吉田 類
イラストレーター、エッセイスト、俳人。
1949年、高知県仁淀村(現・仁淀川町)生まれ。
2003年9月に放送開始のBS-TBS『吉田類の酒場放浪記』は放送回数1163回(2023年12月21日時点)。
著書に『酒場詩人の美学』(中央公論新社)など。
類さんが通う『藤』は、1967年創業。先代が他界後、2代目の息子さんとお母様、妹さんの3人で営んできたが、建物の老朽化で2024年3月、暖簾(のれん)をおろすことが決まっている。ところが「類さんにはまだお話できなくて……」と2代目。何も知らない類さん、「燗酒がうまい季節ですねえ」と陽気にご登場。
まずはインタビューを始めよう。
―― 『藤』を初めて訪れたのは?
類 20年くらい前ですかね。成城大学で講義をした時に、大学関係者の方に連れてきてもらったんです。カウンターの席から、一枚一枚、カンナで削った経木の品書きを眺め、いいお店だなあと思っていたら、隣の隣に三國連太郎さんが座ってらした。大好きな俳優さんだからすぐ気づきましたよ!
その初訪問からしばらく空白があり、僕のアトリエが世田谷に移動したのを機に、探したんですが、見つからない。すると、スタッフが時々お昼を食べに行くお店かも?と。来てみたらばっちり! それから通い始めましてね。
先代から、宍戸錠さんはじめ『七人の侍』の6人は来られた、あと一人は三船敏郎さんだなんて話を聞いて(笑)。
―― 侍も愛した酒場ですね。類さんが、一人飲みをするときの極意は?
類 肴はいつもご主人におまかせです。客としての極意は、店の方との間合いでしょうか。僕は、20代の頃から、酒場では間合いを学んでいました。オーセンティックバーでもカウンターを挟んでバーテンダーがいますよね。お店と客との距離感は絶対必要なんです。
―― カウンターが良い境界線に?
類 そう。物理的な距離感もそうだけど、とくに精神的な距離感ですよね。武道に例えると、間合い。絶えずきっちり取っていないとだめで、それも意識的にではなく、ごく普通にとれるようになったら、一人飲みも達人の域。役者の皆さんが『藤』を愛するのは、おいしい料理はもちろん、ご主人の顔が見えること、仲の良いご家族でやっておられる安心感。それとやはりカウンターがいいからだと思いますね。
―― 距離を保ち、互いに礼も保つ。
類 だから、ファッションも大事。一種の自己表現ですから、大衆的な店でもきちっとしている方がいい。スマートなのんべえでいたいですから。とかなんとか言いながら、酔ってご迷惑をかけてるかもしれません(笑)。
―― 『酒場放浪記』の収録で飲み続け、四軒目に『藤』に来られたこともあるそうですね。
類 たいがい酔ったあと、最後に来るのがこちらなんです。自分の中で一日を区切り、皆さんのお顔を見て心を開く。どうってことない会話をしながら、旬のお刺し身とお酒をいただく。親戚の家に寄らせてもらうように、一人で来られるお店は大事ですね。
―― コロナ禍ではどのように?
類 もともと僕は一人飲みが平気な性格で、大勢でにぎわう大衆酒場でも喧騒を楽しみながらのんびり一人の空間を保っていましたから、逆にコロナ禍になっても、慌てなかった。
くつろぎの酒場も危険な山も「単独行」
類 酒場だけじゃなく、僕は山登りもかつては単独行でした。剃刀(かみそり)みたいな尾根で足元にしか意識がいかないところもあるし、落っこちたらそれまでというようなギリギリの中で自分対大自然の対話ができるんです。詩を書いたり絵を描いたりする時には、強烈な緊張感を経験するかしないかで、想像力は変わってくる。僕の詩の心は、そんな究極の世界で養ってきたと思いますね。
―― 山での一人、寂しくはない?
類 最終的にたぶん人間は一人だと思うんです。それを迎える姿勢を、僕は登山で学んだ。下山後のお酒はとてもおいしいですね。野生に近づくことは、生と死のはざまにいること。僕は、人間も好きですけど、野生の昆虫や小動物、ヒグマが大好きなんです。
―― あ、確か類さんは昆虫とお話ができるそうですね?
