「見たことあるのに、見えてなかった」もの

喫茶店の装テン。立体感のある凝ったデザイン。
喫茶店の装テン。立体感のある凝ったデザイン。

店舗の軒先などに雨除け、日除け、看板等の目的で設置される「装テン」こと装飾テント。都市鑑賞者・内海慶一さんは、2008年来、装テンの鑑賞を続け、これまでに3000点以上もの装テンを撮影してきた。

「『見たことあるのに、見えてなかった』を活動テーマに、長年、都市鑑賞活動を続けています。もともと、遠くに珍しいものを見に行くことよりも、既に見たことがあるものや身近にある知っているものの中から何かを見出すということに、興味を持ってきました。装テンも、そのような『どこにでもあるのに、今までちゃんと見てこなかった』対象の一つとして鑑賞を始めました」

多くの都市鑑賞に共通するが、対象物を撮影していくと、次第に「解像度」が上がってくる。

「他の対象物にも言えることですが、たくさん見ていかないと、何がスタンダードで何がレアなのかはわかりません。鑑賞を始めた最初の頃は、住んでいる街の半径数キロ内にある装テンを、片っ端から全部撮っていきましたね。

そうすると『これはよく見るタイプ』『これは珍しいタイプ』といった分類ができるようになってきます」

「面」タイプの装テン。フレームの鉄骨を隠さずに見せる「骨見せ」。左側の小窓がかわいい。
「面」タイプの装テン。フレームの鉄骨を隠さずに見せる「骨見せ」。左側の小窓がかわいい。
側面にもテントが張られた「立体」タイプの装テン。文字の形も味わい深い。
側面にもテントが張られた「立体」タイプの装テン。文字の形も味わい深い。

「たとえば装テンでいうと、一枚の面だけで構成された『面』タイプと、側面にもテントが張られた『立体タイプ』に大きく分類できます。また、テントの下にひらひらした部分が垂れ下がった『タレ付き』タイプや、鉄骨を見せる『骨見せ』タイプ、鉄骨を隠す『骨隠し』タイプなど、さまざまな方法があることが分かってきます。こうやって、徐々に違いが分かってくる過程が面白いですよね」

職人の技術が詰まった「一点もの」

街を歩けば必ずと言っていいほど存在する装テンだが、細部に宿る職人技に気づくと、鑑賞が一気に楽しくなる。

一見、シンプルな「立体」タイプに見えるが……。
一見、シンプルな「立体」タイプに見えるが……。
よく見ると下部の「タレ」が、舞台の緞帳のような形状。
よく見ると下部の「タレ」が、舞台の緞帳のような形状。

「製作者である装テン職人さんの創意工夫が見えてくると、職人さんへのリスペクトが芽生え、ますます面白くなっていきます。一点ものという目線で鑑賞すると、奇抜な形のものだけでなく、シンプルなデザインにも、それぞれに味わいを感じますね」

「立体」タイプの装テン。下部にも丁寧にテントが張られている。
「立体」タイプの装テン。下部にも丁寧にテントが張られている。
丸く膨らんだ骨組みに合わせて、前面・下部にテントが張られている。
丸く膨らんだ骨組みに合わせて、前面・下部にテントが張られている。

「装テンは、それぞれの街の地元のテント業者さんが作っているケースが多いようです。工業製品のように規格があるわけではなく、職人さんがその場所の環境や施主さんのご希望に合わせて作る、一点もの。完全に同じ装テンは、おそらく存在しないと思います。

一つの装テンを作るには、鉄骨で骨組みを作る溶接の技術や、骨組みに合わせてテントシートを縫製する技術、レタリングの技術など、様々な技術が必要です。『帆布製品製造技能士』という国家資格もあります。以前取材した職人さんは、一人で全ての技術をお持ちでしたね」

バームクーヘンを半分に切ったような形の装テン。
バームクーヘンを半分に切ったような形の装テン。

海外と比較しても、日本の装テンは相当ユニークではと予想する、内海さん。

「写真や映像、ストリートビューなどで海外の街並みを見ることがあるんですが、海外と比較しても日本の装テンは相当バリエーション豊富だなと思いますね。

ユニークなデザインの装テンはどちらかというと古い建物に多い気がします。喫茶店ブームや個人経営のお店が増えていった時期と照らし合わせると、装テンが最も花開いたのは、高度経済成長期以降の昭和時代ではないかと推測しています。僕はそこからだいぶ遅れて鑑賞し始めています。

