いざ初の歌舞伎観劇へ!

私が最初に衝撃を受けたのは「桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)」という作品です。
やや過激なあらすじを序盤からお届けしてしまうのですが、その話では美しい桜姫が盗賊に犯されてしまうのです……。しかしなんと桜姫はその男に恋焦がれ……そして偶然男と再会し……まさかの夫婦になり……それが……ひょんなことからその男が自分の父と弟を殺した犯人であると知り……最後は男を殺(あや)めてしまう……というお話です。

この情報量、すごくないですか……?
情報が多いし、その全てがドロドロとしています。今のあらすじも、私がビックリした部分しか抜粋していなくて、驚くべきことにこのストーリーにプラスで前世の話と輪廻転生とBLも関わってきます。スーパーコンピュータの富岳も「ごめん、一回整理させて」と一言断りそうです。

この話を読んだとき、私は自分のモノサシに失望しました。
「こんなことが起こったら人は普通こんな気持ちになるよな」なんて、人間の気持ちにどこでも売っているようなモノサシをかざして考えていたのです。しかし「桜姫東文章」の、登場人物それぞれが感情を持って生きているからこそ抱く、共感を求めないその人だけの気持ちや、わがままさから生まれる人間らしさに衝撃を受けたのです。そして「もしかして今新しいと言われているストーリーもすでに歌舞伎であるのでは……?」とまで思い、本を買って歌舞伎のあらすじを読んだりもしていました。

しかし、実際に生で見たことは一度もなく……というのも歌舞伎は安く見ようとしても5000円くらいかかってしまうのですが、やっぱり大学時代の勉強にかける5000円って体感15万円なのでなかなか手が出せずにいたのです。5000円のことを5000円だと思えるようになった今、いざ初の歌舞伎観劇へ出陣です!

日本らしさ全て注ぎました!

東銀座にある『歌舞伎座』へやってきました。

開演の45分前には着いて、自分としてはかなり早めの到着だったのですが、劇場の前にはすでに人があふれかえっていて……いや、あふれかえるは言いすぎかもしれません……1月12日に行く初詣くらいの多さでした。自分も列に加わり「この中で私が一番若いかもしれないな……子役もドラマの現場とか行ったときこんな気分なのかな……」と子役の気持ちを想像していると、列が動き出し、劇場に足を踏み入れました。

劇場のロビーは「日本らしさ全て注ぎました!」と言わんばかりのもう絶対に良さそうな木材やカーペットで構成されていて「高そ〜〜〜」と思いました。

開演まで時間があったので1階から3階まで見て回ってみると、お土産屋さんに喫茶室、お食事処もいくつかあって「え! 歌舞伎座ってむっちゃお腹すかせて来ても事なきを得れるんだ!」とホッとできました。

3階では『めでたい焼』という鯛焼き屋さんがあったので絶対に買いました。何がおめでたいのかというと中につぶあんの他、紅白の白玉が入っているのです……!

食べてみると、生地は焼きたてでたまごの甘さを感じるパリパリさで……その中にはあったかいお餅に……あったかいつぶあん……。至高でした……! 私はつい熱々の甘いものを食べたとき、その熱い甘さが脳を、口を、お腹を、心をポカポカにしていくので「逆半身浴じゃん……」と思います。普通の半身浴は下半身中心ですが、これは上半分なので逆半身浴なのです。聞いてくれてありがとうございました。

「開演5分前にはご着席をお願いします」とのアナウンスで余談の世界から引き戻され、席へ向かいます。今回は「十二月大歌舞伎」の第二部「爪王(つめおう)」と「俵星玄蕃(たわらぼしげんば)」の二本立てを見てみます。

いにしえのポケモンみたいな感じです

「爪王」のあらすじをとってもライトな言葉で説明すると、ポケモンみたいな感じです。

鷹と、鷹を育てる鷹匠のおじいさんが、街で悪さをするキツネに戦いを挑むお話です。狡猾(こうかつ)なキツネは友好的に近づいてきて「え……? なんか聞いてた話と違うじゃん……めちゃ良いやつじゃん!」と油断させたところを襲い鷹に大怪我を負わせます。キャッチと同じ手口ですよね。みなさんもキャッチには翻弄されないよう気をつけましょうね。そうしてキャッチギツネに敗れた鷹ですが鷹匠から「ここで引き下がっていいのか? 誇りのために戦おう!」と奮い立たせられ、プライドを守るため命を賭けた再戦に挑む……というお話です。ですよね。いにしえのポケモンですよね。

幕が開いて驚いたのは、まず、舞台にいた鷹の美しさです……。それはそれは美しい真っ白な鷹がいました……。

皆さんも鳥の特徴を考えたとき「首の使い方」が思い浮かびませんか?
本物の鳥があたりを見渡すときって首がカクッと動きますよね。なだらかに動くのではなく、カクッと動いては一点で止まる……。そんなスピード感や角度を見事に会得していて、本当に鷹そのものすぎました……。しかしながらすごかったのはただの鷹というだけではなく、自分を導く鷹匠への愛や絆が伝わってくる、心がしっかりと見える鷹なのです……。

そして、しばらくした後に気付いて驚いたのが「え……? 鷹……着物きてるじゃん……!?」ということです。これはもちろん鷹が着物を着ていたらおかしいだろという指摘ではありません。もう本当に鷹に見えすぎていたので、やっと広角で姿を見たときに「着物だったの!??」と驚いてしまったのです。

演技が上手すぎて、何か特別な小道具によって鷹が表現されているように脳が補完してしまっていました。もちろんそんなものはなくて、強いていえば着物の白い布地にはキラキラとした銀色で鷹らしい羽が描かれていたり、頭の上に鷹らしい髪飾りを載せてはいましたがあとはもう演技一つでした。

