師弟である巨匠建築家たちの建物が向かい合う
JR上野駅公園口を出て、すぐ左側に見えるのが『東京文化会館』だ。東京都開都500年の記念事業として計画され、昭和36年(1961)に開館した。国内外のオペラ、バレエ、オーケストラなどの公演が行われる2303席の大ホールをはじめ、小ホール、音楽資料室なども備える日本屈指の“音楽の殿堂”で、日本のモダニズム建築の巨匠・前川國男が設計した。
前川の師はフランスの建築家ル・コルビュジエ(本名シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ)。モダニズム建築の提唱者であり、世界7カ国に残した17の建造物群は世界文化遺産に登録されている。同館の向かいに立つ『国立西洋美術館』も世界文化遺産の1つだ。
ル・コルビュジエの考えた『国立西洋美術館』は、庭を囲むように美術館、ホール、特別展示場を建て“文化ゾーン”とする壮大なものだった。予算の関係で『国立西洋美術館』としては実現しなかったが、弟子の前川が『東京文化会館』を完成させたことで、ル・コルビュジエの構想に近づいたといえる。
前川は、偉大な師に敬意を払うように『東京文化会館』の反り上がった庇の高さを『国立西洋美術館』の高さと同じに。また、『国立西洋美術館』の前庭にある目地の延長線上に『東京文化会館』の窓枠の縦桟を設けて、つながって見えるように設計している。
上野に“文化ゾーン”を誕生させようとする師弟の強い思いが感じられる。
テラスカフェにぴったりなホットドッグ
『国立西洋美術館』側の通りに『Café HIBIKI』の入り口はある。石段を上った先は70席をゆったりと配置できるオープンテラスになっていて、テーブルには赤や青のパラソルが広げられていた。屋根がないので開放感は抜群! それでいて通り側には生垣があり、通行人が視界に入らないよう配慮されている。
ドリンクや軽食は会館内のカウンターで購入し、セルフサービスでテーブルに運ぶ。運営は西洋料理の老舗『上野精養軒』が行っており、軽食にはビーフカレー、ハヤシライス、ボルシチなどもある。
オープンテラスらしい軽食といえば、ホットドッグだろう。ソーセージドッグ、たまごドッグ、ツナドッグの3種類が揃う。いずれも、なかなかのボリュームで小腹を満たすのにちょうどよい。この日はツナドッグを注文。マヨネーズで和えたツナの中に、刻んだピクルスが忍ばせてあり、適度な酸味とシャキシャキ感が新鮮だった。
お供に選んだコーヒーも自慢の一品で、トラジャコーヒーを使用している。これはインドネシアのスラウェシ島トラジャ地方で採れるコーヒー豆で、第2次世界大戦でコーヒー農園に多大な被害が出て、世界市場から姿を消したため“幻のコーヒー”と呼ばれた。その後、約45年前から日本の企業が尽力し、ついに復活させたというドラマがある。
その味わいは、ほどよい酸味の後に芳醇な香りやコクを感じる。貴重なコーヒー豆にもかかわらず、商品名は“コーヒー”として提供するあたりにも、『上野精養軒』のすごさを感じる。
とろっとした食感が後を引く特製プリン
メニューの中で、店名を冠したスイーツを見つけた。HIBIKIプリンだ。
「館内にあるレストランの厨房で、パティシエが手作りした人気商品です」とは同店のスタッフ。ひと口いただくと、とろけるような舌触りで甘すぎず、バニラの香りが漂う上品な味だった。おいしさの秘密は、国産の卵をたっぷり使うことと、蒸し器を使い85度の温度で30分蒸すことにある。味のアクセントになるカラメルもグラニュー糖と水から作るオリジナルで、ほろにがい味わいになっている。
本格的な西洋料理は館内のレストランで
『東京文化会館』2階には『上野精養軒』が運営する『フォレスティーユ精養軒』がある。三方の壁がガラス張りになった洗練された雰囲気のレストランで、西洋料理を中心にしたセット料理やアラカルト料理、ワインなどが味わえる。
その中には『東京文化会館』の開館時から続く名物料理のチャップスイもある。アメリカに渡った中華料理がアレンジされたもので、八宝菜に似ている。具材はエビ、野菜、豚肉、うずらの玉子など。これらに野菜の旨味たっぷりのブイヨンを加えて調理し、温かい白飯に添えると完成だ。どんな味かは食べてからのお楽しみだ。
『Cafe HIBIKI』と『フォレスティーユ精養軒』はどちらも食事・喫茶だけの利用ができる。その日の気分で使い分けてみるのもいいだろう。
取材・文・撮影=内田 晃 構成=アド・グリーン