類 はい、話せますよ。たとえばチョウ。「こちらにおいで」と僕なりの言葉で話しかけると、手のひらにすっと止まりますよ。時々失敗もあります。部屋にいた虫をティッシュですくって窓から逃そうとしたら、ぱっと消えたんです。諦めて寝たら噛まれましてね、マダニだったんです。僕は助けてあげようとしたのに。そう、恩を仇で返す! それ以降、人間に敵対する蚊やダニたちは見極めることにしましたよ。
―― (全員)わははははは〜。
土佐の花柳界にならう、「縁が切れない」お酌
類 やっぱり、お酒を飲むとみんな一つになれますね。僕は、その代表と思ってやらせてもらってます。僕みたいなのんべえが世界中に増えたら戦争はおこらんと思います。武器は持てません。持てるのは酒器だけ。
ちょうど「雪中梅」のお燗が来たので、ここで僕のルールを少しお話しましょう。この徳利のとがった注ぎ口があるでしょ? そこから注ぐと、お酒はスッと切れるけれど、縁も切れるという高知の花柳界の言い習わしがあるんです。こぼれてもいいから横から注ぐ。一種の駄じゃれなんですけどね。
―― 類さんは花街にも行かれる?
類 僕は、芸者さんがいらっしゃるところはとても好き。踊りも見せていただけるし三味線も聴けます。そういった場所でお酒を飲むのは楽しい。そんなん毎晩やってたら家も何もなくなっちゃいますけどね(笑)。
やっぱり、一人でお酒を飲むときは、こういう『藤』のようなお店でなければいけない。無駄がなく、味わいだけがある。こういう日本の飲酒文化は、もしかしたら世界の先端かもしれない。争いなんかやめて、世界の人は日本の良き酒場へ来て、と言いたいです!
酒場詩人に学ぶ門出の祝い方
と、絶好調の類さんだが、カウンターごしに2代目がいよいよ口火を切った。「どうお伝えしようかと悩んでいたんですが。実はここ、取り壊しになるんです」「えっ」と類さん。「今、花柳界のお話が出ましたけど、僕の妻は三味線奏者なんです。その花柳界でのご縁がつながり、2024年5月から、僕は銀座の7丁目の小料理屋さんで料理をすることに」。一瞬のしじま。皆、はらはらして類さんを見守るが……?
類 そうですか、そうでしたか……! 奥様、三味線を弾かれる方だったんですね! 素晴らしいですねえ。
次の小料理屋さんでも、こちらの味が食べられるんですよね。僕、行きますよ。新たな出発ですね。『酒場放浪記』は幅が広いんですよ。大衆酒場から小料理屋さん、お茶屋さんまで行くんですから。銀座へ皆で行きましょう!
―― 世界平和を目指す酒場詩人は、どんな転換期にもエールを送るのだ。
『季節料理 藤』
名だたる俳優も愛した名店
旬の食材を活かした割烹料理。類さんのお気に入り、サバの昆布〆やいわしのしそ巻揚げが並ぶ。「類さんは、酔っても全然変わりません」と2代目加藤一廣さん。
2024年5月からは銀座7丁目の小料理店で新たに出発。
【類さん、もっと教えて!】
『あおもり』馬肉にマスの子、青森逸品の揃い踏み[下北沢]
類さんのおすすめポイント!
ご主人の出身地青森から直接仕入れる旬の魚介は絶品。地酒も豊富で肴にあわせて選ぶことができる。青森を体感できるお店。
下北沢の路地に立つ、創業26年の青森の美食どころ。小さなL字カウンターに置かれた保冷箱から青森直送の珍しい食材が続々登場。津軽海峡の真だら極上白子に、類さんが「赤いダイヤ」と呼ぶマスの子の特上すじこは、塩味が少なく小粒で実に美味。海の幸のほか、店主の故郷五戸から直送される馬刺のたたきも、青森の絶品たれ「スタミナ源たれ」で食べると悶絶のうまさ。
『伊勢元』2代目のキーマ、始まりました。[三軒茶屋]
類さんのおすすめポイント!
アットホームな老舗居酒屋。気風のいい女将さんの人柄を求めてご常連が集まっていた。現在は息子さんが味と魅力的な雰囲気を継承している。
1964年創業。三軒茶屋の中でも正真正銘の老舗酒場。アナウンサーでもある中村義昭さんは、2018年にお母さまが他界後、跡を継ぎ、自身が好きな三重の地酒「作」と10種類超のスパイスを使ったキーマカレーを新たな看板に。類さんお墨付きの昔ながらのもつ煮込みは、「常連さんは、お袋の味だって顔で食べてくれますが、亡くなった人は超えられません(笑)」
取材・文=さくらいよしえ 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2024年1月号より