と、いきなり興奮気味に語ってしまったけれど、筆者は以前も「らんまん散歩」記事を書いており、この作品への想いはすでに書き尽くしたつもりだった。しかし、こんな感情も生まれていた。万太郎のモデル、牧野富太郎の生誕の地、高知に行かなければこの妄想散歩は完成しないのではないか……。ということで、勢い余って高知に飛び、らんまん散歩高知編を楽しんできた。今回は万太郎たちが見ていたであろう高知の風景とともに『らんまん』に想いを馳せたい。
その前に、まずはドラマのあらすじを簡単に振り返ろう。
慶応3年、幕末の土佐、佐川町で槙野万太郎(神木隆之介)が生まれる。酒蔵「峰屋」の跡取りとして祖母タキ(松坂慶子)に育てられた万太郎は、姉の絢(佐久間由依)や番頭の息子、竹雄(志尊淳)とともに多感な幼少期を送る。佐川の自然に触れ、小さい頃から植物に興味を持った万太郎。上京後は東京大学植物学教室に勤め自身の研究に打ち込む。東京で出会った寿恵子(浜辺美波)とともに、万太郎は新たな植物を発見し続け、明治、大正、昭和と時代を超えて植物学を究めていく。
登場人物たちを思い出しながら歩きたい、万太郎生誕の地、佐川
それでは、さっそく万太郎と散歩を始めたい。最初に訪れるのは、高知市西方の街、佐川町だ。JR土讃線高知駅から電車で約30分、車で約1時間ほどのところにあり、万太郎のモデル牧野富太郎が生まれ育った場所として知られている。江戸時代には土佐藩の筆頭家老深尾家の城下町として栄え、今も昔ながらの商家や酒蔵の建物が残り、その歴史の深さを物語る。『らんまん』でもこの街並みがロケ地となっていたので、道を歩くだけでワクワクしてしまった。
ドラマでは、植物を愛でる万太郎の純粋な姿が描かれたが、なるほどと思った。虚空蔵山(こくぞうさん)を臨む自然あふれる街は、植物、自然との距離が実に近いのだ。万太郎が植物好きになるのも納得だ。
『らんまん』散歩をするうえで、絶対に外せないのが『牧野富太郎ふるさと館』だ。牧野博士の生家「岸屋」跡地に当時の建物を再生させ、全国の牧野ファン、そして『らんまん』ラバーが訪れる場所になっている。酒蔵の雰囲気がそのまま残されていて、ドラマの世界に飛び込んだような興奮がある。今にも威勢のいいタキさんや綾の声が聞こえてきそう。竹雄がいつ飛び出してきてもおかしくない、歴史ある建物の佇まいを眺めしばし、ぼんやりしてしまった。造り酒屋に生きる人々の活気や葛藤、そして時代の移り変わりもテーマだった『らんまん』。日本の古き良き伝統を伝える作品でもあり、改めて奥深いドラマだったと感嘆する。
それにしても、この写真1枚からも自然が間近ということがわかる。建物のすぐ裏手には緑が鮮やかな山々が見えるのだ。
『牧野富太郎ふるさと館』の裏山にある階段を上っていくと見えてくるのが、金峰神社(きんぷじんじゃ)。『らんまん』ファンなら、この写真を見てピンとくるだろう。そう、万太郎がバイカオウレンと出会ったあの神社だ。史実でも、牧野博士はここでバイカオウレンを採取していたという記録が残っていて、実際、今も1〜2月にはバイカオウレンが見られるという。ドラマでは印象的なシーンでロケ地となっていたが、当時の雰囲気をそのまま残した厳かな場所は、温かい気に満ち満ちている。万太郎がバイカオウレンを眺めながら寝転んでいる姿を思い出しながら大きく深呼吸をしてみると、清らかな空気に心が洗われた。
牧野博士の名前がつけられた公園と、あの名場面のロケ地も散策できる!
次に足を延ばすのは同じ佐川町にある「牧野公園」だ。牧野富太郎が1902年(明治35)にソメイヨシノの苗を送り、地元の有志が桜を植えたことがそのルーツ。桜の名所としても有名な場所だ。佐川町はこの公園を中心に「まちまるごと植物園」として、植物あふれるまちづくりを行なっている。
公園のある場所はもともと古城山(こじょうざん)と呼ばれており、山頂は佐川城という城の跡地だ。戦国時代、四国に勢力を伸ばしていた長宗我部氏がこのあたりを勢力下に置いていた頃の城で、江戸時代には前述の土佐藩筆頭家老、深尾氏の領地となった。かつての城跡がそのまま植物公園となっているので広々としていて景色もよく、散歩しがいがある。公園内には、牧野博士の墓地など見どころも多く散策コースにもってこいだ。季節を彩る植物を眺めていると、海外からの観光客の方とすれ違う。植物あふれる公園は、どこか異国の雰囲気も漂い、非現実感が楽しめた。
街で手に入れた資料によると、なんと約700種もの植物が植えられているそう。まさに街をあげてつくった植物公園。牧野富太郎が、いかにこの街の人々に親しまれているかがよくわかった。
公園のふもとにあるのが青源寺。ここはドラマのなかで万太郎が通った名教館(めいこうかん)の石段のロケ地になった場所だ。苔むした石段が実に雰囲気たっぷり。牧野公園と一緒にこの雰囲気を味わえるのでぜひ、眺めておきたい。
高知市にある牧野植物園
生誕の地、佐川町以外にも牧野富太郎にちなんだスポットは多い。なかでも一番有名なのがここだろう。「高知県立牧野植物園」だ。高知の五台山につくられたこの植物園はなんと約8万㎡という広さを誇る。東京ドームが約4.7㎡と考えるといかに広大な敷地なのかが実感できる。1958年(昭和33)、牧野博士の亡くなった次の年に開園した施設は3000種もの草花、熱帯花木などが見られる場所として高知県民はもちろん、多くの観光客に愛されているようだ。
筆者が訪れたときも閉園間際まで、多くの人が行き来していた。ここにも牧野博士の生涯を学べる常設展があるので『らんまん』ファンは必見だろう。
今回は万太郎が生まれた地、高知を歩いてみた。『らんまん』でも幼少期から植物研究に没頭していた万太郎の姿が描かれていたが、おそらくあれは誇張でも演出でもない。生誕の地やその名が冠せられた場所を歩いていると、万太郎のモデル、牧野富太郎がいかに情熱的な人だったかが伝わってきた。そして、彼の功績や人生をリスペクトする高知の人々の愛情も並々ならぬもののように思える。正直、牧野富太郎という人物を名前くらいしか知らなかったが、今回『らんまん』きっかけで、彼の素敵な人柄、その熱い人生にしっかりと心を打たれた。
実は筆者はこれまで、「モデルありき」の朝ドラは、詰め込まないエピソードが多いしストーリー上の縛りが多いと感じ、あまり好意的に捉えてこなかった。しかし、『らんまん』はどうだろう。見事にモデル、牧野富太郎の人生を昇華させ素晴らしい人間ドラマに落とし込んだ。先人たちの生き様を後世に伝えることもまた、ドラマの持つ役割の一つなのだと、高知の花々を眺めながら思った。春になると牧野公園には見事な桜が咲くのだという。いつか、桜の季節にまた訪れてみたい。
文・写真=半澤則吉
参考文献=高知県観光博覧会公式ガイドブック「らんまんの舞台・高知 牧野博士の新休日」、「牧野公園 花めぐり」/『連続テレビ小説らんまんPart1.2』(NHK出版)