キツネも、キツネすぎました……。丸めた足先でヒョイッと雪を蹴って遊ぶ描写があるのですが、その丸めた足のキツネらしさや、それを1人楽しんでいる無邪気さ……。たった1つの動作でこのキツネの性格が伝わってきます。「歌舞伎俳優さんがジェスチャーゲームをしたら相当えぐいんじゃないか……?」とそんなゲームコーナーがあるファンミをつい熱望してしまいました。

役者さんに、衣装、セットの豪華さ、囃子方(はやしかた)という楽器の生演奏……。全てが完璧に合わさり舞台が出来上がっていていました。

「結局、歌舞伎が一番すごいんかい……」と、その圧倒的なエンターテインメントに幕が降りる頃には手がかゆくなるくらい拍手をしていました。

テンションが上がる舞台セットに、殺陣の美しさ

「爪王」が終わると、一旦幕が降り20分ほどの休憩を挟んで次のお話になります。

2本目の「俵星玄蕃」も今めっちゃ歌舞伎見てるなあと……いう体験がたくさんできて楽しかったです。

このお話は、繁盛しているそば屋の話……と見せかけて、実はそれは表の顔で、本当は裏で君主のカタキ「吉良邸」の様子を窺っているという……これも目的のために顔を使い分けているという点でむっちゃライトに言うとSPY×FAMILYみたいな感じです。

こちらは、幕が上がって見えた舞台セットに「えええええ!???」とガッツリテンションが上がりました。これが食後の血糖値だったら考えものだぞという上がりようです。

なんと言ったって、もうセットがザ・時代劇という木で出来た平たい屋敷だったのですが、それがどの季節も余裕で越せますというしっかりさだったのです。そしてそれがお話の場面が変わるたびにグルングルンと反時計回りにまわって、結局4つも面がありました。なんか本当にセットがすごすぎていくらかかっているのか考えるだけで怖かったので絶対に他の公演でも使い回していてほしいです。

このお話ではラストに、槍の名手・俵星玄蕃の殺陣(たて)のシーンがあります。

殺陣と聞くとダイナミックなものを想像しますが、歌舞伎の殺陣は速さではなく美しさを見せるものらしいのです。一つ一つ丁寧に形を見せていくのですが、そこにはフィギュアスケートで技を決めて加点していくような美しさがありました。

それから殺陣のとき、舞台の右に木を持った人が出てきたかと思うと……それをバタバタと打って殺陣に効果音をつけ始めました。これを「ツケ」と呼ぶらしく、刀がぶつかり合う瞬間にバンッと鳴る木の音はバスドラムのように響くようで迫力の背中を強く押していました。「これ……今見ても斬新な表現だな……」と感嘆しつつ、そういえば今も映画を上演してその音楽部分だけをオーケストラが演奏する公演があることを思い出しました。今ある文化が歌舞伎という礎の上に花開いたパターンは多くあるんだろうなと思い、なんだかたくさんの子供がいる親のように見えてきました。

歌舞伎の楽しみ方

もう、歌舞伎の知識を一回全て忘れたいです。

伝統とか400年以上の歴史とかそういうものを頭に入れず、ただ娯楽として見てみたいです。それに今回実際に生で見てみてそれでいいのかとも思いました。

今回、専門的なことは何も書けていません。でもやっぱりそこをちゃんとしなきゃと思った瞬間に娯楽が勉強に成り上がってしまうと思うのです。勉強成り金とはこのことです。どのことですか?

とにかく、あらすじから好きならきっとそれでも良いし、演技の勉強のために役者さんを見に行くのも良いし、勉強のために行っても良い。帰りがけ、1階の1列目に座っていたというご婦人たちによる舞台の感想会が聞こえてきたのですが「すごい良い匂いしたぁ……」と言っていて、やっぱり歌舞伎って好きに楽しんでいいんだ!と確信に変わりました。

 

今までの「さんたつ」では街やテーマを決めて散歩していました。しかし今回は、『歌舞伎座』にばかり滞在してあまり散歩していなかったかもしれません……。

でも、申し訳程度に付け加えると、『歌舞伎座』の地下にはお食事処があったり木挽町広場という日本らしいお土産屋さんが出店のように立ち並ぶスペースもあり、すごくワクワクしたのでぜひ行ってみるのオススメです!……あ! でもここではむっちゃ軽いノリで象牙(ぞうげ)とか売ってるのでまじで金額だけちゃんと見てから買ってくださいね!

そうですね。今回は『歌舞伎座』の地下から3階までと……縦に散歩してしまいました。この日の私の行動を真上から見ることができたら頭頂部が近くなったり、遠くなったりそんな感じだったと思います。

こんなテイストで、来年も書いても書かなくてもいいことで皆さんの時間を奪えるようがんばりますので、2024年もよろしくお願いします!

文=アンゴラ村長(にゃんこスター)

「庭園」って距離を感じる言葉ですよね。私の生きてきた中で「庭」はかなりの身近ワードでした。ですがその後ろに「園」とつけると、たったそれだけなのに「庭園」となり遠くへ行ってしまったように感じます。気軽な「庭」から、貴族が紅茶を楽しむ「庭園」にグレードアップしてしまったようで距離を感じるのです。
大人になって、もう何年も経つのに「こんなことしちゃうなんてすっごい大人じゃん……」と、憧れの大人に自分が近付いた気がする瞬間にワクワクしてしまうことってありますよね。それはつまり……居酒屋で初めて焼酎をボトルキープした瞬間だったり……今までそれだけで食べていたシュウマイにからしを付けて、そのおいしさを知った瞬間だったり……揚げ銀杏の下に敷かれていた塩をつまみにお酒を飲んだ瞬間だったり……。ああ、大人だなあ……と気持ちの良い溜め息をついてしまいます。