内の怪奇スポット》

◉ 八王子霊園

八王子城跡から徒歩25分ほどの場所にある、都内有数の巨大霊園。なかでも東門の電話ボックスで心霊体験が続出しており、多くの人に知られるスポットとなった。霊園を歩いていた人がなかなか抜け出せなくなったという不思議な話もある。

◉ 廿里(とどり)古戦場跡

武田軍と北条軍が戦った古戦場。この地と八王子城を結ぶ直線上には一軒だけしか家が建っておらず、その家では心霊現象が多発したという。川奈さんはこれに加え、高尾山を合わせた三角形を八王子トライアングルと呼んでいる。

◉ 高尾みころも霊堂

高尾駅から徒歩5分、八王子市狭間にある霊堂で、産業殉職者の遺骨が収蔵されている。11階建ての黄金の慰霊塔は不思議な雰囲気にあふれ、高尾駅のホームからも眺められる。この霊堂に向かう白装束の人々を見たという体験談もある。

◉ なかよし跨線橋

西八王子駅から徒歩10分ほどの場所にあるなかよし跨線橋(旧学園前踏切)。JR中央線の線路の直線が続きスピードが乗りきる地点で、以前は踏切事故が絶えなかったため、橋が架けられた。多くの八王子民が恐れる有名スポット。

◉ 旧小峰トンネル

八王子市と青梅市を結ぶ秋川街道の外れにあるトンネル。女性や子供の霊が出ると話題になった。この周辺には元々怪談が多く、小峰峠の上のほうに位置する山寺には無縁仏の墓があり、大きな火災により亡くなった人々が眠っているそう。

◉ 小仏トンネル

八王子市と相模原市をつないでいるトンネルで、心霊現象が数多く報告されてきた。トンネルのある裏高尾付近にはかつて宗教団体の水子供養園があり、肝試しスポットとして知られていた。現在は関係者以外立ち入り禁止の区域となったそう。

◉ 鑓水公園

南大沢駅からバスで11分、道了堂と同じく鑓水地区にあるこの公園も霊が出る場所として有名。特にトイレや、トイレの鏡についての怪談がある。八王子にはこの鑓水公園以外にも、公園に関する奇談が多く残っている。

◉ 大和田刑場跡

江戸の三大刑場に数えられた大和田刑場があった場所。大和田橋という橋は太平洋戦争のときに機銃掃射を受け、今もその銃跡が残されている。八王子市は八王子空襲でもたくさんの人が亡くなっており、戦争にまつわる怪談も多い。

◉ 秋川

あきる野市との市境、秋川沿いにも怪談が残る。かつては水難事故も多く、現在は遊泳が禁止されている。付近の高月城跡の辺りにある「ホテル高月城」というラブホテルの廃墟も心霊スポットとして有名。滝山城跡(滝山公園)も近い。

取材・文=半澤則吉 撮影=加藤昌人
『散歩の達人』2023年11月号より

東京・八王子市にそびえる陣馬山を拠点に活動を行っている「森と踊る」。私たちがイメージする林業とはちょっと違うユニークな取り組みを通して森の未来のために、生物の多様性を回復すべく奮闘している。
多摩地区の最大都市にして、歴史・伝統文化に育まれた八王子は、地元住民たちから愛を込めて「東京の田舎」と呼ばれるほど、のどか。でも、それだけでは収まらない独特な空気感も放つ。その根源、ヒトにあり!?
全国に店舗展開する一大書店グループ、くまざわ書店。その歴史は明治時代中期、八王子の地ではじまった。100年超にわたって引き継がれてきた書店業について、代表取締役社長の熊沢真さんに、お話をうかがった。 ※MAPのデータは2023年10月時点のものです
明治時代に織物の街として発展した八王子。現在は、ネクタイ地の有力産地でもある。1964年の東京オリンピックで入場式用ネクタイに採用されたのも、何を隠そう八王子産。一流の大人を目指すなら、八王子のネクタイを身に付けるのがいい。