「なんだか髪の毛みたいだな」
まるで髪の毛のように、ビルの上層階から生えた植物。ライターの小堺丸子さんは、ビルに根ざす植物を「ビル毛」と呼んで鑑賞している。
「ビル毛が気になり始めたのは、2年ほど前です。当時、体力づくりのために、会社から家まで、毎日ウォーキングして帰っていました。きょろきょろしながら歩いていたら、最初のビル毛に出会いました。最初にこのビルを見た時、『なんだか屋上の植物が髪の毛みたいだな』と思って、写真を撮ったんです。
そこから、同じように屋上に植物が生えたビルを見かけるたびに、写真に撮るようになりました」
「最初のビル毛に出会ったすぐ後に、写真のビル毛にも出会いました。ロックな感じですよね。他にも、産毛みたいにふわふわ生えたものがあったりと、植物の密度の違いで、髪型がいろいろなのもいいなあと思ったんです」
ビルとセットで鑑賞する
ビル毛は、ビルの佇まいとセットで鑑賞するのがおすすめだ。
「ビルの上に見える植物は、毛のようでもあり、器に植えられたお花のようでもあります。生け花では器とお花をセットで愛でるように、ビル毛も建物と植物を一緒に味わうのがおすすめです」
ビル毛に出会いやすい街はあるのだろうか。
「ビル毛の鑑賞を始めた当初、私が毎日のように歩いていたのは、秋葉原から押上方面にかけてのエリア。あのへんは中小企業が多いので、低層階のビルがたくさんあるんです。そういう低層階のビルのほうが、ビル毛は見つけやすいですね。
また、新しい建物よりも、古い建物のほうがおすすめです。商業施設みたいな狙った緑ではなく、古い建物に生えた木のほうが味があるんです。
ただ、古い建物ほど、“毛”の部分や、ビル自体がなくなってしまうことも。どんどんなくなっていく景色でしょうから、見つけたら、あるうちに記録しておきたいですね」
一方、都心であっても、時折ビル毛に出会えるので気が抜けない。
「写真は、引きでようやく撮れるような高いビルの上に見つけたビル毛です。新宿の高層ビルでも、ビル毛を見かけたことがありました。
気づかなかったけれど、植物って建物の上にもあるんだな、と。それを楽しんでいる人たちもいるっていうことですよね。ビル毛を見始めるまでは気づかなかったことです」
近づきすぎると見えなくなる切なさ
ビルの上という、意識していなければ目を留めない場所だからこそ、思わぬ角度から不意に発見できる楽しさもある。
「写真は、高い建物に囲まれた、坪庭のようなビル毛。左側から歩道を歩いていた時には気づかなかったんですが、振り返ったときに『あった!』と。見つけるとテンションが上がります。
両脇のビルに身長では負けているものの、頑張っておしゃれしているような健気さを感じますよね」
「写真も、屋上にふわっとしたビル毛が生えた建物です。実は、隣にあるギャラリーにたまに行くんですが、ビル毛に注目していた時には気づいていませんでした。もう一度撮影しようと訪れたところ、『あ、隣はあのギャラリーだ!』とびっくりしました。こうした発見もありますね」
「街の路上園芸は、土地がないなりに植物を楽しもうという思いの表れ。それが、建物の上でも行われているんだな、と思います。遠くからそれを愛でるのも楽しいですよね。自分だけの空間を覗き見させてもらっているというか。これを育てている人はどんな人なんだろう、と考えたりもしますね。
近づきすぎて見えなくなると、それはそれでキュンとします。ちょっと離れたところからしか見えないのは、切ない恋のようです(笑)」
ビルの上という、滅多に立ち入れない場所に、思い思いの植物を植え、秘密の花園のように楽しんでいる人たち。ビル毛の向こうに広がる光景をつい想像したくなる。
偶然を楽しみ、目線をずらすことで広がる世界
ちなみに、小堺さんが日々ウォーキングの際に、必ずやっていることがあるという。
「ビル毛の多い下町エリアには、お酒の自動販売機が結構あって。お酒の自動販売機を設置できるのは、お酒を扱っている問屋さんや酒屋さんの前。今はコンビニでお酒が買えることもあって、なかなか見つからないんです。見つけたら、1本買うと決めています」
「専門店の前の自動販売機だからなのか、『見本缶』と書かれたレアな缶が出てくることもあります」
デイリーポータルZを始めとする様々なWebメディアで、ライターとしても活動する小堺さん。旅先で偶然出会った人におすすめの場所を聞いて巡る「地元の人頼りの旅」や、一つの商店街で売られているパンと具材を使ってサンドイッチを作る「商店街サンド」 、繁盛しているお店の隣のお店を訪れる「行列のできる隣の店にいく」など、偶然の出会いを楽しむ記事の数々が魅力だ。
「地元の人頼りの旅は、ガイドブックだけじゃおもしろくないなっていうところから発想しました。人づてに訪れた先で『●●さんに教えてもらって来ました』というと、すごく喜ばれるんです。『あの人、ここをおすすめしてくれたんだ』って。
商店街サンドにもそういう要素がありますね。今まで20カ所以上でサンドイッチを作ってきましたが、例えば秋田だとしょっぱかったりと、その土地ごとの味がちゃんとするのが楽しいです。
こういった偶然性は好きですね。ビル毛にも言えることですが、『目線をずらす』ことを大切にしています」
偶然を楽しみ、視線をずらすことで、何気ないように思える散歩が、冒険みたいに広がっていくのだ。
「最近、X(Twitter)とインスタグラムで、ビル毛のアカウントも開設しました。『#ビル毛』で、投稿募集中です。よろしくお願いします!」
取材・構成=村田あやこ
※記事内の写真はすべて小堺丸子さん提供