甘口醤油ベースの餡にピリ辛のアクセント

もくもくと湯気のたつ雷々麺がやってきた。まず目に飛び込むのは、丼の一面を覆い尽くす深い褐色の餡。

雷々麺850円。
雷々麺850円。

「よく混ぜて食べてくださいね」と店主の坂元大吾さんに言われた通り箸で思い切りかき混ぜると、中太のちゃんぽん麺が姿を現した。餡と麺をよく絡ませ、熱々のままふうふうと息を吹きかけていただく。

鶏ガラと醤油がベースの餡は、少しピリ辛。甘口醤油のまろやかさを絶妙な辛味がひき立てていて、やさしい味だけれどやみつきになりそう。モチモチとした麺を邪魔せずにそっと寄り添ってくれる具材たちは、薩摩揚げに豚挽き肉、ニラ、タマネギなど、シンプルながらバランスがいい。和食と中華のいいとこ取り、新鮮さと安心感のコラボとでもいおうか。「うーん、これこれ!」と唸りたくなる唯一無二の味だ。

くたっとした中太の麺が餡との相性抜群!
くたっとした中太の麺が餡との相性抜群!

一言で説明するなら「汁なしのピリ辛餡かけラーメン」なのだが、そもそも雷々麺ってどういう料理なんだっけ……と不安に思ったあなた、そうなるのも無理はない。雷々麺は『あたりや食堂』の完全オリジナルメニューなのだ。その歴史は、戦後まもなくの宮崎県で始まった。

戦後から連綿と続く雷々麺の歴史

店内には、創業当時の『あたりや食堂』本店の写真が。
店内には、創業当時の『あたりや食堂』本店の写真が。

『あたりや食堂』、正式には『あたりや食堂 谷中店』。本店は宮崎県都城市にあり、1948年に創業した老舗だ。戦後の食糧難のなか、栄養がとれるようにと初代が考案したのが雷々麺のはじまりで、当初はちゃんぽん麺ではなくうどんに野菜の餡をかけたものだった。

「初代は、和食から洋食・中華までなんでもできるひとだったみたいです」と話す坂元さんは、初代の孫にあたる。

二代目である坂元さんの父が受け継いだ雷々麺は進化を遂げ、麺はちゃんぽん麺に、より麺に絡みやすいよう豚バラ肉は挽き肉に変わった。また、メニュー名が「雷々麺」になったのもこの頃から。実は初代が提供していた頃は「ジャージャー麺」と呼んでいたが、本来のジャージャー麺とは別物のため誤解を防ぐためにも名前を改めた。その際、初代の名前にあった「雷」の字を使って「雷々麺」にしたのだそう。現在、本店は坂元さんの弟が切り盛りしている。正真正銘、家族で紡ぐローカルな味なのだ。

店内はカウンター席が8席、テーブル席が4席。
店内はカウンター席が8席、テーブル席が4席。

「はじめは稼業を継ぐつもりはなかったんです」と笑う坂元さん。高校卒業後に上京し、数年はサラリーマンとして働いていた。しかし、あるきっかけから飲食店でアルバイトをしたところ、そのおもしろさにのめりこんでしまったのだという。「違う角度から実家の商いを見たら、こんな楽しい仕事だったのか!と思って。そこから飲食業にどっぷりです」。

そうして『あたりや』を継ぐことを決意。さまざまな業態の店で修業を積み、「東京でこの味を出したい」と2011年、39歳の時に念願の東京出店を果たした。

「いろんなジャンルを経験しましたが、自分でお店を持とうと思った時に、一番自信を持って出せるもので尚且つ『食べてもらいたい』という強い思いがあるのは、やっぱりこれだなと思って」

代々受け継いできた故郷の味を守ることはもちろん、食文化の違いにも気を遣い、工夫を忘れない。

「関東や関西に比べて、九州の麺類はコシがなく柔らかい傾向があるんですよね。これが苦手な人もいるかもしれないなと、東京では麺の茹で時間を少しだけ短くしてます。また昨年(2023年)からは、麺を中華麺に変更することもできるようにしたんですよ」

また、コロナ禍以降デリバリーにも対応しているほか、今後はネット販売にも力を入れていくそう。雷々麺がテレビをはじめ各メディアで紹介されるなど反響を呼んでいるが、それだけ人気が出るのも納得のこだわりがあるのだ。

宮崎県民にも、谷根千の地元民にも愛される店

黒い外観に的のマークがついたのれんが目印。建物は築100年以上。
黒い外観に的のマークがついたのれんが目印。建物は築100年以上。

『あたりや食堂』は2011年から岩本町で10年営んだ後、2021年に現在の場所に移転。古い長屋建築の一角で、谷根千らしさも満点だ。

「以前は場所柄サラリーマンのお客さんが多かったのですが、こちらに移ってからは外国人観光客のほか近所の方がぐっと増えました。特に地域のつながりは大きくて、知り合いに紹介してもらった地域のスタンプラリーにも参加しています」

また、お客さんには宮崎県が地元の方もいるというが、もちろん九州に縁のない人も多い。そのため、九州の甘い醤油を使う雷々麺の味には驚くお客さんもいるそう。

「自分でも、たまに実家に帰ってお味噌汁を飲むとびっくりしますね。こんなに甘かったか!って」

逆に坂元さんが上京した際には、東京で売られている薩摩揚げが「甘くない」ことに衝撃を受けたというエピソードも。もちろん、この店で使う薩摩揚げは鹿児島県のもの。改めて意識しながら食べてみると、確かに甘い! おなじ食品でも地域の差がこれほどまであることを考えると、食文化の興味深さを実感する。メニューにはおつまみの薩摩揚げも用意されているので、お酒のお供に注文してみるのもおすすめだ。

坂元さん。
坂元さん。

「宮崎の人に限らず、雷々麺を食べた方からは懐かしい感じがするとよく言われます」と話す坂元さん。地方は違えど、“誰かの故郷の味”には、共通して感じられるおいしさがあるのかもしれない。宮崎の味であり、谷根千の味にもなっていくであろう雷々麺、ぜひ一度試してみてほしい。

『あたりや食堂』店舗詳細

住所:東京都台東区谷中1-2-14/営業時間:11:00~14:30・17:00~23:00/定休日:月(祝の場合は翌火休)/アクセス:地下鉄千代田線根津駅から徒歩4分

取材・文・撮影=中村こより