テント業者の数は少しずつ減りつつあるようです。長年鑑賞を続けていくうちに装テンのことをどんどん好きになっているので、これからもさらに鑑賞を続けていきたいですし、職人さんたちを応援していきたいですね」

インターネットやSNSによる都市鑑賞シーンの変化

ペットボトルのある風景、「ペッ景」。
ペットボトルのある風景、「ペッ景」。

装テンに限らず、ピクトさんや、シュロのある風景、ペットボトルのある風景、型板ガラス​​など、街でよく見かける様々なものを入り口に、都市鑑賞を続けている内海さん。

そもそも、なぜ都市鑑賞に関心を持ったのだろうか。

「10代の頃、萩原朔太郎の『猫町』という作品を夢中になって読みました。知っている街並みをいつもとは逆方向から見たことで、知覚が反転し、珍しく新しいものに見えたといったことが書かれています。後から思い返すと、街歩きや都市鑑賞に熱中していく原点だったと思います」

その後、大きなターニングポイントとなったのは、インターネットの登場だった。

「僕が20代半ばの頃から、インターネットが徐々に普及してきました。今では当たり前のことですが、当時の自分にとっては、有名人でも何者でもない個人が世の中に何かを発信し、それによって日本のどこかにいる同好の士と交流できるなんて、想像もしていなかった出来事でした。そこで、元々関心を持っていた都市鑑賞を題材に、自分でもホームページを作って発信してみようと、2003年に『日本ピクトさん学会』というホームページを立ち上げました。それまでも街中の気になるものを時折写真に撮っていましたが、ピクトさんのホームページ開設を契機に、意識して写真撮影を始めました。

当時はホームページを開設するとYahoo!にメールで報告して、インデックスに登録してもらうという時代でした。インデックスの掲載情報を見て、自分と似た匂いのする他のホームページ運営者との交流も生まれていきました」

最近では、スマホとSNSの登場が大きな出来事だったという。

「インターネットに続く大きな出来事が、スマホとSNSの登場です。それ以前にもカメラ付き携帯がありましたが、スマホの登場で誰でも気軽に高画質の写真が撮れるようになった。そして重要なのは、撮った写真を、同じ端末からSNSにアップロードできるということです。

Twitter(現X)を始めた当初、ハッシュタグという仕組みを知って『これはいいぞ』と思いましたね。例えば日本全国にある装テンは、とてもじゃないけれど自分一人で全て見て回ることは不可能です。ですが、SNSによって全国の人が装テンの写真を撮って、ハッシュタグをつけてアップしてくれたら、僕は家にいながらにして鑑賞することができます。反対に、自分が見つけたものを同好の士に教え合うことができます。これはありがたい仕組みができたな、と思いました。」

「2008年に装テンを鑑賞し始めた当初は、調べた範囲では僕以外に装テンを鑑賞している方はいませんでした。2011年に、あるフリーペーパーに装テンについてのコラムを寄稿した際、こんなことを書いています。『これまで、私以外に装テン鑑賞を趣味にしている人に出会ったことはない。実に寂しい。いつの日か装テンの魅力を語り合える仲間に出会えることを願っている』。

それから10年以上経った今、少数ながらTwitter上に『こんなのを見つけました』と教えてくださる鑑賞仲間ができて、さらには僕のことを知らずに装テンの写真をSNSに投稿する人も出てきました。SNSがなければこうなってはいないので、嬉しい時代ですね」

ちなみに、内海さんが今気になっているのは、東海地方の装テンだという。

「これまで東海地方にはほとんど行ったことがないんですが、SNSでアップされている岐阜や名古屋の装テンが、どうもユニークで注目しています。喫茶店文化と関係あるのだろうか、などと想像するのも面白いですね。

自分がなかなか行く機会のない地域に装テンのファンがいると嬉しいです。いつかマンホールサミットにあやかって『装テンサミット』が開かれるくらい、さらに装テンファンが増えることを願っています」

 

取材・構成=村田あやこ

※記事内の写真はすべて内海慶一さん提供