そばとフリーフードでイベントを楽しむ
店内はいかにも昔ながらのそば屋という内装で、席はカウンターのみ。しかしそこで目に飛び込んでくるのはカウンターの奥半分を占領する立派なターンテーブル等の機材だ。
一体なぜそば屋にDJセットが置かれているのだろうか。
「もともと板前として20年ほど修業して日本料理を渡り歩いていたのですが、最終的にそばをやって、そば屋の居心地がよかったので自分でもそば屋をやろうと思ったんです。それで、私は音楽が好きでクラブなんかもよく行っていたので、音楽を楽しめる場所にしたいなと思ってこういう形になりました」と店主の平井勇士さん。
平井さんは体の大きい元ラガーマンで、現在もときおりラグビーをしているという。
「うちはそば屋なので、開いていればそばはいつでも食べられるのですが、おもにフリーフードと、ドリンクで営業しています」
フリーフードとは? 店内に置かれた機材と共に謎が多い。
「店内で音楽を流しながらみんなで集まって楽しめる場所を提供しているんです。週に1、2回ほどアナログレコードのイベントやパーティーを開いていて、おかげさまで大変にぎわっています。ワンドリンクのついた1000円前後のチャージで、大皿に乗った鶏料理やつまみ、冬は鍋なんかをフリーフードとしてふるまっています。お店のイメージとしては江戸のお座敷遊びのようなものですかね。鶏専門の老舗、浜町の大金から仕入れていますので鶏料理には自信があります」
もちろんそばも提供可能。600円でいただけるそうだ。
「月に2回ジャズのイベントもしています。イベントがない日も練習日と称して私が回したりしています」
そば屋とDJセットという異色の組み合わせは、音楽を楽しんでほしいという思いを形にしたものだった。
「駅からも近いので、通常営業のときなら帰りにふらっと音楽を楽しんで一杯やったり、飲んだ後の締めにそばを食べたりといった感じで使っていただけたらと思います。ただ、営業日も営業時間も実は決まっていなくて、前日イベントで遅かったりすると開かなかったりとかよくありますね。Instagramでイベントや営業の告知もしているのでそちらを参考にしていただきたいです。予約も可能ですので、どうしてもその日にちゃんと食べたいということがあれば別料金で受け付けています」
来店の際はぜひ公式Instagramをチェックしよう。
締めに最適な秘伝のタレを使ったそば
実際にそばを注文してみた。今回はぶっかけそばの冷600円にたまご50円を乗せてもらう。運ばれてきたのは角のしっかりと立ったそば。つゆはすでにかけられているという。
「本来冷たいそばはざるなんですが、立ち食いが多いので丼に全て入れての提供になりますね。カウンターであればざるのこともあるんですが」と平井さん。
底のつゆに麺を絡ませて手繰ってみる。きりっと引き締まって角の立つそばがふんわりと奥深い味のつゆに絡み合う。
コシのあるそばは香り高く、奥行きのあるつゆの味によくなじむ。海苔やネギ、わさびなどの薬味を混ぜながら食べ進め、途中で卵を溶きほぐして混ぜてみる。
卵の濃厚な味がつゆに溶け込み、そばに絡む。コクと深みが増し、後半になっても勢いが止まらない。あっという間に完食だ。
「本ガツオと、5年漬け込んだ秘伝のたれによるかえしがこだわりですね」と平井さんの言うとおり、主張は強くないが、そばの味を引き立て、かつ負けずに長く余韻をもたらし、奥深さを感じるつゆは正に絶品。
「まだ正式なメニューではないのですが、ラーメンも出そうかと思っているのでよかったら」
平井さんの勧めで麺とスープのみの素ラーメン600円(予定)に卵50円をつけたものもいただいた。
卵を割り入れる。
優しくなじみ深さを感じるが少しピリ辛な味わいのスープは、それだけで具がなくても箸が進む。
細い縮れ麺と滋味深くも辛味で食欲がわいてくるスープは相性がよい。卵を溶きほぐすと、辛味がマイルドに、かつ濃厚な味わいとなってさらに箸が進む。そばもラーメンも、締めの一杯にぴったりの優しい味わいだ。
音楽をきっかけに会話を楽しんで!
『蔵前そば処平井』は、正統派そば屋の外観で、店内にDJセットが置かれている一風変わったそば屋。しかしそこでは、わきあいあいと音楽を楽しみながらお酒を飲んでフリーフードをつまむ楽しい空間が広がる。
「音楽が流れることでお客さんどうしの会話が生まれますからね。じっさいイベントのときなんかも初めてどうしのお客さんたちが音楽をきっかけに会話を楽しんでいます」と平井さん。
小さな店内で肩を寄せ合いながら音楽と会話を楽しめる『蔵前そば処平井』。
異色の空間で今夜は音楽をさかなにお酒とそばを楽しんではどうだろうか。
取材・文・撮影=かつの こゆき